日本物理学会論文賞
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第10回論文賞受賞論文


 本年度の「日本物理学会第10回論文賞」は論文賞選考委員会の推薦に基づき、3月8日に開催された第458回理事会において次の4編の論文に対して与えられました。

 表彰式は本年3月26日(土)の午前、第60回年次大会の総合講演に先立ち、総合講演会場である野田市文化会館大ホールにおいて行われました。なお、今回の受賞論文の選考の経過については表彰式の際に矢崎選考委員会委員長から報告されましたが、本記事の末尾にも掲載しましたのでご参照ください。

日本物理学会 第10回論文賞受賞論文

論文題目:Antiferroquadrupolar Ordering and Magnetic Properties of the Tetragonal DyB2C2 (数字2は下つき) Compound

著者氏名:Hiroki YAMAUCHI(山内宏樹)、Hideya ONODERA(小野寺秀也)、

Kenji OHOYAMA(大山研司)、Takahiro ONIMARU(鬼丸孝博)、

Masashi KOSAKA(小坂昌史)、 Masayoshi OHASHI(大橋正義)、

Yasuo YAMAGUCHI(山口泰男)

掲 載 誌:JPSJVol.68 No.62057-2066 (1999)

受賞理由:

本論文は希土類化合物DyB2C2の物性を、単結晶育成に始まり、磁化率、磁場中比熱、強磁場磁化過程、中性子散乱などの実験によって詳細に調べた研究論文であり、この物質で以前から知られていた16Kおよび23K付近での二段の相転移の本質を明らかにした。実験の結果、T=15.3Kでの相転移は複雑な磁気構造を持つキャントした反強磁性への転移であること、一方T=24.7Kでの転移は磁気相転移ではなく反強型四極子相転移であることを結論した。当時四極子秩序の有無を実験的に直接確認することは難しく、上記の多岐にわたる綿密な実験によってはじめてその存在が結論されている。正方晶化合物の反強型四極子秩序としては最初の発見であり、またその転移温度は従来知られていたCeB6やTmTeなどより一桁近く高く、四極子相互作用は一般に弱いとする常識を覆すとともに、その後の共鳴X線散乱による軌道秩序の直接観測の道を拓いた。

本論文の意義は、本来軌道縮退の残らない正方晶Dy化合物においても擬縮退による四極子転移が存在することを示し、四極子転移がはるかに普遍的な現象であることを証明したことにある。本論文が契機となり、当該分野の研究者に新しい軌道秩序物質とその物理の探索への強い関心が生まれ、HoB2C2やTbB2C2における類似現象の発見につながるなど多極子相互作用と軌道秩序は活発な研究分野に育っている。よって本論文は論文賞に相応しいものと考える。



論文題目:Statistical Theory of Subcritically-Excited Strong Turbulence
in Inhomogeneous Plasmas IV

著者氏名: Sanae-I. ITOH (伊藤早苗)、Kimitaka ITOH(伊藤公孝)

掲 載 誌:  JPSJVol.69No.2427-440 (2000)

受賞理由:

非一様プラズマの強い乱流とそれによる輸送は、核融合を目指したプラズマ閉じ込め研究の中心的な課題である。また、宇宙天体分野の物理過程の基本的理解にとっても、プラズマ乱流と構造形成の研究が不可欠であると考えられるようになっている。磁化非一様プラズマの乱流中での構造形成とそのダイナミックスは自然界に普遍的に見られ、現代物理の重要な課題である。その解明には、従来の非平衡統計力学の成果を超えた新しい方法論の展開が求められている。

