会長メッセージ

変革期の中の日本物理学会

日本物理学会は政治,経済,科学などに関する諸体制が地球規模にわたり未曾有の激動を示す時期に,諸々の変革を全力で実行し情勢の変化に対応してまいりました.主な改革の事例をこの8年間に限ってあげてみます.

まず2000年に学会と応用物理学会が発行する欧文誌JPSJ (Journal of The Physical Society of Japan), JJAP (Japanese Journal of Applied Physics)などの出版事業を行う物理系学術誌刊行協会(略称IPAP)を共同で設立し, 欧文学術誌出版事業の発展に備えました.2001年には新しい運営理念に基づき定款を変更致しました.新定款では本会の 目的を「物理学の学理およびその応用に関する研究発表,知識の交換,会員相互および内外の関連学会と連携協力を図ることにより,物理学の進歩普及を図り, もってわが国の学術の発展に寄与すること」としました.これは,会員の研究発表と研究上の便宜を図ることを目的としたそれまでのものに比べ,より広い視野 を示したものです.さらにこの頃,有為な人材の登用に男女間で差があっては不自然との社会的な認識が高まってまいりました.物理学の分野においてもこの流 れを加速しようと2002年に男女共同参画推進委員会を設置し,数々の具体的提言を行い,実現してまいりました.

次いで2005年には国際純粋・応用物理学連合(IUPAP)が決定した世界物理年を記念する数々の行事を行うため,関係諸学会とともに世界物理年日本委員会を結成し,中核的学会として物理学の広 報普及に務めました.さらには同年から全国物理コンテスト・物理チャレンジを,本会の会員が中心となってボランティア活動として開始しました.これによ り,長年の懸案であった国際物理オリンピックに選手派遣が可能となりました.また同年開催の第60回年次大会では高校生のための研究発表会であるJr.セッションを設け,現在も活動が継続しております.次いで, 2007 年からは文部科学省の委託事業としてキャリアパス多様化事業を進め,研究遂行の中核となるポスドクの方々のために多様な進路を模索しております. そして 2008 4 月には世界的な学術論文出版の新しい潮流に対応するように欧文誌刊行協会を改組して,日本物理学会と応用物理学会の共同運営による内部出版組織(物理学欧文誌刊行センター, IPAP)と致しました.これにより,両学会の論文誌出版に関する共同体制は強化され,将来に備えた様々な活動が一層円滑に行えるようになりました.学会活動にとって国際的に高く評価される論文を如何に早く,広く流通させるかはもっとも基本的な要素のひとつです. 事実この1, 2年来,欧州の高エネル ギー物理分野を中心に世界の主要学会誌の中からインパクトファクターの高い数誌を選択し,各国政府の共同出資をすることによりこれらの雑誌を一般公開する というオープンアクセス運動が盛んです.実際,スイス・ジュネーブにある欧州の素粒子原子核その他の研究機関であるCERN(欧州原子核中央研究所)は世界各国にSCOAP3モデルと呼ばれる案を提案しています.この案については,日本においても,高エネルギー物理学(素粒子実験・理論)の研究者が中心となり検討を重ねております.IPAPにはこのような動きに対処するための機能を強化する計画です.

以上,この8年間に本会が対応,あるいは実行してきた事例の主なことを列挙致しました.しかしながら,まだまだ対応しなければならないことが目前にあります.

公益法人制度に関する法律が明治29年の民法制定以来,初めて改変され2008年の12月から施行されました.これによりますと法人には公益法人と一般社団法人の2種類があり,既存の法人はこれから5年以内にこのうちのいずれかを選択して申請・移行しなければならないという規定があります.物理学会理事会は関係諸学会,所轄省庁と協議し,いずれが日本物理学会に適切な法人格であるかを検討中です.

一方,本会にとって,上記のようなめまぐるしい日常を吹き飛ばすような朗報が昨年10月に届きました.すでにご存知のように, 2008 年度ノーベル物理学賞は日本人3名が同時受賞決定という誠に嬉しいニュースです.南部陽一郎・シカゴ大名誉教授,小林誠・高エネルギー加速器研究機構名誉教授,益川敏 英・京都産業大学教授のお三方について,世界の物理学者の誰しもがいずれは必ずノーベル賞を受賞されるだろうと確信しておりました.それでも3名が同時受賞とは実に快挙であり,日本の基礎科学である物理学の底力をまざまざと世界に印象づけたことでありました.実際,英国物理学会のホームページには,「日本人がノーベル物理学賞独占おめでとう」との記事が大きく掲載されました.

この受賞は日本の基礎科学が真に世界のトップレベルにあることを明らかにしたものであり,同時に物理学の発展への大きな寄与を今後も期待されるということでありましょう.さらに付言致しますと,小林・益川両氏の今回の受賞に至った研究はPTP (Progress of Thoretical Physics)誌に6ページの論文として掲載されたものです.次世代の基礎科学研究者がこれら先達の示した道をさらに進み,世界的研究の力強い牽引力になることを願ってやみません.

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二宮 正夫
NINOMIYA Masao
岡山光量子研究所
 
(第64期 会長任期:2008年9月1日より1年間)