会誌Vol.56(2001)「新著紹介」より


このページでは,物理学会誌「新著紹介」の欄より, 一部を, 紹介者のご了解の上で転載しています. ただし,転載にあたって多少の変更が加わっている場合もあります. また,価格等は掲載時のもので,変動があり得ます.



A. パイス著,村上陽一郎,板垣良一訳

アインシュタインここに生きる

産業図書,東京,2001,528 p.,21.5×15 cm,本体3,800円

和達三樹〈東大大学院理〉

  科学者の伝記を読むことは,評者にとって人生の喜びの一つである.これは決して大げさな表現ではない.子供の頃の偉人伝,エジソン,野口英世,マリー・キュリーからはじまり,パスツール,ファラデー,ランダウ,フォン・ノイマン,ファインマン,アインシュタイン等々,常に胸を踊らせて読んできた.伝記は,人生の応援歌のようにも感じる.有名な科学者の業績を確認できることに加え,1人の人間が生きた時代の社会や人間関係を描写してくれるのはうれしい.有名な科学者と書いたが,物理学を学ぶ我々にとって,本書の主人公はまさに特別である.タイム誌1)が,Person of the Centuryとしてアインシュタイン (1879. 3. 14〜1955. 4. 18) を選んだのは,決して世俗的な人気によるものではないことを我々は充分に知っている.彼が発見したこと,そして,発見できなかったこと,のすべてが21世紀においても最先端の課題であることは驚きに値する.
  本書の内容を効率よく紹介するには,章立てとそのページ数を書くのが最善と思われる.第一章アルベルト・アインシュタインの陰で(44), 第二章ボーアとアインシュタインについての考察(24), 第三章ド・ブローイ,アインシュタイン,物質波概念の誕生(9), 第四章アインシュタイン,ニュートン,そして成功(5), 第五章素人のための相対論の短い説明(6), 第六章アインシュタインはいかにしてノーベル賞を獲得したか(22), 第七章ヘレン・ドゥーカスの思い出(20), 第八章「おかしなファイル」からのいくつかの例(24), 第九章インドとの関係- タゴールとガンジー(22), 第十章宗教と哲学におけるアインシュタイン(36), 第十一章アインシュタインと新聞(210). 人生,研究,宗教,社会,政治が膨大な資料と証言に基づいて述べられている.ただし,ページ数には章間で大きな差があることは注意されたい.本書のどの章に感動するかは,読者によって異なるであろう.章毎に興味深く,また驚きがある.学問的にも興味深い逸話が多く見出される.例えば,「彼が就任演説を終えた後,プランクが立ち上がって丁寧な言葉ではあったが彼の新しい研究(評者注,その次年に完成する一般相対論のこと)を全く信じていないことを述べた」(p. 214).
  本書は,同じ著者による『神は老獪にして』2)の姉妹版である.続編ではない.前書ではアインシュタインの科学に焦点があり,本書では「彼が外部の非科学者の世界に受け取られた有様」が中心的なテーマになっている.これを機会に『神は老獪にして』も読み返してみた.本書では,1人の人間としてのアインシュタインが,より鮮明に浮び上がる.一方,個人の私的部分に立ち入る結果,読みながら暗然たる気持に陥いる箇所がいくつかある.「彼の充分に創造的な力は,完全にそして常に自然科学に向けられた.おそらくは彼自身をさえ犠牲にし,また彼に近づいた人々や彼に近づこうとした人々を犠牲にした」(p. 39).
  著者A. パイスは一流の理論物理学者である.ユダヤ系であること,アメリカへの帰化,プリンストン高等研究所での研究生活,など共通の基盤がある.また,アインシュタインにとって,ドイツ語で話せるという,心が通いやすい関係にあった.本書では,個人的な事柄や学問的な評価について,時として辛辣である.しかし,その理性的分析の背後には,アインシュタインへの敬意と愛情が常に強く感じられる.
  結論を述べよう.本書は極めて興味ある読み物であり,かつ,人間アインシュタインに関する貴重な文献である.すべての方々に推薦する.しかし,ある程度の人生・研究を経験した世代の方々に,より強く推奨したいとも考える.学生諸君には,学問を中心とした『神は老獪にして』を先にまず読まれることを推める.本書は,人間の生き方について「重い」内容を含んでいるからである.それらが何であったかを故意に述べずに,この紹介を終えたい.

