会誌Vol.70(2015)「新著紹介」より

このページでは、物理学会誌「新著紹介」の欄より、一部を、紹介者のご了解の上で転載しています。ただし、転載にあたって多少の変更が加わっている場合もあります。また、価格等は掲載時のもので、変動があり得ます。

スピン流とトポロジカル絶縁体;量子物性とスピントロニクスの発展

齊藤英治,村上修一

共立出版,東京,2014,vii+160p,21×15 cm,本体2,000円(基本法則から読み解く物理学最前線1)[大学院・学部向]ISBN 978–4–320–03521–8

紹介者:佐藤 勝昭(JST)

  本書は,スピン流を中心にスピントロニクスの基礎物理の最近の進展をまとめたものである.まえがきに「近年,スピン流の概念は物性物理やエレクトロニクスのいろいろな領域に登場するようになり,新しい現象を開拓する有用な指導原理の役割を果たしてきた」とあるように,「スピン流」の概念はごく最近になり注目を集めるようになった分野である.古典電磁気学では,電荷の流れとしての電流のみが取り扱われ,スピン流は無視されていた.この理由について,著者は次のように述べている.「スピン流はある程度の距離を流れると消えてしまう.この距離をスピン緩和長と呼び,通常の金属中では長くてもマイクロメートルスケールである.従って,せいぜいミリメートル以上の世界を主に扱ってきた古典物理学創設当時スピン流を考える必要がなかったのである」.
  スピン流が観測され応用にまで結びつく道をひらいたのは,スピン流と電流を相互に変換するスピンホール効果および逆スピンホール効果の定式化と実験的検証が重要な役割を果たした.これには,村上修一氏(理論)と齊藤英治氏(実験)の貢献が非常に大きく,この2人をおいてスピン流を解説できる者はいないと評者は考える.
  本書は第1章「はじめに」,第2章「スピン流」,第3章「スピン流の物性現象」,第4章「スピンホール効果と逆スピンホール効果」,第5章「ゲージ場とベリー曲率」,第6章「内因性スピンホール効果」,第7章「トポロジカル絶縁体」および付録「散乱理論」「スピン流回路理論」から構成される.
  本書を読むための予備知識は,学部3年程度の基礎物理のみということになっており,実際,評者が試してみたところ,使われている式のほとんどをフォローすることができた.ただ時間を含むシュレーディンガー方程式を扱った経験が役立つので,大学院修士レベルの学識が必要であると感じた.
  図も多く,随所に物理的意味をとらえやすいような説明が書かれている.例えば,スピンゼーベック効果の説明では,強磁性体の磁化が反時計回りに歳差運動することに本質があることが明快に書かれている.また,スピンホール効果の内因性機構には,ベリー曲率と呼ばれるバンドの微分幾何学的構造という抽象概念が本質的な役割をもつことが丁寧に説明されている.ベリー位相の空間にはモノポールが存在し,それが整数量子ホール効果をもたらし,さらには,トポロジカル絶縁体の概念にまで結びついている.最近話題のスピンに関連する物理現象が系統的に記述され,そのつながりと広がりに驚くとともに,感激さえおぼえた.
  スピントロニクスに関わる研究者必読の好書である. (2014年8月15日原稿受付)



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伏見康治コレクション3;物理学者の描く世界像
伏見康治コレクション4;物理つみくさ集

伏見康治著,江沢 洋解説

日本評論社,東京,2013,vi+248p,22×16 cm,本体4,500円[広い読者向]ISBN 978–4–535–60348–6
日本評論社,東京,2013,v+284p,22×16 cm,本体4,500円[広い読者向]ISBN 978–4–535–60349–3

紹介者:並木 雅俊(高千穂大)

  評者は,ロゲルギスト『物理の散歩道』のファンである.『物理の散歩道』は,1956年に結成された5~7人の物理屋からなる夕食を共にしながらの雑談記であるが,その内容は1本筋が通っているばかりかユニークであり,そのうえ自由を感じさせてくれる.この雑談記は『自然』*1に1959年2月より24年間にわたって連載された.伏見康治コレクション3巻と4巻の目次をみると,「すべての物質は透明か,不透明か」や「ラクダと針の穴」,「日のあたる学問,あたらない学問」,「なぜ右利きが多いのか」など,ロゲルギスト著の本を連想するタイトルが並んでいる.
  『物理学者の描く世界像』は,15の章からなる「第I部 物理学者の描く世界像」と3つの章からなる「第II部 微分積分はやはり役に立った」から構成されている.第I部は,『科学朝日』*2に1964年1月号から1965年3月まで連載され,第II部は『数学セミナー』に1973年6月から8月まで連載されたものを江沢洋先生が編集・解説をした書である(この期間,伏見先生は名古屋大学プラズマ研究所所長,日本物理学会委員長(現在の会長)を歴任されている).
  第I部は,「物の色」や「物の強さ」,「物と電磁気」,「物を熱するとき」,「物の電気磁気的性質」からなる.‘一様な糸は強い力で引っ張っても切れない’というパラドキシカルな問いから始まっているなど,ロゲルギスト著との類似点はあるが,原子・分子レベルの考察が主で物理屋向きである.
  第II部は,微積分が如何に役に立つのかを論じた文ではなく,*3中性子を物質に入射した際の速度分布関数の時間変化を論じたものである.アルキメデスの定理を用いて衝突後のエネルギー分布を導いているところ,線型操作をエネルギー量そのものではなく,その対数で行うことの解説にユニークさを感じた.
  『物理つみくさ集』は,12の章からなる「第I部 物理つみくさ集」と6章からなる「第II部 M. C.エッシャーへの挑戦」から構成されている.いずれも『数学セミナー』に掲載された稿である.第I部は1966年6月号から1967年6月号までの12回連載された稿からなる.第II部は1966年4月号から1985年までに載った稿を江沢先生が編集したものである.
  第I部は,いずれも基礎的で面白い.そのうえ,教科書では記述しきれない多くの題材があり,学習者がややもすると気づかない,あるいはそのため次の段階に進む際につまずきやすい箇所が扱われており,いたって教育的である.評者は,国際物理オリンピック(IPhO)の派遣に関わっているが,そこでの問題の解法に次元解析,相反定理,左右対称性を学んでいると楽に解法に近づく場合がある.IPhO候補者にも是非伝えたい技である. 0
  1章の「ロケットをとばすには」は,第3巻第II部よりも,微分積分が如何に役に立つかを示すによい例であると感じた.第4巻は,ロゲルギスト著のように,読み手を誘い,それに考えさせる稿ばかりである.
  全巻を通じて,物理の醍醐味を学ぶことができ,物理屋でよかったと感じることができる元気の出る本である.また,江沢先生の解説がとても読み手に優しい. (2014年8月15日原稿受付)

  • *1    『自然』は,1946年4月に創刊され,湯川秀樹「観測の理論」,伏見康治「原子物理学シリーズ」,朝永振一郎「スピンはめぐる」など読者を物理の世界に誘う多くの連載記事があったが,1984年5月号で休刊となった.
  • *2    『科学朝日』は,1941年に創刊され,1996年に『サイアス』と改名され,読者獲得への努力はしたが2000年に休刊となった.
  • *3    伏見先生は,「連続的に変化する量の,小さな変化を考えた」と述べている.



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国際誌エディターが教えるアクセプトされる論文の書きかた

上出洋介

丸善,東京,2014,vii+223p,21×15 cm,本体2,000円[専門~学部向]ISBN 978–4–621–08690–2

紹介者:﨏 隆志(名大太陽地球環境研)

  著者の専門は地球科学で,物理学会誌の読者とは比較的研究分野が近いほうだろう.論文作成に共通のマナーを学ぶと同時に,異分野で文化の違いは問題にならないのか,読書前のひとつの楽しみにしてみた.
  本書は「書きかた」という指南書的なタイトルをもつが,はじめの2章は論文執筆を中心とした研究のありかたについて述べられている.論文数の推移や,論文の評価方法等が豊富な統計データとともに示される.自分の業績リストにあげた論文はどう扱われるのだろう,と気になる人は読んでみるといい.統計は自然科学の広い範囲にわたって分野別に示されている.インパクトファクターや評価指数の求め方が詳しく示されている点も興味深い.指数の利用にあたっては研究分野による特性を忘れてはならないことが強調されていて,先の心配(楽しみと書いたが)を打ち砕いてくれた.
  4–6章が「指南書」にあたるが,その前の3章で論文投稿の基礎知識が述べられる.レフェリー,エディター,サブミット,アクセプト??? 初めての論文投稿時に戸惑う用語を丁寧に解説してくれる.「指南書」の内容とあわせて,本来これらは指導教員が教授すべきことかもしれない.とはいえ,すべての指導教員が英語も含めた系統的な論文作成指導をできるわけではない.若い研究者は本書で一般的なルールを学び,指導者は本書で自分の経験を補完しながら指導することで,著者の目的「アクセプトされる論文を書く」ことができるだろう.
  エディターの視点で書かれた本書で興味深いのは,レフェリーの役割が多く述べられていることだろう.折しも,物理学会誌で最近「閲読のすすめ」が話題になっている.本書を「国際誌エディターが教えるレフェリーの心得」として読むことで,中堅研究者にも一層読み応えのある一冊になると思う.
  著者が様々な論文スタイルを吟味するなかで,「共同論文」が議論される.個人の独創性を発揮するのが論文の重要な役割だとする著者にとって,多数の著者で執筆する論文に対する危機感が感じられる.物理学会誌読者の中には,このような研究に参加されている方が多いと思う.多人数著者の論文がどのような努力のもとで執筆されるか,どのように個々人の業績を評価するのか,どなたかが解説(反論?)していただけると面白いのではないかと勝手に期待する.
  本書のタイトルを見て「自分には不要だ」と判断される方も多いと思う.しかし,1, 2章の統計や,エディターとレフェリーの役割に関する記述は中堅研究者にこそ有用な情報であり,また,自分の体験と照らして楽しめる内容だと思う.本書を読むと,単に著者の経験だけをもとに記した書ではなく,「論文執筆」というテーマについて著者が周到に調査をしたことが読み取れる.
  論文を書く側ではなく,指導する側での紹介が主になってしまった.著者の意図からはずれるかもしれないが,研究室に一冊置き,論文執筆と論文執筆「指導」に役立つ書と言えるだろう. (2014年9月1日原稿受付)



