日 本 物 理 学 会

2005世界物理年によせて
--物理学の魅力を伝える--

大 橋 隆 哉 [ 2005世界物理年委員会委員 都立大理 e-mail: ]
[日本物理学会誌 Vol.59 No.9(2004)掲載]


来年は世界物理年です。アインシュタインの奇跡の年から100年にあたるこの年、世界的に多くの人々に物理の面白さを伝えようという目的で、各国の物理学会がさまざまな企画を練っています。日本物理学会でも、世界物理年委員会を作り、限られた予算のなかでできるだけのことをやっていこうと議論をすすめているところです。これは、4月号以来この物理学会誌に連載されてきている記事をお読みいただければよくおわかりになると思います。

世界物理年の背景には、20世紀最大の天才科学者アインシュタインにあやかって、多くの人に物理学の魅力を再認識してもらいたいという願いがあります。私も中学生のころに、相対性理論のもつ妖しい魅力と量子力学特有の難しそうな概念に取り付かれて、よくわからないままに物理を目指した一人でした。宇宙物理では、アインシュタインが導入し、後になって生涯最大の過ちと悔いた宇宙項が、ダークエネルギーとしてよみがえり、宇宙の進化とその行く末を支配していることがほぼ確実と考えられるまでになっています。宇宙の描像は二転三転したものの、結局アインシュタインの予言が正しかったということになってきたわけです。何という恐るべき予知能力でしょう。

私が考える物理学の魅力は何といっても、多種多様な自然現象を、感動的なまでに簡単かつ美しい基本法則で、完璧に説明してしまう明解さにあります。マックスウェル方程式はその典型かと思いますが、これに限らず物理学の歩みは、自然が伝えるメッセージの解読の歴史だったとも言えるでしょう。ここには人間の知と自然のなりたちの間の、緊張に満ちた調和関係があり、一つの謎の裏にさらに奥深い謎が隠されているという、どんなミステリー小説よりもすばらしい謎解きの面白さがあります。この知的冒険(実験物理はそれに体感的冒険も加わります)をぜひ多くの、特に若い人々に知ってもらうべきだと思います。世界物理年の取り組みの基本もそこにあります。

一方、物理学というのは原理を理解していない限りどうにもならないという意味で、若い人たちにとっつきにくい科目であることも確かです。丸暗記の知識だけではほとんど役に立たず、基本原理を根本から理解するという修行が物理には避けて通れない道です。しかも、最先端の素粒子物理や物性物理に行き着くためには、その手前の量子力学、相対論、統計力学などの理解が必須であり、さらにはその基礎となる、力学、電磁気などを数学とともにしっかり勉強しなければならないという、最先端が果てしなく遠く思えるメニュー立ても、物理離れを助長しているように思います。私自身、大学初年級までは学校で習うやや味気ない雰囲気の物理と、最先端の学問との間にずいぶんギャップがあるなと感じていました。高校の物理の教科書を見ても、ロジックの面白さが多少とも伝わるのは力学と電磁気の一部ぐらいで、先端的な内容になるほどお話的になり、公式を丸暗記するしかないような構成になっているのは残念に感じるところです。物理の面白さを、せめてその一部でもよいので根本から理解し、実に多くの現象がたった一つの法則で説明できるという驚きを、ぜひ若い人々に一度は体験してもらいたいと思います。

物理学は周辺分野との関わりや波及効果の大きさからも、基礎科学の中心に位置するといって差し支えないと思います。物理学の結果が産業への応用や製品開発に結びつく面ももちろんあるでしょうが、そうした価値観を超越して真理を探究するところに基礎科学の目的と醍醐味があります。私たちが何を生み出し何を発見したか、どれほど自然と宇宙の真理に肉薄したか、それが何百年を経たあとも人々を知的冒険に誘う原動力になるはずです。アインシュタインの予言は、100年を経た今も私たちをわくわくさせます。最近は、こうした長期をにらむ研究が重要視されなくなっていることは残念です。例えば、もし大学が基礎科学の大切さを忘れてしまったら、一体どうやって若い人々に、真理を探究することの興奮とその面白さを伝えていくのでしょう。

世界物理年へ向けた物理学会の取り組みについて、少し状況をお知らせします。高校生を対象とした「物理チャレンジ2005」を2005年夏に実施するべく準備が始まっています。また、いくつかの分野を取り上げて、日本の物理学の100年の足取りを振り返りつつ、今後進んでゆく道を展望する物理学会誌での連載企画をたて、全体の構成の検討と執筆者への依頼を始めています。来年初めには記事の掲載を開始し、最後は一冊の本としてまとめ若い人たちへのメッセージとしたいと考えています。高校生たちの研究成果を学会で発表してもらおうというジュニアセッションの企画も検討が始まっています。そのほかにもさまざまな提案があり、多くの企画が実行に移されようとしています。この機会に物理学会会員の皆さんにも、物理学の魅力を見直していただき、それをどうやって伝えるか考えていただきたいと思います。皆さんも一度は物理学の美しさと力強さに感動したことがあると思います。それをぜひ若い人々にも体験してもらえるよう、皆様のご協力をお願いします。
(2004年7月2日原稿受付)