日 本 物 理 学 会

2005世界物理年によせて
--男女共同参画、科学と社会--

坂 東 昌 子 [世界物理年委員会委員 愛知大一般教育研究室]
[日本物理学会誌 Vol.59 No.8(2004)掲載]


「もっと女性研究者に会いたい」という記事が物理学会誌に載ったのは2001年だった。日本で開催された高エネルギー国際会議を取材した日本人記者が、各国から参加した研究者の中に多くの女性を見つけ、カルチャーショックを受けたことがベースになった記事である。人権意識の高い欧米諸国に比して日本は女性研究者の比率が低く、また一方では身分差が大きい発展途上国は男女差があまり目立たず女性の比率も高くなる。日本はその谷間にあって物理を研究する女性比率が世界で最も低い国のひとつである。

その日本で、2002年6月、日本物理学会の中に男女共同参画推進委員会が発足した。同年3月に開催された、国際純粋応用物理学連合(IUPAP)主催の国際会議「Women in Physics」(通称パリ会議)を契機にしてのことである。推進委員会のその後の活動は既に本会誌で報告してきた。10月には、応用物理学会・日本物理学会・日本化学会会長の呼びかけで男女共同参画学協会連絡会が発足し、自然科学系学協会が専門領域を越えて連携することとなった。この連絡会が取組んだアンケート調査も注目に値する。これらの動きは日本の歴史上でも初めてで、国際的にも注目されている。女性研究者がいきいきと活動できるコミュニティはまた、すべての研究者にとってもよりよいコミュニティだからである。そういう意味では、男女共同参画の取り組みは科学の発展に沿う方向でもある。

こうした動きのなかで来年、世界物理年を迎える。上記推進委員会ではいくつかのアイデアが出され、予算等実行するための条件を現在模索中である。

  1. 「男女共同参画キャリア支援協議会(仮称)」の設置:キャリア支援ファンド・キャリア支援相談窓口の設置など。
  2. サイエンス専門家育成広報活動:少女へ物理の魅力を伝える活動(物理教育委員会の活動と連携)、「母校で講演を」というアイデアもある。
  3. 半数は女性のスピーカーとなるような国際会議の開催、ならびに一般向け講演会:テーマを設定して、男女ベテランの研究者と活発な若手女性研究者がスピーカーになる。国際的にも女性比率の低い日本での開催は大きな刺激になり、その意義は大きいだろう。
ちなみに、今年はアメリカ物理学会(APS)会長・へレン・クイン(Helen Quinn)が昨年に引き続き女性である。1960年代に、APSは「wanted women」というパンフレットで、若かりしヘレンの写真も掲載して少女たちに物理への夢を与えた。あれから40年、米国では多くの女性物理学者の活躍が目立つ。そこで、プレ企画として、2004年(今年)の秋に、日本で「物理学における女性とリーダーシップ」といった講演を企画しようと計画中である。何とか実現したいと努力を続けている。ところで、昨年春の物理学会年次大会で「科学と社会」領域初めての試みとして、男女共同参画推進委員会は「物理と育児」シンポジウムを企画したのだが、この時、「今年(2003年)はマリー・キュリーのノーベル賞受賞から100年。何か企画はないのか?」と言われた。マリー・キュリーがその成果で特許をとらなかったこと、娘のイレーヌと一緒に戦場で2度目のノーベル賞の賞金で特注した放射線車で医療活動に従事したことも含めて、マリー・キュリーに刺激を受けた女性は日本でもたくさんいるのだから。

一方、「20世紀初頭、キュリーやアインシュタインの業績が、核兵器による破壊の脅威につながった」という批判もある。アインシュタインのルーズベルトへの進言が、マンハッタン計画(原爆製造計画)のひとつのきっかけになったことも、一面の事実でもある。キュリーがその後も生きていたら、どうしただろう。筆者は、大学の「科学と社会」の講義の中で、20世紀の悲劇の象徴として原爆と優生思想を取り上げている。原爆開発の歴史を説明すると、「原爆を作った科学者が悪いのではなく、使った政治家が悪い」という素直な反応が返ってくる。 しかし、 さらに突っ込んで、 「原爆が結局は軍に利用されるということを予想できなかったのか」、「原子力エネルギーの発見の時期が悪かったのが悲しい」「戦後、アインシュタインたちが平和を追求し続けてきたのに、いまだ核兵器保有国がある。原子力に限らず、科学技術は裏返せば兵器になるものがほとんどである」「もっと多くの人が積極的に平和を望んでいたら、原子力が戦争に使われるのを防げたかもしれない」と歴史的教訓を正確に捉えてくれる学生もいる。農薬をはじめとする人工化学物質のもたらした公害批判で人気を失った化学会は、自ら環境問題にも発言し積極的に社会に働きかける活動を展開しているようだ。ちょうど、2005年は「ラッセル・アインシュタイン宣言」50周年、広島・長崎で世界会議が企画されていると聞く。 来年には、愛知大学の総合科目で、「科学と社会-アインシュタインに寄せて−」というテーマを組んでみようかと今案を練っているが、どんなものだろうか。
(2004年6月1日原稿受付)