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クォーク・グルーオン・プラズマの物理;実験室で再現する宇宙の始まり

秋葉康之

共立出版,東京,2014,vii+184p,21×15 cm,本体2,000円(基本法則から読み解く物理学最前線3)[専門~学部向]ISBN 978–4–320–03523–2

紹介者:平野 哲文(上智大理工)

  「クォーク・グルーオン・プラズマ(以下QGP)」という用語はそろそろ市民権を得ただろうか? QGPは,初期宇宙を満たしていた原始物質,地球上で創られる最も熱い物質,と魅力的な言葉で紹介される一方,その物理を理解するためには多くのハードルが待ち構えている.私が学生の時以来,日本語で書かれた入門書は『クォーク・グルーオン・プラズマ』(神吉健著,丸善)しかなかった.初版から20年以上も経ち,RHICやLHCといった大型加速器の稼働によるQGPの発見,第一原理に基づく精密数値計算の発展など,QGPの物理をめぐる状況は探索の時代から,物性研究を展開する時代へと様変わりした.このような背景から,QGPの物理をちょっとかじってみようという他分野の研究者もおられるであろう.私自身教育をする立場になり,学生から何か日本語の入門書は?と訊かれても(英語の良い本やレビューは数あれど)なかなか答えに窮していたところであった.
  本書は2011年に仁科記念賞を受賞した著者による日本語で書かれた待望の入門書である.国際共同実験で中心的な役割を果たしてきた著者だけあって,基本的な事項から最先端の実験成果までコンパクトに易しくまとめられている.
  第1章ではQGP研究の目的や動機,著者なりのQGPの魅力が語られている.第2章から第4章では,クォークとグルーオンとそれらの性質,相対論的運動学,量子色力学が簡単にまとめられている.第5章から本格的なQGPの話題に移る.まず,クォークの閉じ込め,カイラル対称性という側面から,簡単な模型や様々な例を使って「QGPとは何か」が分かりやすく解説されている.最新の第一原理計算の結果もここで簡単に紹介されている.第6章ではQGP生成手段としての高エネルギー原子核衝突の物理が解説されている.合わせて紹介されている加速器や検出器の話は理論の研究者にも役に立つ.第7章でQGP発見の柱となった現象「ジェットクエンチング」と「楕円フロー」,及び,「QGPの温度測定」の結果がよくまとまっている.第8章では,まさに執筆時点に発表されたであろう最新の実験結果を踏まえ,今後の展望が述べられている.
  この本自体は学部生向けに物理の最前線を紹介するシリーズの1冊として出版された.私の研究室の大学院生にも一通り読んでもらったが,入門書として概ね好評であった.ただし,天下り的に数式が導入される部分もある.学部生向けに場の理論を限られた紙面で解説するのは入門書の性格上無理であろう.この分野に参入し理論を深く理解しようとするならば,やはり,本格的な教科書やレビュー論文にあたる必要がある.
  ともあれ本書は,QGP分野にこれから入っていく学生がまずはその物理の面白さと最新の現場の雰囲気を感じ取る,また,興味を持った他分野の研究者がここ10年近くの動向を手短に把握するという目的で読むのに良い入門書であると言える.
  発展の早いこのQGP分野で10年後,20年後に本書を読み直したときにどのように感じるであろうか.今後も多くの進展があり,本書が良い意味で古臭くなるのも面白いと思う.そうなれば,著者には是非第2版の出版も期待したい. (2014年9月5日原稿受付)



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基礎からの量子力学

上村 洸,山本貴博

裳華房,東京,2013,xi+374p,21×15 cm,本体3,800円[学部向]ISBN 978–4–7853–2242–7

紹介者:中村 泰信(東大先端研)

  2013年がボーアの原子模型提案100周年に当たり,多くの記念行事が開催されたことは記憶に新しい.ちょうど一世紀前に量子力学はその黎明期を迎えていた.その後20年弱の短い期間に,まさに奇跡のように量子力学の基礎理論体系が確立されることになる.そして100年後の現在,本書の第1章で「躍動する量子力学」と呼ばれているように,我々が日常生活で接する科学技術の中で,その発展においておよそ量子力学の助けを借りなかったものはないと言っても過言ではない.これからは物理を専攻としない学生にとっても「量子力学リテラシー」が必要であるというのが本書の著者の主張である.
  本書は,量子力学を初めて学ぶ学生に向けた平易な教科書として書かれている.最近は量子力学の教え方にもいろいろなスタイルが取り入れられつつあるが,本書ではある意味王道に従って,量子力学の発展史を順に追うかたちで基礎概念の導入を行っている.ところどころにちりばめられた,著者の体験も交えたコラムも興味深く,スムーズに章を追っていくことができるように構成されている.
  本書の特徴を挙げるとすると,物質科学における量子力学の役割が特に強調されている点であろう.7章・8章における原子・分子の量子力学的記述から,9章・10章へと連続的に自然なかたちで固体物理の基礎概念である周期ポテンシャル中のバンド理論が導入される.半導体や金属といった物質の特性の違いが固体中の電子の量子力学的振る舞いによって発現することが説明され,固体物理学への簡明な導入となっている.その反動として,11章(摂動論),12章(電子と光子の相互作用)の位置づけが,流れの中で少々わかりにくくなっているのはやむを得ないのかもしれない.
  13章「配位子場の量子論」は遷移金属錯体や化合物の物性の理解に量子力学を適用する大変興味深いテーマであり,著者の思い入れが伝わってくる.ただし初学者には少々専門的かもしれない.それであっても,物性科学の幅広く奥深い分野への入り口として,ルビーがなぜ赤いのかを学ぶだけでも学生の興味を発展させることに役立つのではないだろうか.他の固体物理学の教科書や,著者の一人(上村)らによる,より高度な教科書『配位子場理論とその応用』(裳華房,東京,1969)へのイントロダクションと思えばよいであろう.
  誕生後100年近く経っても,量子力学の世界は初学者にとって日常感覚と相容れない不思議にあふれた魅力的なものであることは変わらない.さらに近年のナノテクノロジー・物質科学の展開や量子情報科学の発展を例にとるまでもなく,量子力学の科学技術における役割はますます大きくなるばかりである.本書をきっかけに量子力学に関心を持ち,より深く学びたいと考える学生が増えることを期待したい. (2014年7月6日原稿受付)



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世界の見方の転換1;天文学の復興と天地学の提唱
世界の見方の転換2;地動説の提唱と宇宙論の相克
世界の見方の転換3;世界の一元化と天文学の改革

山本義隆

みすず書房,東京,2014,xxxi+356+41p,20×14 cm,本体3,400円[学部・一般向]ISBN 978–4–622–07804–3
みすず書房,東京,2014,v+342+38p,20×14 cm,本体3,400円[学部・一般向]ISBN 978–4–622–07805–0
みすず書房,東京,2014,vii+429+111+XXVIIIp,20×14 cm,本体3,800円[学部・一般向]ISBN 978–4–622–07806–7