参考文献
1) Time, December 31, 1999.
2) A. Pais: Sutle is the Lord…, The Science and the Life of Albert Einstein (Oxford University Press, 1982). アブラハム・パイス,西島和彦監訳:『神は老獪にして…,アインシュタインの人と学問』(産業図書,1987).
(2001年6月13日原稿受付)

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V. L. Ginzburg 著

The Physics of a Lifetime: Reflection on the Problems and Personalities of 20th Century Physics

Springer-Verlag, Berlin and Heidelberg, 2001,xiii+513 p.,24×15.5 cm,\12,660

一丸節夫 〈STIchimaru@aol.com〉

  20世紀ロシアを生きぬいた偉大な科学者,ヴィタリィ・L・ギンツバーグ博士が,現代物理学の重要課題を叙説し,その間にふれ合った科学者たちを回想する.Physics-Uspekhiなどに既刊の原稿を集成したロシア語版の原典に加筆・改訂が加えられ英訳されたのが本書である.編集の過程で数式や細かいデータの羅列はすべて削除され,しかも全体として適度に重複した記述が残されている.英文は流麗かつ格調高く,本書のどの部分から読み始めても,著者の科学への熱い洞見におもわず引き込まれる.初学者・“権威”者を問わず一読をお薦めする好著である.
  全体は三部から成る.
  一部は,現代物理学の当面する問題として,1995年版24項目と1999年版30項目をピックアップし解説する.両年に共通する項目は,核融合,高温超伝導,金属水素,界面物理,新型レーザー,エキゾチック原子核,クォークとグルオン,超ひも理論,真空の相転移,活動銀河核,暗黒物質,γバースターなど.1999年に新しく加わった項目は,新物質(ヘテロ構造,ナノチューブなど),ボーズ・アインシュタイン凝縮,宇宙項,ニュートリノ振動など.このいずれのリストにもなく,オヤとおもったのは,生物物理と計算物理の問題であった.
  もうすこし読み進むと評者のこの疑念は一部解消された.著者はさらに一節をさき,残る「3つの大問題」を論じている.それは,1)エントロピー増大と‘時間の向き’,2)量子力学の解釈と把握,3)物理学と生物学の関係,とくに〈生命現象は物理学的・化学的に説明し尽される〉とする「還元主義(reductionism)」の問題である.この3つとも科学哲学の中心設問であり,とくに3)は生命科学と情報科学にまたがる‘ゲノム’に対する第一義的な問いかけである.
  二部は,このように提起された科学哲学的な諸問題に対する著者の見解を開陳し,さらに「科学上の自伝」を試みる.ギンツバーグらが尖兵となり開拓した,一様運動電荷による輻射現象(バビロフ・チェレンコフ効果,シンクロトロン放射など),高エネルギー天体物理,超伝導・超流動現象についての記述は,いま読んでも新鮮である.
  三部は,TammやLandauに始まる物理学者たちとの交友の記録で,いずれも心温まる読み物となっている.「John Bardeenと超伝導理論」では,BCS理論の洞察とそのもたらしたブレークスルー,さらにはバーディーンが高温超伝導について示した理解と支援を,高く評価している.
  この項を読み評者は1962年春著者と初めて会った時のことを思いだした.ギンツバーグは,BCS理論の熱気がまだ残るイリノイ大学で,バーディーン,パインズ,シュリーファーらを前に超伝導を語った.その光景は,両手を高くあげた“北極熊”さながらの,本書の表紙写真そのものであった.そして,学位取得2カ月前の評者には,活気と友情に満ちたその場の雰囲気が印象的であった. (2001年6月7日原稿受付)

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R. M. Barnett, H. Muhry, and H. R. Quinn 著

The Charm of Strange Quarks; Mysteries and Revolution of Particle Physics

Springer-Verlag, New York and Berlin, 2000, x+302 p., 24×18 cm, \5,920

喜多村章一〈都立保健科学大〉

【短評】   本書は,研究者でありかつ現代物理教育プロジェクト(CPEP,非営利団体)の活動の中で高校や大学で授業している著者によって書かれたものであり,ParticleData Groupの協力を得ている.素粒子の世界の神秘と,それを解き明かしつつある最前線の革新的な研究内容を,学生や一般の人に基礎から分かりやすく伝えることを目的としている.式はほとんどなく,素粒子の理解に大きな影響を及ぼした予言,発見について,その背景,方法,意義を基本的にかつ物理的に理解できるように重点が置かれている.次のステップへの進展(LHCや宇宙観測など)にも興味を湧きたたせている.
  内容は大別して,新しいクォークの発見,標準模型とその先,加速器と測定器,素粒子と宇宙論である.J/Ψ,トップクォーク,超新星ニュートリなどの発見について,発見直前の装置のチューニングの様子や直後の驚きが手短に書かれているが,十分雰囲気が伝わってくる.今後の展開の一つとして,加速器によるブラックホールの形成とextra dimensionの可能性について書かれており,素人にも話がわかる.誰が何をどのように発見したかという20ページに及ぶ素粒子物理の年表が巻末にあり,歴史の流れがつかめる.学部の物理を担当している教員,英語の勉強も含めて学部学生にとって参考になる楽しめる本である.(2001年2月28日原稿受付)

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