紹介者:横山 雅彦

  著者は近年ルネッサンス時代の科学技術文化についての研究を深め,『磁力と重力の発見』3巻(2003)と『16世紀文化革命』2巻(2007)という2冊の大著を相次いで発表し,広範囲な読者層から注目を浴びた.そしてシリーズ第三作目の本書も期待に違わぬ力作となっている.
  本書の「あとがき」によれば,本書は以前の2著とともに三部作をなすものという.しかし三部作といっても,あらかじめ三部作の構想を着想し,その構想にしたがって次々と執筆していったものではない.第一作の執筆過程で,第二作の構想が生まれ,また第二作に対する鋭い書評が第三作を生み出す契機になったことは,氏自身率直に認めている.そのため,この三部作にはかなりの重複部分が存在し,時にそれが互いに整合的ではない場合も見受けられる.しかしそれはこの三部作の欠点などではなく,むしろ著者の長年にわたる思索と執筆の過程で生じた発展的不整合性となっている.
  前口上は以上で止め,内容紹介に移りたいが,1,000頁を超える著作を3,500字程度(これが評者に与えられた文字数である)で,どのようにしたらよいか大いに悩ましい問題である.本書は,煮詰めて言えば,15世紀中葉のポイルバッハとレギオモンタヌスによるプトレマイオスの天動説的な数理天文学の復活から,コペルニクスによる太陽中心説(地動説)の提唱とティコ・ブラーエによる観測天文学の発展を経て,ケプラーによる惑星運動の三法則の確立までの歴史である.
  本書には大きな特色が三つある.まず第一に,題名がコイレの大著のように『天文学革命』,あるいはそれに類したものではなく,『世界の見方の転換』という,一見聞き慣れない題名になっているが,そこには著者なりの自負がこめられているのである.この時代は同時に地理上の大発見の時代であり,これによって近代的な地理学が形成されるわけであるが,地理学は当時天文学と不離の関係にあり,しかも古代ギリシャの数理地理学を集大成したのも,同じプトレマイオスであってみれば,そのインパクトをも視野の中に収めなければ,「天文学革命」を充分に記述することはできないというのが著者独自の見解である.したがって「世界の見方」という言葉には,天文学的世界の見方と地理学的世界の見方という意味が同時にこめられているわけである.シリーズ第2作と重複する部分があるにもかかわらず,本書において,地理学的な諸問題が再述ないし発展させられているのは,そのような理由による.そしてこれは大きな成功を収めているように思われる.評者は特にゲンマ・フリジウスの仕事についての分析から学ぶところが多かった.オランダは16世紀後半から17世紀初頭にかけて,メルカトール,ステヴィン,ベークマンのような近代科学の先兵ともいうべき第一級の人物たちを生み出し,それがデカルトやパスカルの仕事へと継承されるのであるが,その発端となったのがゲンマ・フリジウスであることを著者から初めて学んだのである.
  本書の第二の特色は,ルネッサンス時代の天文学的,地理学的思想の発展を,社会文化的なコンテキストと相即的に述べていることである.再びコイレの場合を例に挙げれば,コペルニクスもケプラーもいわばイデアの世界の人物として,極端に言えば思考機械として登場するにすぎないが─付言すれば,それはそれなりに充分興味深いのだが─,本書の登場人物は当時の社会文化的環境の中で生き生きと描かれていることである.その描写がもっとも成功していると思われるのは,レギオモンタヌスとメランヒトンについてである.レギオモンタヌスは,ヨーロッパ人でギリシャ語をきちんと学んだほとんど第一世代の科学者に属するが,彼はギリシャ生まれの大学者でヨーロッパに亡命し,カソリックの枢機卿にまで出世したベッサリオンの誘いに従い,その随行員になってイタリアに赴き,きわめて恵まれた環境でギリシャ語を習得できたのであった.レギオモンタヌスの主著は師のポイルバッハとの共著である『アルマゲスト綱要』であるが,それが画期的な著作となったのは,著者らの才能もさることながら─特にレギオモンタヌスは神童の誉れが高かった─,レギオモンタヌスが直接ギリシャ語の原典『数学集成(アルマゲスト)』を充分に読みこなしえたからであった.後に,イタリアから祖国ドイツに戻った彼は,当時ドイツで発明されたばかりの活版印刷術の大いなる可能性に注目し─彼より少し若いレオナルド・ダ・ヴィンチが活版印刷術にほとんど無関心だったのに比べると,大きな違いである─,南北ヨーロッパの交流の要衝の地でもあり,また精密品産業の一大中心地でもあったニュールンベルグに居住地を定め,天文観測に勤しむとともに天文学関連の出版活動に専念した.これによって彼は,ドイツにおける天文学研究の礎を築いたのである.その後,16世紀前半に天文学研究の重要性を大学制度としても確立したのが,宗教改革者ルッターの右腕として活躍し,「ゲルマニアの教師」とまでたたえられたメランヒトンである.この二人の活動によって,16世紀における天文学研究はいわばドイツの独擅場となったのである.著者によるこのあたりの記述は,社会文化史的にもユニークであり,繰り返し読むに値する.
  第三の特色は,天文学研究における占星術の果たした役割の強調である.天文学史ではリップ・サービスとして占星術の意義について触れるのが慣例となっているが,著者はプトレマイオスの『テトラビブロス』やケプラーによる占星術改革をもその貪欲な胃袋でこなしたうえで,議論を展開している.評者は占星術については具体的にはほとんど何も知らないが,興味深く読むことができた.
  以上のように評者は本書を高く評価する者であるが,賞賛だけでこの書評を終えるわけにはいかない.本書を幾度か読み返し,時には原著で著者の引用をチェックした評者としては,疑問に感じたいくつかの点を率直に指摘しておくこともその義務の一部と考えるのである.そこで,紙数の関係もあるので,ここでは細部に関する二つの事柄を批判的に見てみることにしよう.
  (1)著者は第一章の註13(I. p. 41)において,「等化点」(エカント)に関して「equantまたはaequantはラテン語の動詞aequareから16世紀に造られた言葉であり……」と記しているが,実は13世紀のサクロボスコがすでにその『天球論』においてこの言葉を使用しており,さらに15世紀のポイルバッハもその『惑星の新理論』において使用している.著者自身これらの著作をラテン語で直接読んでいるはずであるが,それを見落としているのは,不可解である.おそらくこの言葉は翻訳の時代の12世紀にアラビア語からラテン語に移入されたものなのではないだろうか.
  (2)つぎにコペルニクスの太陽中心説において重要な役割を果たしていることが近年ますます強調されるようになったsymmetriaの概念について.著者はこの言葉をときには「均衡」(たとえばII, p. 369)と訳し,またときには「対称性」(III, p. 872)と訳している.だが著者はこの概念がルネッサンス時代にどのような意味内容を有していたのかについてはまったく触れていない.しかし美術史においてはよく知られているように,この概念は美の本質を指す概念であり,全体と部分,部分と部分の間の「適正な比例ないし関係」を表現する概念だったのである.当時の社会的,学問的常識に真っ向から対立する太陽中心説は,最高の職人(=芸術家)たる神によって創造された世界は美的に優れたものであり,驚嘆すべきsymmetriaが存在すべきであるというコペルニクスの予断的な信念に支えられて初めて形成されえた理論だったのではないだろうか.
  以上,細部に関する批判点を二つ挙げたが,これらは本書の力作たる所以をほとんど損なうものではない.この半世紀ほどの間に16–17世紀の天文学革命を主題とする大作が国外でも3冊出版された.一つはA.コイレ『天文学革命』(フランス語原版,1961)であり,もう一つはH.ブルーメンベルク『コペルニクス的宇宙の生成』(ドイツ語原版,1975;邦訳,I, II, III, 2002–2011)であり,3冊目はR. Westman: The Copernican Question(2011)である.いずれも特色のある(あるいは癖の強い)力作であるが,本書はこれらの3冊と較べてもけっしてひけを取らない著作であると言えよう. (2014年9月15日原稿受付)



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計算で身につくトポロジー

阿原一志

共立出版,東京,2013,ix+213p,21×15 cm,本体2,800円[専門~学部向]ISBN 978–4–320–11039–7

紹介者:鈴木 淳史(静岡大)

  本書は,非専門家を念頭に予備知識をほぼ必要とせず,ホモロジー群の解説を行っている.記述は非常に具体的であり,まさに計算で身につくというタイトルにふさわしいものになっている.
  近年,物理の諸分野において,ホモロジーや圏論などといった従来の物理数学の枠組みで教えられてこなかった種々の概念に出くわす機会が非常に増え,分野によっては必須というような状況になりつつある.学校で習わなかったことは,理解できても使いこなすのは大変難しいといった意味の文章を,あるところで読んだことがあるが,確かにその通りである.このギャップを埋めるためには,経験を積むしか無いのだが,抽象的な内容になればなるほど,なかなか具体的な例を取り扱うのは難しいし,自分で適切な例を設定すること自体が大変である.コホモロジーは,微分形式等に基づいているので手を動かしやすいが,ホモロジーは図形に根ざしているために大変である.一時,物理学科の学生の間でよく読まれた『物理学者のためのトポロジーと幾何学』(C.ナッシュ・S.セン著,マグロウヒル)などでもあまり丁寧な例をあげて説明してあるとはいいかねるように思う.その点,この本はまず適切な例を具体的に計算させて納得させた上で次に進む,という体裁をとっており,独学者にとって大変ありがたいものとなっている.また計算の詳細も丁寧に記されており,こちらの計算間違いで疑心暗鬼に陥ることが無いように配慮されている.ホモロジー代数の解説書として,従来,『ホモロジー代数』(河田敬義著,岩波基礎数学)が名高い.そこでの蛇の補題の証明も2ページ半ほどあり,数学書としては比較的詳細に記述されたものであるが,本書ではホモロジー群をH0H1に限定しているにもかかわらず,6ページも使った大変に丁寧なものとなっている.他の記述の丁寧さも推して知るべし,であろう.
  本書は二部構成となっており,第一部ではグラフの(すなわちH2以上を考えない)ホモロジー群について,第二部では曲面の(すなわちH2まで考える)ホモロジー群について閉曲面の分類定理まで解説を行っている.初学者にとっては(数学書にありがちな)いきなりHnまで議論する,となっていないところがウレシイ.
  本書でこれらの基礎知識を身にしみこませた上で,さらに進んだ教科書,例えば前述の『ホモロジー代数』など読み進めると理解が深まるのではないか.また,この本の調子でもう少し進んだ話題まで丁寧に説明してほしい,とお考えの方は本著者が共著者のひとりになっている『パズルゲームで楽しむ写像類群入門』(阿原一志・逆井卓也著,日本評論社)など手にとられてはいかがか. (2014年9月26日原稿受付)



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クォーク・ハドロン物理学入門;真空の南部理論を基礎として

国広悌二

サイエンス社,東京,2013,v+155p,26×18cm,本体2,238円(SGCライブラリ-100)[専門~学部向] ISSN 4910054700831

保坂 淳 (阪大核物理研セ)

  クォークとハドロンという言葉が1960年代に登場し半世紀が過ぎた現在,いずれも高等学校の教科書にも載るほどに市民権を得たものになった.この間,数多くの原著論文が生まれ,海外では単行本が出されてきた中,本書は日本語による,基礎から最近の話題までを系統的に扱う待望の書である.
  クォーク・ハドロンという主題からは,ハドロンの構造や反応を連想するが,副題に目を移すと多体問題としての観点を重視していることが予想される.ハドロンの性質を語るときに,それが存在する真空を抜きにしては語れない.著者の国広氏の視点は「…物質と真空は相互規定的であり…何が物質かということは真空を決めることと等価である.(はじめに)」に如実に表れている.金属や固体物性との類推によって,温度や圧力などの環境変化に伴うハドロンの性質変化を追跡する研究において,国広氏は先駆的な研究を行ってきた.最近になり実験的な検証が進められている最先端の分野である.
  2008年の南部陽一郎氏のノーベル賞授賞,2012年のHiggs粒子の発見と翌年のHiggs氏のノーベル賞授賞を機に,自発的対称性の破れに関心が持たれている.その考え方は多体問題の様々な局面で登場し,物質世界の多様性を説明する基盤を与える.クォークとハドロンの場合には,現在宇宙に見える物質質量の99%以上の起源を説明してくれる.さらに湯川のパイ中間子を説明し,原子核,従って原子の根幹となる部分をも説明する.
  本書において国広氏は,場の理論の手法を基盤に上述の事象に潜む機構の本質を説明してくれる.1章で全体を概観した後に,2章で場の理論の基礎を導入する.場の理論に不慣れな読者は,標準的な教科書を別途手元に置いておくことを勧める.3章から本題に入り,カイラル対称性とQCDについての解説が始まる.以降はこの本の記述で十分追える構成になっている.4章ではカイラル対称性を持ったハドロンの低エネルギー有効理論として,線形シグマ模型を考察する.そして5章でハドロンをクォークの複合粒子として記述するQCDの有効理論として,南部ヨナラシニオ(NJL)模型を導入する.カイラル対称性の動的性質とそれに支配されるハドロンの性質を導き,最後に量子軸性異常を解説する.スカラー粒子の素性や,Hダイバリオンなど最近の話題にも触れている点が興味深い.5章以降は国広氏と共同研究者達が切り開いてきた分野であり,他の解説書などでは得がたいオリジナルな内容である.6章では有限温度の物質系を扱い,中性子星やQGP相転移の問題に触れ,系のソフトモードについて議論する.そして最後の7章で物質の性質として,クォーク数の感受率と密度揺らぎを紹介する.
  本書は冒頭で述べたとおり,クォークとハドロンを題材にしながらも,一貫して場の理論としての真空を決め,その励起を探るという視点を貫いている.紹介されている様々な事象が,共通の原理に基づいて発現していることが理解できると思う.この点において,様々な研究者にとって有用な書物となるであろう. (2014年10月4日原稿受付)



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Magnetism and Magnetic Materials

J. M. D. Coey

Cambridge Univ. Press,New York,2010,xiii+617p,25×19cm,$95.00[専門・大学院向] ISBN 978–0–521–81614–4

合田 義弘 (東工大院総合理工)

  磁性のカバーする領域は近年益々広がりを見せ,永久磁石材料など物理と材料科学との分野融合的な研究領域が形成されてきている.また,磁性の書物は内外に数々の名著が既にあるが,磁性発現の舞台である磁性材料に関しても詳細に記述している本はさほど多くないと思われる.
  本書は磁性と磁性材料に関して体系的・網羅的にまとめられた教科書である.大書であるが,金森先生や近藤先生も含めた数々の磁性研究者の写真もしくは肖像画が関連する内容の頁に掲載されており,楽しみながら読み進めることができる.イントロダクションは古代文明における磁鉄鉱の記述から始まっており,最終の第15章では磁性流体・磁気電気化学・磁気浮上・生命科学での応用・ダイナモなどの地球惑星科学や天文物理学における磁性にも触れられている.物質科学を中心としつつも,磁性と磁性材料に関するあらゆる事項をカバーしようとする著者の意気込みが伝わってくる.記述は全体的に丁寧かつ要を得ており,全編にわたりSI単位系が用いられていることも好ましい.
  第2章から第4章までは古典的な静磁気学と基礎的な磁性の電子論に関する記述となっており,学部レベルの電磁気学・量子力学の知識とその後の専門的な部分との橋渡しとなっている.また,強磁性・反強磁性などの磁気秩序(第5,6章)やドメインとヒステリシス(第7章)といった標準的なトピックに加えて,ナノスケールでの磁性(第8章)・磁気共鳴(第9章)・様々な実験手法(第10章)・磁性材料(第11章)・磁石材料の応用(第12,13章)・スピントロニクス(第14章)がカバーされている.特に,第11章で個々の磁性材料の具体的な結晶構造と性質が65頁にわたり記述されていることは本書の特徴の一つと言えよう.著者は実験家であるが,放射光等の最近の実験手法の発展のみならず密度汎関数理論による第一原理電子状態計算にも触れられており,磁気状態の説明等に効果的に用いられている.内容の広範さを考えると617という頁数はむしろコンパクトに良くまとまった結果とも言えるかもしれない.これから磁性・磁性材料の研究を始める大学院生は勿論のこと,専門家の参考書としても推薦したい.他分野の研究者にも手引書として手に取って頂きたい本である. (2014年10月6日原稿受付)



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数物系のためのミラー対称性入門;古典的ミラー対称性の幾何学的理解に向けて

秦泉寺雅夫

サイエンス社,東京,2014,v+207p,26×18 cm,本体2,500円(SGCライブラリ-109)[専門・大学院向] ISSN 4910054700749

立 川 裕 二 (東大院理)

  場の量子論は,点粒子が時空を動いているのを量子的に扱う理論です.その拡張として,空間に一次元的に広がった弦を量子的に考察するのが超弦理論で,時空の次元が10次元にはなりますが,重力を量子的に無矛盾に扱えるという特徴があります.しかし,現実の時空は4次元ですから,残りの6次元をどうにかしないといけません.もっと積極的に捉えると,4次元の場の量子論には粒子の種類,相互作用の入れ方に選択肢があります.一方で,超弦理論は10次元の理論としてはほとんど選択肢がありません.ですから,4次元での粒子の種類等の選択肢が,残りの6次元空間がどういう形をしているか,という選択肢に対応する,というのが超弦理論の枠内では自然な考え方です.
  このような考察で現実の素粒子物理もしくはその自然な拡張が記述できるかどうかは未解決ですが,その研究の過程で,新たな数学的現象が沢山発見されてきました.その典型例がミラー対称性です.内部空間として6次元空間Aを使うことと,全く別の6次元空間Bを使うことを考えましょう.内部空間が異なるのですから,残った4次元に出てくる物理は古典的には全く異なりますし,場の量子論を用いて調べても全く異なった結果が得られます.しかし,超弦理論の場合は,Aに対してBをうまく選ぶと,残った4次元に出てくる物理が等価になってしまう,ということが起きます.この際,ABは互いにミラーである,と呼ばれます.
  これは,80年代後半から90年代前半に発見され,その後,理論物理学者および数学者によって深く研究されており,物理への影響は兎も角,数学への影響はかなりのものであったと言えます.研究がはじまって四半世紀が経とうとしていますから,英語および日本語での成書は既に沢山あります.
  しかしながら,数学者にとってこそ衝撃であったためか,それらの本は大抵数学者によって数学者向けに書かれたものでした.物理屋が大幅に関与して執筆された教科書1)もありますが,これは900頁にも及ぶ大著で,取り付くには相当の覚悟が要ります.ですから,ミラー対称性は,理論物理側で発見されたものであるにもかかわらず,理論物理側から勉強をはじめるために,適切な本が無かった,という逆説的な状況にあったわけです.
  このギャップを閉じてくれる有り難い本が,日本での理論物理側のミラー対称性研究の第一人者によって書かれた,本書です.この本の特色はこれまで述べたことに加えてまだあります.それは,具体的に詳細にミラー対称性の両側での計算が述べられていて,雰囲気を理解するに留まらず,ミラー対称性を自分で確認することができるようになっていることです.さて,ミラー対称性の両側の確認は,多様体A内の二次元球面S2の数が,別の多様体Bに付随する微分方程式の解の挙動で決定される,という形をとります.微分方程式の解の挙動は,伝統的に理論物理屋の育つ過程で学ばされるものですから,このB側の解析の理論物理側での解説は,記事がいくつか見つからなくはありません.しかし,A側での数え上げの問題は,英語記事ですら,物理屋向けに書かれたものは,この本以前に私は見たことがありませんでした.ですから,これまでは,ミラー対称性の計算の物理屋向けの紹介,というと,B側だけ計算法を説明して,A側は数学者によるとこうである,と書いてあっただけなのですが,本書を読めば,A側もB側も自分で確認できる,というわけです.(実際に,私もこれまではB側のみの計算しか経験がなく,この本を得てはじめて,A側の計算をきちんと追ってみようとしているところだということを告白しておきます.)
  おしまいに,本書はサイエンス社のSGCライブラリの一冊ですが,このシリーズではほぼ毎月,質の優れた日本語のモノグラフが出版されています.この内容を,日本語を解する読者で独占しておくのは,人類全体での知識の共有という観点からは,全く勿体無い話です.日本物理学会及び関連学会の援助もしくは斡旋で,全巻を系統だって英訳するわけにはいかないものでしょうか.

参考文献
1)Hori, et al.: Mirror symmetry (Clay Mathematical Monographs 1,アメリカ数学会,2003).
(2014年11月14日原稿受付)



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非線形科学;同期する世界

蔵本由紀

集英社,東京,2014,247p,18×11 cm,本体760円(集英社新書)[広い読者向] ISBN 978–4–08–720737–8

竹 内 一 将 (東工大院理工)

  振り子時計,ホタルの発光,歩行者の足並み….世の中には,自ら一定のリズムを刻んで何らかの時間変化を繰り返す「振動子」を多く見出すことができる.こうした振動子は,しばしば相互作用を介して同期する.振動子の同期と聞くと,何か古典物理の練習問題のようなものを想像される方もおられるかもしれないが,そうした印象は本書を一読すれば払拭されるだろう.
   本書で扱う振動子とは,自ら周期的運動を生み出して振動する本質的に非線形・非平衡の現象であり,その多体効果である同期には数多くの非自明な物理学が潜んでいる.1)そして驚くべきは,心拍などの生理現象や,繁殖期の動物が見せる求愛行動など,様々な生命活動が同期という物理現象を巧みに利用しているという事実である.これはとりもなおさず,同期が医学や工学などにおいて様々に応用できることも意味している.
  本書は,同期の数理的研究の第一人者である蔵本由紀氏により書かれた,一般向けの入門書である.同氏には,同じく集英社新書として出版され,書名も似た著書2)があるが,前著では様々な非線形非平衡現象を数式も交えつつ解説しているのに対し,今回の新著では対象を振動子とその同期現象に限定し,数式抜きで,それでいて明快さを損なうことなく本質を描き出している点で,随分と趣が異なる.話題が絞られたことで,むしろ同期というキーワードで結ばれる現象の多彩さが一層目を引く形となった.紹介される題材は,先に述べた例のほか,体内時計から電力供給ネットワーク,ロボット制御まで多岐にわたる.いずれも安易な比較ではなく,個々の分野で得られている知見や実データなどが丁寧に紹介されるため,非専門家はもちろん,非線形科学の研究者にとっても得るところが大きい.加えて,一般の読者向けには,複雑な現象を単純かつ抽象的なモデルで説明することの意義なども説明されており,まさに幅広い読者の知識欲に応える一冊であると思われる.
  また本書では,科学的な解説に終始せず,話題によっては歴史や映画のシーンなども絡めて話が進んでいく.その語り口もどこか和やかであり,本書の読書感は,まるで物知りで親切な親戚の叔父さんに色々と面白い話を聞かせてもらっているかのようで,大変心地よい.研究者から学生,家族や友人まで,多くの方々が手に取れる一冊として,ぜひ推薦したい良書である.

参考文献
1)同期に関する専門書としては,例えばA. Pikovsky, M. Rosenblum and J. Kurths: Synchronization; A universal concept in nonlinear sciences(Cambridge Univ. Press, 2001)がよく知られている.
2)蔵本由紀:『非線形科学』(集英社,2007)
(2014年12月9日原稿受付)



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Gauge/String Duality, Hot QCD and Heavy Ion Collisions

J. Casalderrey-Solana, H. Liu, D. Mateos, K. Rajagopal and U. A. Wiedemann

Cambridge Univ. Press,New York,2014,vi+460p,25×18 cm,$90.00[専門・大学院向] ISBN 978‒1‒107‒02246‒1

菅 本 晶 夫 (お茶大理)

  2011年にプレプリントサーバーで見つけたこの本の原稿を,私は無謀にもテキストとして,2011年4月から7月まで,修士課程の院生相手に講義を行った.実は前年度に素粒子論研究室の学部学生4名の「RHIC とQGP」をテーマとする卒研指導を行った.RHICとはBNLにあるRelativistic Heavy Ion Collisionを行う加速器の名であり,QGPとはQuark Gluon Plasmaである.4名の学生はとても良くできたのでこの課題を見事にこなした.その内2名はお茶大大学院に進み,2名は他大学の大学院へ進学したが,2名が他大学から入学したので,計4名の修士1年生を相手に講義を行ったのである.
  目標は素人向けの前半,即ち第1章~ 第5章(heavy ion phenomenology,finite temperature QCD,gauge/string duality)であり,専門家向けの後半第6章~第9章は講義しないという方針にした.本となった現在でも前半は同じ第1章~第5章であるが,後半は第6章~第10章となり,第7章が加わった.
  この本は,RHICおよびLHC(LargeHadron Collider)における金あるいは鉛の原子核衝突実験で明らかになったQGPの発生とその性質を説明することから始まる.発生したQGPはほぼ完全流体であるが,原子核が正面衝突からずれて衝突する場合には独特の流れ(elliptic flow)が発生することから「ずり粘性」(shear viscosity)の値を測定したこと,QGP中を走るquark がエネルギーを失うこと(jet quenching)及びクォーコニウム(quarkと反quarkの複合粒子)の発生がQGPによって抑制されること等が解説される.流体力学を相対論的に記述するためにLandau-Lifshizの教科書『流体力学』(東京図書)の内容を,jet quenching を理解するためにEikonal近似,Glauber模型,Landau-Pomeranchuk-Migdal理論等を,文献を頼りに補足説明した.
  最近の物理は狭くなって,これらの知識を知らなくても済ませる人も多いが,この本はそれを許さない.従って,講義をしてとても勉強になった.
  次に強結合にあるゲージ理論が古典的重力理論で記述できるという「ゲージ/重力双対性」が素人にも分かるように解説される.
  2011年の6月末にKEKの夏梅誠さんが「超弦理論の応用̶物理諸分野でのAdS/CFT双対性の使い方」(サイエンス社SGCとして出版)という集中講義をしてくれたので,学生さんにはそれを聞くように伝えて講義ではゲージ/重力双対性は割愛した.
  加筆された第7章では,流体のエネルギー運動量テンソルを重力理論から見るとどうなるかを議論している.平衡状態から大きく外れた場合にも適応できるとするなど,今後の物理に新しい風が吹く予感がある.
  この本は決して易しい本ではなく骨があるが,様々な物理がQGPを理解するために寄与していることを明確に示している.そのどれもが重要な物理である.自分の得意な分野から入って,他の分野の最近の発展を理解したいとする人には最適の本である.
  研究につながる様々なアイデアをこの本から得ることができるだろう.
(2014年12月28日原稿受付)



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重力とエントロピー;重力の熱力学的性質を理解するために

福間将文,酒谷雄峰

サイエンス社,東京,2014,vi+211p,26×18 cm,本体2,546 円(SGCライブラリ-112)[専 門・大学院向] ISSN 4910054701043

磯   暁 (KEK・総研大)

  2015年はアインシュタインが一般相対性理論を提案して100年の節目にあたる.この長い歳月を経て,一般相対性理論は天体物理学や宇宙物理学で精密に検証されてきただけでなく,GPSなど私たちの生活をも陰で支えている.重力波も近いうちに観測されるだろう.
  このように確立された基本理論でありながら,一般相対性理論で記述される重力理論にはまだ大きな謎が残されている.それがホーキングにより指摘された,重力理論,特にブラックホールが存在する時空のもつ不思議な熱力学的性質である.ホーキングは一般相対性理論の幾何学的な性質から,ブラックホールが温度やエントロピーという熱力学的量をもち,熱力学第一法則(エネルギー保存則)や第二法則(エントロピー増大則)が成り立つことを示した.さらにこの時空上での場の量子論を考えることで,ブラックホールが,幾何学的考察から導入された温度と同じ温度の輻射(ホーキング輻射)を放出することも明らかにした.一様な加速度運動をする観測者は有限温度に励起されること(ウンルー効果)も知られている.
  これらの事実は,一般相対性理論が記述するマクロな時空の背後に,何らかの微視的な(すなわち統計力学的な)自由度が存在することを示唆する.実際,超弦理論を使ったブラックホールエントロピーの導出はこの考え方を支持しており,超弦理論が実在する証拠と考える研究者もいる.また,一般相対性理論から熱力学を導出するという論理を逆転させ,熱力学から一般相対性理論を導出しようという提案(ヤコブソン)もなされている.これらの成功にもかかわらず,重力がもつ熱力学的性質の真の意味はまだ謎に包まれている.
  重力理論の熱力学的性質を理解するためには,測地線や超曲面の幾何学,重力の正準形式などの理解が欠かせない.しかしこれらの話題は少々高度であり,通常の一般相対性理論の教科書ではあまり扱われていない.本書では,これらの基本的な手法を丁寧に説明しながら,時空の熱力学の一般論までを解説している.1章で測地線束の満たすRaychaudhuri方程式やブラックホール時空の数学的性質を扱い,4章で重力の正準形式を解説している.エネルギーや角運動量といった重力理論の熱力学的量は,局所的な一般座標不変性に付随する保存量(ネーター電荷)である.このため,電磁理論の保存量である電荷がそれを囲む境界領域での電場の表面積分(ガウスの定理)で書けるように,重力の保存量も境界面での積分で表される.そこで重力理論の理解には境界項の扱いが本質的である.4章では,重力理論の境界項をラグランジュ形式(Gibbons-Hawking項)とハミルトン形式(Regge-Teitelboim電荷)の2通りの見方で扱い,後者の例として3次元漸近的AdS空間での無限次元対称性にまで言及している.また,ユークリッド化の手法による時空の熱力学を,小正準統計集団の立場から基礎付けたYork らの仕事の解説もあり面白い.5章では,1章と4章をベースにしてブラックホール熱力学の一般論が展開される.特に,ネーター電荷としてブラックホールエントロピーを解釈するWaldの方法が丁寧に解説されている.これは重力を熱力学的に解釈する上で要でありながら,日本語で書かれた解説は少なく貴重である.
  これ以外の章は,上記の流れを補完する章となっておりそれぞれ独立に読める.逆にこのことに気付かないと,2章,3章で躓き,基本的な流れを見失う読者もいるかもしれない.2章では相対論的流体力学の観点からみたエントロピー,3章は曲がった時空の場の量子論における熱力学的性質(ウンルー効果)を扱っている.6章では,超弦理論,Dブレインの解説とそれを用いたブラックホールエントロピーの導出が明快に示されている.
  このように本書は,重力がもつ熱力学的な性質を理解するための基本的な手法と概念が網羅されたツールブックである.同様なツールブックには,E.Poisson: A Relativist’s Toolkit; The Mathematics of Black-Hole Mechanics(Cambridge Univ. Press, 2007)が隠れた“あんちょこ”として知られているが,本書はPoisson の本よりも高度で深みがあり幅広いトピックスを扱っている.記述も緻密で,腰を落ち着けて読めば必要な手法概念を理解できるだろう.
(2015年1月18日原稿受付)



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光ってなに?;光の場と光量子との物理

北川米喜

大阪大学出版会,大阪,2013,ix+264p,21×15 cm,本体2,800円[大学院・学部向]ISBN 978–4–87259–463–8

田 口 俊 弘 (摂南大理工)

  本書は,「光ってなに?」というタイトルと,表紙の可愛らしいイラストのおかげで,啓蒙書のような印象を与えるが,さにあらず.力学からスタートして,電磁気学,量子力学,統計物理など,物理学全般についての基礎的な法則を数式を駆使して説明し,その基礎に立脚して光の本質に迫ることを目的とした物理のテキストである.
  著者の北川先生は,長年レーザープラズマの実験に従事されてきて,未だ情熱の衰えない方である.本書の中で湯川秀樹先生から直接講義を受けられたエピソードを交えておられるように,先生は京都大学理学部のご出身で,独自の物理観をお持ちであり,その気持ちが本書に結実したものだと言える.たとえば,光という存在を語るにあたり,電磁気学から始めて,その帰結としての電磁波を説明するというノーマルなスタイルは取っていない.まず,素粒子の存在,エネルギーの意味といった,物理学の根源から話を始めて,力学,解析力学,相対性理論,などの物理の基礎を数式を使って説明している.これは,物質も光のような場も,運動量やエネルギーという観点に立てば共通であるという物理学の基本原理から理解すべきであるという著者の考えに基づいたものであろう.
  力学の説明を終えて,ようやく電磁気学の章に入るが,マクスウェル方程式を概説した後は,すぐ波動の話になって電磁波が登場する.この章には,電磁場のハミルトニアンやローレンツ変換まで入っていて,一つの章に電磁気学のエッセンスが凝縮されている.続いて,点電荷からの電磁波発生の章があり,古典電磁気学の説明はここで終わる.
  その後,量子力学の章で波動関数から電磁場の量子化まで解説し,「光量子の生成と消滅」という章で光子の定式化に進む.この章に「光子1個とはどんなものか」という節を設けたところで,「光ってなに?」を追求してきた本書の目標点に到達したと言える.このように,本書は「光の本質を探る」というテーマを軸にしているとはいえ,最終目的は著者の解釈に基づく基礎物理学全般の解説であるようだ.
  では,本書はどのレベルの読者を対象にしているのだろうか.基礎的事項の説明を交えて書かれているので,初心者でも読めるように工夫されている.しかし,ベクトルを用いて力学の説明をしているのに,後の電磁気学の章でベクトル演算の説明をするような部分もあって,予備知識なしで読むように構成されているとは限らない.このため,ある程度物理を勉強した学生や研究者,昔物理を勉強したが,もう一度勉強し直してみたい,といった読者に最適だと思われる.
  なお,最後が量子統計の章になっているので,ご専門であるレーザーについて,北川先生独自の解釈が出てくることを期待していたのだが,あっさり終わっているのは残念だ.できれば,応用分野を含めて「光ってなに?」という魅力的な命題をもっと深く掘り下げた続編を書いていただければと願うものである.
(2015年1月29日原稿受付)



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宇宙物理学

高エネルギー加速器研究機構監修,小玉英雄,井岡邦仁,郡 和範著

共立出版,東京,2014,x+ix+291p,22×16 cm,本体4,000円(KEK物理学シリーズ第3巻)[専門・大学院向] ISBN 978–4–320–03486–0

間 瀬 圭 一 (千葉大院理)

  本屋にて一冊の本に目が留まる.実際には目に留まるまでに幾分かの時間がかかった.「宇宙物理学」,無骨なタイトルである.手にしてみると,よく知った名前が著者に並ぶ.また,KEK物理学シリーズなるものが創刊されたことを初めて知る.パラパラとページをめくると我々が遂行するIceCubeの最新結果が紹介されている.一気にこの本に吸い込まれていった.
  本書の巻頭でも述べられているように「KEKで宇宙?」と思われる方もいるであろう.本書は高エネルギー物理学と宇宙物理学の境界領域を埋めるべく2007年にKEKに創設された宇宙物理理論グループのメンバーが総力を結集して書かれた宇宙物理学に関する本である.現在,宇宙論,天体物理のそれぞれについて書かれた日本語の本は少なからず存在するが,本書は素粒子宇宙論,高エネルギー天体物理,宇宙線等の多岐にわたる宇宙物理全般について高エネルギー物理学的観点から俯瞰し,その基礎から最前線の研究まで系統的に解説した目新しい本となっている.海外には本書のような本は存在し,幾つかは和訳もされている(例えば,C.グルーペン著,小早川恵三訳『宇宙素粒子物理学』)本書のような本が日本で刊行されるようになったことを単純に喜ばしく思う.KEKの思惑がここに一つ結実したと言って良いであろう.
  本書の構成は,まず第1章にて現在における宇宙の描像を俯瞰する.第2章から第5章では高エネルギー天体現象に関連した題材を扱う.第2章では星の構造と進化について,第3章では重い星の最期に起こる超新星爆発とガンマ線バーストについて,第4章では超新星残骸,パルサー,活動銀河核,相対論的ジェット等の高エネルギー天体現象について扱う.第5章において高エネルギー宇宙線実験,高エネルギーガンマ線実験,高エネルギーニュートリノ実験,重力波実験の最新の結果並びに現況が示されると共に,その理論的解釈が与えられており,本書を特徴付ける一つの章になっている.第6章から第9章においては,宇宙論に関する題材が扱われている.第6章では宇宙背景放射形成時期にあたる宇宙の晴れ上がり前後の物理について,第7章では宇宙初期の元素合成について,第8章ではバリオン生成,暗黒物質について標準理論を超える素粒子理論からの説明がなされる.最終章第9章において宇宙のインフレーションモデルが我々の住む宇宙の歴史をいかに説明するのかを見る.
  本書においては宇宙物理の多岐にわたる最新の実験結果が最新の理論により端的に説明されている.例えばフェルミ加速の項では粒子の衝突による古典的な描像ではなく,電磁流体モデルにより説明されており,加速粒子のスペクトルのベキが衝撃波前後の流体の圧縮比(密度比)のみで決まり,非相対論的な強い衝撃波の場合ベキが2になることが端的に示されている.その一方で,式等が比較的多く天下り的に与えられていることもあり,要求されるレベルは高い.完全に理解するためには更に基礎的な教科書にあたる必要があるであろう.無論,多岐にわたる題材を簡潔にまとめるためには仕方ないのかもしれないが,もう少し丁寧に式等の説明をする,もしくは参照論文,文献をより多く付け加えれば,幅広い読者にとって有用であると思われた.
  多岐にわたる最新の宇宙物理学全般を一冊の本に端的にまとめるという本書の試みは革新的であり,教科書とは銘打っているが,学生のみならず,この分野に携わる研究者が最新結果とその物理的解釈を手っ取り早く包括的に一望するのに格好の書となっている.
  最後に,最新の結果が多く掲載されている本書であるが,この分野の進展も早い.新たな結果の現出と共に本書も改訂され続けてゆくことを強く望む.
(2015年3月5日原稿受付)



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素粒子で地球を視る;高エネルギー地球科学入門

田中宏幸,竹内 薫

東京大学出版会,東京,2014,vi+186p,21×15 cm,本体2,800円[大学院~一般向]
ISBN 978–4–13–063712–1

宮原ひろ子 (武蔵野美術大)

  本書は,2006年にミュオンを用いて浅間山の内部の密度構造を可視化することに初めて成功し「高エネルギー地球科学」の第一線で活躍する著書によって書かれた入門書である.素粒子を観測の手段として用いることで,これまで見ることのできなかった地球内部の様子を可視化することが可能になり,地球科学は新たな展開を迎えようとしている.昨今火山活動が世界各地で活発化しており,噴火予測の実現が切望されるが,現在の予測手法は,マグマの上昇に伴う山肌の非常に僅かな震動を検知することによるもので,予測が困難な場合も多い.本書のカラーページで紹介されている薩摩硫黄島内部のミュオグラフィ透視像のように,火山内部のマグマの様子を手に取るように観測できるようになれば,噴火予測は大きく実現に近づくであろう.その他,ミュオグラフィは,原子炉の内部を遠隔で可視化できる手法としても注目を集めており,本手法について耳にすることも多くなったのではないだろうか.素粒子で高密度の物体の内部を観察することのできる本手法は汎用性も高く,そういう意味でも,読者の専門分野を問わず,本書のような解説書を心待ちにしていた方は多いのではないかと思う.
  本書は,まず第1章で,素粒子で地球内部を視るに至るまでの歴史的背景が,ピラミッドの透視などの興味深い話題とともに述べられ,“視る”ということが何を意味するのか,素粒子を用いることで何が視えるようになるのか,ということが解説されている.その後,第2章では,素粒子とは何か,相互作用とは何か,という点に始まり素粒子で地球を観測するために必要な知識が,基礎的な項目から丁寧に解説されている.物理を学び始めたばかりの学生にもとっつきやすく分かりやすい構成となっている.第3章では,素粒子を検出するための測定器について,そして第4章で実際のミュオグラフィの実際の手法の概要が述べられている.素粒子とその観測技術,そして地球物理,という比較的遠い2分野をつなぐために必要な知識がこの1冊にまとめられているのは学習者にとっても指導者にとっても非常に活用しやすいのではと感じた.
  物理学会誌読者の方々はぜひ第5章にページを進めてほしい.本章で目を引くのはなんといっても,本手法の応用が地球科学だけではなく火星や小天体の科学にまで及ぶという点である.特に,地震が地球の1/1,000しかない火星では,地震波トモグラフィー(自然地震で発生した波の伝搬から内部構造をマッピングする手法)が使えず,本手法が大活躍できる可能性があるとのことである.
  ミュオグラフィの一歩先の展望としてニュートリノグラフィについても述べられている.現在世界各国で活発に行われているニュートリノ観測技術の開発は,地球科学の進展にも大きく寄与するであろう.今後の進展がとても楽しみである.
(2015年3月24日原稿受付)

Quantum Concepts in Physics; An Alternative Approach to the Understanding of Quantum Mechanics

M. Longair

Cambridge Univ. Press,New York,2013,xviii+443p,25×18 cm,$70.00[専門~学部向]ISBN 978–1–107–01709–2

紹介者:石橋延幸(筑波大数理物質系)


  本書は,量子力学の黎明期から成立に至るまでの紆余曲折を,歴史的順序に従って議論しようという本である.同じ趣向の本として,名著『量子力学I・II』『スピンはめぐる』(朝永振一郎)や,大著The historical development of quantum theory Vol. 1–6(Mehra and Rechenberg)がある.本書は正味400ページ程の本なので,その記述の深さ・広さにおいてそれぞれ前者・後者には及ばないかもしれない.しかし,量子力学が完成してから90年になろうとする今,標準的な教科書を用いて量子力学を学ぶ学生にとっては非常に面白く読めるであろう好著である.
  内容としては,1900年のプランクの論文が出る背景となった物理学の状況の説明から始まり,ディラック方程式が出てスピンについての理解が定まる1930年頃までの発展を主に扱っている.記述のスタイルとしては,様々な理論・実験についてその背景から説き起こし,
  ・どのような考えからそのような理論・実験を構築・実施するに至ったのか
  ・その理論・実験は当時の研究者にどのようなインパクトを与え,次の発展につながっていったのか が明らかにわかるように心を砕いている.本書のハイライトのひとつはハイゼンベルグの1925年の論文であり,その発想の背景が詳しく述べられている.
  本書の内容は,通常の量子力学の教科書では全く触れられないか軽くさわりだけが書いてあることが多い.単に量子力学の様々な手法を身につけるためだけには,このような知識は必要ないのかもしれない.しかし,こと量子力学に関しては,その成立の背景を詳しく知らなければなぜこのような理論体系になっているのかうまく呑み込めない学生も多いであろう.量子力学を学ぶ学生にとっては教科書を補完する副読本として,また量子力学の導入部分を担当する教員にとっては参考にできる本として本書をおすすめしたい.
  最後のこの本に関連するいくつかの本を挙げておく:
  ・同じ著者が古典物理学に関して同様の手法で書いた本にTheoretical Concepts in Physicsがある.
  ・物理学の本というよりは読み物であるが,量子力学の黎明期からBohm・Bellの研究を経て量子情報の分野が花開くまでの歴史を,独特な手法を用いて活写した本にThe Age of Entanglement (Louisa Gilder)がある.
(2015年4月8日原稿受付)



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地球の変動はどこまで宇宙で解明できるか;太陽活動から読み解く地球の過去・現在・未来

宮原ひろ子

化学同人,京都,2014,206p,19×14 cm,本体1,600円(DOJIN選書061)[一般向]ISBN 978–4–7598–1661–7

桑原孝夫(千葉大)


  宇宙気候学は,地球の気候変動を太陽活動に代表される宇宙現象で説明を行う,新しい学問分野である.地球を含む太陽圏の環境を統括的に捉え,宇宙・地球物理学の枠に囚われず様々な仮説を検証し,新たな可能性を探る様は,まさに総合科学と言える.本書は,当分野の最前線で研究を行う著者の宮原ひろ子氏が,その宇宙気候学の現状を明瞭かつ簡潔な文で解説し,多くのイラストやグラフを用いて複雑な現象においても視覚的・直感的に理解ができるよう心掛けられた,クオリティの高い書籍である.
  本書では,宇宙気候学のキーとなる太陽活動や宇宙線強度と地球大気との関係について随時説明を行いつつ,宇宙天気と呼ばれる日単位の急激な宇宙現象から,11年の太陽活動周期,ついには数億年・数光年単位の宇宙現象が過去・現在・未来の地球に与える影響について広く議論を行っている.特筆すべきは,そのほぼ全てが様々な手法により再現・数値化されたデータに基づき考察されている点である.過去の太陽活動と地球の気候を知るソースは,最近の衛星観測データに始まり,太古の地層・植物・南極の氷から古文書の記録にまで多岐にわたり,まさに対象を選ばずとの印象を受ける.また,著者の宮原氏は宇宙線周期変動と太陽活動極小期の研究を専門にされており,特に氏が長年行ってきた放射性炭素年代測定法による屋久杉等の樹木の年輪を用いた宇宙線強度変動の推定とマウンダー極小期の研究にまつわる話は,本書の中で最も重みのある内容となっている.業界ではモジュレーションと呼ばれる太陽圏磁場内での銀河宇宙線のダイナミックな運動と,太陽活動周期との関連性についての記述も素晴らしく,宇宙線物理の関係者にはぜひご一読頂きたい.さらに本書内では著者の多彩な研究に基づき厳選された観測・研究結果が多数引用されており,それは巻末の文献リストに纏められている.本書を足掛かりにより深く学びたい読者,すでに同分野に見識ある読者にも,満足できる内容であることは間違いない.
  宇宙気候学は未だ謎の多く残る学問である.特に本書内で言及されている宇宙線強度と地球大気内の雲量との相関は,1997年にスベンスマルク氏らの論文が発表された当初より懐疑的に受け取られている感がある.しかしながら,本書の冒頭で述べられているように,ここ数年はCERNの大型加速器を使ったCLOUD実験等,多くの検証実験の結果が揃いつつあり,その発展は目覚ましく,著者の宮原氏を含む多くの研究者により日々活発な議論が行われている.その科学的な関心は言わずもがな,その成果は将来の気候変動の予測にも繋がり,我々の社会にも密接に関連した研究分野である.ぜひ本書を多くの方に手に取って頂きたいと思う.
(2015年4月9日原稿受付)



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半導体の光物性

中山正昭

コロナ社,東京,2013,vii+354p,22×15 cm,本体5,000円[専門・大学院向]ISBN 978–4–339–00852–4

片 山 郁 文 (横国大工)

  赤﨑,天野,中村の三氏が青色半導体レーザーの開発でノーベル賞を受賞したことは記憶に新しいが,その背景には長年日本において培われた,半導体,絶縁体の励起状態,特に,吸収,発光などの光学的性質を理解するための取り組みがあった.近年もその取り組みは継続しており,例えば,位相固定光パルスによる励起や,高強度光励起を通した極限光励起状態の物理を探るための研究などが盛んに行われている.本書はこのような長い歴史を持つ光物性の様々な研究を,特に,半導体やその超格子などにおける励起子効果,高密度励起効果,電子格子相互作用などに着目し,豊富な実験結果と多数の参考文献を交えながら紹介しようとした意欲作である.
  光物性分野は,物質の基底状態に着目することの多い物性物理学の中にあって,励起状態の効果をあらわに考慮する必要のある,数少ない分野のひとつである.このために,本質的に多体効果である励起子効果が顕著になるなど,それを取り扱う理論も大変難しいものになりがちである.したがって,光物性分野を学び始めると,著者も前書きに記している通り「幾度となくその広さと深さに立ち尽くす」ことになる.本書はこのような広い分野をイメージとしてつかむための工夫として,あえて詳細な理論には立ち入らず,代わりに多くの図表が用いられており,興味のある部分を深めていけるように多数の参考文献が用意されている.本書を一読すると著者のこの試みがおおむね成功しているものと分かる.
  例えば,光と物質の相互作用を記述する第二章では,誘電関数やポラリトンといった光物性の基礎となる概念が分かりやすく記述されているが,最終的には半古典的な取り扱いが破綻する付加的境界条件問題についての記述があり,読者の興味を掻き立てる.また,著者らの専門とする半導体薄膜や超格子構造の光物性に関する記述でも,基礎的な事項に加えてブロッホ振動や,量子カスケードレーザーの原理など,発展的な話題も盛り込まれており,対応する文献が列挙されている.このように,基礎的な事項を押さえつつ,光物性分野の広がりを体感できる点は本書の魅力の一つであると言えよう.また,特によく用いられる半導体について物質パラメータが詳細に与えられており,半導体の光物性研究に取り掛かる際に参考にすることができるようになっている点も有用である.何か興味を持ったトピックについて調べたいときに辞書的に開いたり,興味ある部分を文献で補完しながらじっくりと読んだりするための書籍として適している.
  一方で,多くの内容をコンパクトにまとめようとした結果,例えば第一章の結晶構造,対称性,バンド構造の記述は,基本的にはすでに予備知識として固体物理学,群論などの基礎を習得している読者でなければ,本書だけでは理解が難しい.また,一部のトピックが詳細に記述される一方で,一部は引用のみであるなど,内容的に少し偏りがあるかもしれない.例えば,ラマン散乱の記述はあるものの,その対となる赤外・遠赤外(テラヘルツ)分光の最近の研究についてはあまり言及がない.これは,できるだけ著者の自前のデータで構成しようとしたためであると思われる.しかしながら,これらを差し引いたとしても,光物性研究を進める際に必要とされる基礎的な事項は網羅されているという点で,本書は光物性分野の入り口に立つ研究者や,半導体物性に興味を持つ読者に広く薦められる書籍である.
(2015年4月7日原稿受付)



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Quantum Chromodynamics at High Energy

Y. V. Kovchegov and E. Levin

Cambridge Univ. Press,New York,2012,x+339p,25×18 cm,$133.00[専門・大学院向]ISBN 978–0–521–11257–4

板 倉 数 記 (KEK)

  凄い球を投げる投手がいるという.その球は,速くなればなるほどボールから何かが湧いて出てきて輪郭はぼやけていき,大きくなっていくというものだ.勿論,現実にはそんな「魔球」は不可能だが,なんとミクロの世界では似たことが起こるということが,この十数年の高エネルギーハドロン物理の理論・実験研究において明らかになってきた.陽子や中性子は3つのクォークから成ると言われるが,高エネルギー散乱ではクォーク間の力を媒介するグルーオンが多数生成したグルーオンだらけの「魔球」の状態になる.この「魔球」には「カラーグラス凝縮」や「グルーオン飽和」という名がついている.本書は,近年急速に理解が深まってきたこの「魔球」に関する世界で初めての解説書である.著者らは二人ともこの分野で非常に重要な貢献がある理論家たちだ.普通の陽子の状態からグルーオンだらけの「魔球」の状態までの変化を記述する方程式は,それを導出した方々の頭文字をとってGLR-MQ方程式やBK方程式などと呼ばれるが,このうちのLやKこそが,本書の二人なのである.本書の出版から既に3年が経過しているものの,現時点で類書はなく,その独自性は揺るがない.それどころかこの現象を直接探索する実験が計画されており,さらには周辺分野に影響を与え始めてもいるので,現象自体が知的好奇心を刺激することに加えて,その重要性・有用性は益々高まっている.
  本書の内容を紹介しよう.第1, 2章はQCD(量子色力学)の基礎,レプトンによる陽子の深非弾性散乱,陽子のパートン分布関数に対するDGLAP発展方程式などの摂動的QCDに基づく標準的事項の解説であり,これらに自信があれば第3章から入っても良い.第3章では,所謂「small-xの物理」(たくさん生成するグルーオンは小さな運動量比x≪1を持つことからこう呼ばれる)を概観する.すなわち,グルーオン数の増加を記述する線形なBFKL方程式から,カラーグラス凝縮を記述する基礎方程式である非線形なBK方程式に至る大筋を与え,カラーグラス凝縮の出現の必然性が説かれる.
  第4章からは,small-xの物理で標準的な理論的枠組みであるカラーダイポール描像を用いてBK方程式の導出やその解の性質が議論される.ここで面白いのは,BK方程式はある近似のもとで,反応拡散系を記述するF-KPP方程式と等価になり,BK方程式の解が持つ「幾何的スケーリング」という性質が,F-KPP方程式の進行波解として再解釈できるという事実であろう.この発見により,カラーグラス凝縮の物理は非平衡統計力学とも関係する視点を獲得したことになる.
  第5章ではBK方程式を導出する全く別の見方を紹介する.ここでは,高密度に凝縮したグルーオンたちを,ランダムに分布したカラー源がつくる輻射場として記述し,ランダムな分布による統計平均をとることで物理量を計算するという方法が導入される.この新しい視点は,カラーグラス凝縮の物理的性質を理解する重要な鍵であり,本書の中で概念的に最も重要な点である.評者はかつてカラーグラス凝縮を学び始めた時に,既知の複雑な物理が,直観的でシンプルな視点によって再定式化されるだけでなく,より深い物理的洞察を可能にするものになったことを理解して身震いするほど感動した.
  これらの知的興奮に満ちた解説を経て,第6章ではBK方程式に対する高次補正の効果,第7, 8章ではカラーグラス凝縮の枠組みにおける具体的な高エネルギー過程の記述方法が説明される.最後の章は,実験との比較,理論的記述の問題点,今後取り組むべき問題などの未解決問題が短く紹介される.この分野でテーマを探す人には有益であろう.
  総じて,本書はカラーグラス凝縮を解説した最初の本として非常によく書かれていると思う.本書を読みこなせれば,専門家たちが何を議論しているのかは分かるようになる.しかし実際に何か新しい計算に取り組んだり,活発に議論されているトピックに参入するには,参照されている文献に当たる必要はあるだろう.例えば,カラーグラス凝縮の理解を飛躍的に進めた高エネルギー重イオン衝突の物理に関する記述は乏しいが,衝突直後の「グルーオンだらけ」の状態の理解は進んでおり,重イオン衝突における熱平衡化の問題とも絡んで精力的に研究されている.また,カラーグラス凝縮の直接観測を目指す実験計画や,最近急速に理解が進んでいるスピン物理(核子の内部構造の理解)との関係などにも触れてほしかった.このようにカラーグラス凝縮の物理はその適用される領域を広げて重要性を増しており,本書の出版は時宜を得たものである.本書を学んだ優秀な若手が,この未開拓の分野に進出してくれることを期待する.
(2015年4月30日原稿受付)



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Molecular Driving Forces; Statistical Thermodynamics in Biology, Chemistry, Physics, and Nanoscience

K. A. Dill and S. Bromberg ISBN 978–0–815–34430–8

Garland Science,New York,2010,XX+756p,27×21 cm,$162[大学院・学部向]

石 崎 章 仁 (分子研)

  米国でポスドクの頃,助教授採用が決まったばかりのオフィスメイトが「化学の学生に統計熱力学を教えることになった」と嬉しそうに見せた大判の書籍――エネルギーランドスケープが描かれた美しい表紙とその印象的なタイトルMolecular Driving Forcesに魅せられたことを思い出す.本書は,物理化学・生化学・医薬品化学・生物物理学・物質科学・環境科学など分子および分子集団の振る舞いを理解することがキーとなる広い分野の学部上級生および大学院生のために書かれた統計熱力学の教科書である.
  国内外において統計熱力学の名著は枚挙に遑がないが,本書の出色は著者らの言葉 “making models, even very simple ones, is a rout to insight and to understand how molecules work” そして “Models are mental toys to guide our thinking” に現れている.例えば,理想溶液など抽象的で難解な議論になりがちな溶液を,大胆に格子モデルとして取り扱い組合せ論を用いた見通し良い計算を示すことで理論の本質を鮮やかに浮かび上がらせている.もちろん,後に液体を格子モデルとして扱うことの妥当性を振り返るなど教育的配慮にも抜かりがない.その後も表面張力・リガンド結合・吸着などで繰り返し格子モデルがその威力を発揮する.
  また,巨視的に得られたFick則やFourier則の微視的な意味を所謂dog-flea modelを用いて議論しながら,いつのまにか読者は揺らぎの定理という高みに辿り着いてしまう.関連して,分子集団の平均的な振る舞いと個々の分子の振る舞いの違いを強調する中で単一分子分光実験において重要となる待ち時間分布が議論される.これらは非平衡統計物理学などを専門としない学生・研究者には馴染みの薄いトピックスであるが,最近の単一分子分光法や一分子生物学の進展を鑑みると非常に教育的であると思う.
  さらに,通常の統計熱力学のコースで協同性が重要となる例といえば相転移やヘリックス・コイル転移であるが,本書では転移現象に加えてヘモグロビンなど一つの受容体タンパク質が複数のリガンド分子と結合する際のアロステリック効果が取り上げられる.協同的な受容体リガンド結合を記述する理論手法としてbinding polynomialsが導入され,分子システムにおける協同性がどのようにバイオナノマシンを駆動しているのかが概説されていて非常に興味深い.現在の分子科学・生物物理学のフロンティアの一つは「分子それぞれの性質が生体系など高次構造を持つ分子システムの機能発現にどう結びつくのか?」という根源的な問に対して分野横断的に取り組むことにあるが,この意味で本書は示唆に富んだ良書である.
  著者らは,本書を通して生物物理学の教育に多大な貢献をしているとして米国生物物理学会より2012年Emily M. Gray Awardを授与されている.物理学を専門とする方々には分子科学・生物物理学の面白さが垣間見える読み物としてぜひ手に取って頂きたい良書であるし,また,化学・生物学・薬学など物理学を専攻しない学生の方々が統計熱力学を中心とする物理化学を学ぶ際の教科書・参考書として強くお薦めできると思う.
(2015年6月1日原稿受付)



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強相関電子物理学

青木晴善,小野寺秀也

朝倉書店,東京,2013,v+246p,21×15 cm,本体3,900円(現代物理学[展開シリーズ]第4巻)[専門・大学院向]ISBN 978–4–254–13784–2

世 良 正 文 (広島大)

  本書は希土類化合物を主たるテーマとしている.希土類化合物では,一番大きな相互作用としてまず希土類元素のスピン–軌道相互作用があり,その次に,結晶場,4f電子間相互作用の順で続く.スピン–軌道相互作用が希土類化合物に特徴的な様々な興味ある現象を引き起こす源としてあり,往々にして実験結果の解釈を難しくしている.ここに,4f電子の局在と遍歴という大きな問題が絡み,重い電子系の物理という分野が大きく発展し始めたのは1970年代後半のことである.このような希土類化合物をテーマとして書かれた学部・大学院生向けの教科書あるいは専門書は少ない.本書は,内容が希土類化合物の物性の中でも磁性と重い電子状態に絞られているとはいえ,希土類の物性を学ぶ上で,格好の教科書・参考書になるであろう.本書は第1~4章からなっている.各章は独立しているので読みたい章から読めばよいように構成されている.第1, 3章は希土類化合物関連の基本的なことがら,第2, 4章は希土類化合物で発生する興味ある現象の具体例となっており,それぞれ過去30年程の間に発見・蓄積された結果と解釈が簡潔に述べられている.
  本書で取り上げられている多極子秩序を歴史的に見ると,強四極子秩序を示すTmZnなどの研究例はあったものの,大きくクローズアップされ始めたのは,本書でも詳しく触れられているCeB6が反強四極子秩序という奇妙な秩序を示すことが明らかにされつつあった1980年代前半のことである.しばらく間をおいて2000年頃から様々なタイプの多極子秩序がスクッテルダイト化合物を中心とした物質群で次々と発見されていった.CeB6は磁場により反強磁性成分が誘起されるという奇妙な現象が中性子散乱実験で観測された1984年,ケルンでの価数揺動の国際会議でsummary talkを行ったBuyersが反強四極子秩序として解決したと淡々と話したのを覚えている.しかし,核磁気共鳴の実験結果の解釈との不一致という大きな問題は残されたままであった.実際その後CeB6の実験的研究は遅々として進まなかったが,根本的な解決に至ったのは理論の立場からであり1997年のことである.中途半端なところで終わるとその背後に大きな未知の物理が潜んでいることを見落とすという良い例であったと思うし,また,逆にそこが多様な多極子の物理の面白いところではないかと思う.
  本書の第2章は,いろいろな顔を持つ種々の多極子秩序について具体的な結果とその解釈が簡潔に述べられており,読み応えがある.第4章では,4f電子の局在と遍歴の問題が絡む具体例が述べられている.この問題は古くからあった問題で未だにそのミクロな機構が解決されているとは言えないが,量子臨界点近傍で起こるメタ磁性転移や超伝導について最新の結果を基に簡潔に述べられている.希土類化合物の初学者はまず第1, 3章を読むことで全体像を把握し,その後で,多極子,量子臨界点等についてより深く最新の研究を把握していけばよいであろう.その意味でも,本書は希土類の教科書と専門書の両方を兼ね備えた良書であり,本書をきっかけに希土類化合物に興味を抱く若手研究者が増えることを期待したい.
(2015年6月4日原稿受付)



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光とは何か;虹のメカニズムから「透明マント」まで

江馬一弘

宝島社,東京,2014,238p,18×11 cm,本体900円[学部・一般向]ISBN 978–4–8002–1536–9

小 芦 雅 斗 (東大院工)

  本書は,光にまつわる様々なトピックを紹介していく縦書きの啓蒙書である.電磁波としての光の物理的な性質や,物質との相互作用について,身近な現象をいろいろと取り上げながら,数式を使わないわかりやすい解説が展開されていく.カラーの挿絵も効果的である.光は目に見えるので,その説明も「一目瞭然」,といきたいところだが,簡単な現象であってもその原理をわかりやすく説明するのはとても難しい.その点,本書は実にさらりと読めてしまう.それこそが本書が良書であることの証左であり,物理の面白さを人に伝えることを長年意識してきた著者による様々な工夫の賜物であろう.
  また,物理の枠だけに留まらず,人や動物は色をどう認識するのか,という話や,虹は七色ある理由など,心理学,生理学から文学歴史に至るまで,様々な薀蓄が散りばめられていることも本書のもう一つの魅力である.筆者は一応光の専門家を自認しているが,それでも「へぇ~」と感心させられる場面が多々あった.最新の光技術についても,分量は少ないものの,光通信,光触媒,メタマテリアルなど,興味深い側面に絞って紹介されている.
  本書を通読しながら,ふと,現代における啓蒙書の役割について考えさせられた.今は,いつでもどこでもネットに接続し,好きな情報を拾ってくることができる.本書で取り上げている様々な疑問も,その一つ一つは,その気になってネットを検索すれば,どこかに答えが見つかるものである.では,誰がその気にさせてくれるのか? 本書では,新書サイズの中に光に関する疑問の数々が凝縮され,著者の軽妙な語り口に乗って,次々に登場する.読んでいて実に楽しいのである.トピックによってはもっと紙面を割いて詳しい説明をしてほしいと感じるものもあったが,そのくらいが現代の啓蒙書に求められるバランス感覚なのかもしれない.
  光についてそれほど詳しくない会員諸氏は,本書を読めば,短時間で光の正体のイメージを掴むことができるだろうし,いろいろなことをもっと知りたくなるに違いない.光に近い研究に携わっている方なら,身近な人に光の面白さをどんどん話したい,そんな気分にさせられることだろう.光について教える立場の方なら,ちょっと悔しい思いを感じつつも,うまい教え方のヒントをいろいろと手に入れることができるだろう.「光と光技術の国際年」の締めくくりに,万人にお薦めできる一冊である.
(2015年9月12日原稿受付)



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