 本論文において著者達は、磁場閉じ込め実験で観察される非一様非平衡プラズマの強い乱流を対象とし、亜臨界乱流の発展や非線形構造を解析し、乱流揺動力を取り入れた統計理論と遷移理論を構築した。この理論により、非一様プラズマの乱流に対し、非線形構造、乱流と構造相転移の確率的発生や遷移確率などの解析が可能になった。従来の非平衡統計力学の結果との関連を明らかにしつつ、非線形構造やその遷移確率などが非一様性により支配されることを示し、遠非平衡性を特徴づける新たな指標を見出している。例えば、熱平衡状態における遷移確率はアーレニウスの法則により与えられるが、本論文では、遠非平衡状態における遷移確率の法則を新たに見出している。本理論は広範なプラズマ乱流に対して展開が可能であり、多くの波及効果が期待される。

本理論を遠非平衡状態にある非一様な高温プラズマに適用することにより、電磁場やプラズマ物理量の揺動の相関を求め、プラズマの構造相転移などに関する物理条件を具体的に導出し、実験で観測される種々の乱流現象を説明することに成功している。例えば、磁場閉じ込め実験では、輸送障壁(いわゆるH-modeなどの乱流輸送係数が空間的に急峻に変化する構造)の形成や消失、巨視的な変形による対称性の消失(トカマクプラズマのディスラプションや鋸歯状振動)など多くの突発的な構造相遷移が観測されているが、その発生条件は幅広く分布し、いままでの理論的アプローチでは説明が困難であった。これらの長年未解明であった観測結果が本理論によりみごとに説明されている。さらに、本誌に引き続いて、多くの国際学術誌に本理論の具体的適用例が発表されている。この論文は、「プラズマ物理学に関する卓越した研究業績」に対し本著者に贈られたフンボルト賞(1998)の支援を受け完成されたものであるが、久保理論が発表された伝統に敬意を表して本誌に投稿されたものである。

このように、本論文は、遠非平衡状態にある非一様プラズマを理解する上で、新しく豊かな地平を切り開いた先駆的な理論研究結果であり、本学会の論文賞にふさわしい業績と考えられる。



論文題目:Gravitino Production in the Inflationary Universe and the Effects on Big?Bang Nucleosynthesis

著者氏名:Masahiro KAWASAKI (川崎 雅裕)、 Takeo MOROI(諸井 健夫)

掲載誌:PTP Vol. 93No.5 879-899 (1995)

受賞理由:

超対称性理論は素粒子の標準モデルの階層性問題を自然に解決し、3つのゲージ相互作用の統一を導く非常に魅力的な理論として注目され、近い将来その実験的検証が期待されているものである。超対称性理論では重力を媒介する重力子の超対称性パートナーであるグラビティーノが存在する。グラビティーノは重力のスケール(プランクスケール)で抑制された相互作用しか持たないため非常に長寿命となり、宇宙論的な時間スケールで崩壊する。このため宇宙初期にグラビティーノが多数作られると、崩壊の際に放出される光子などが宇宙初期に作られる軽元素を壊し、ビッグバン宇宙論の大きな成功の1つである軽元素合成を台無しにしてしまう。この「グラビティーノ問題」は80年代初めにWeinbergによって指摘されて以来、超対称性理論に基づく宇宙論の問題として広く知られていた。特に、インフレーション宇宙模型の枠内では、グラビティーノの量を十分減らすためには宇宙の再加熱温度が十分低くなる必要がある。

本論文の著者たちは、インフレーション後の宇宙再加熱時に生成されるグラビティーノの量を正確に計算すると共に、グラビティーノが熱浴中で光子に崩壊するときの高エネルギー光子・電子のスペクトルをすべての重要な輻射過程を取り入れて数値的に評価し、高エネルギー光子による軽元素の光分解を含めた元素合成の計算を行った。これによりインフレーション宇宙の再加熱温度に対して初めて正確な制限を求めることに成功し、以後今日まで彼らの結果が広く用いられている。宇宙の再加熱温度に対する制限は、ビッグバン宇宙でいう「熱い宇宙」が実際どの程度熱かったのかに対する答えを与えるとともに、宇宙の物質・反物質の非対称性の起源を説明するバリオン数生成機構を理解する上でも重要となる。その意味で本論文の結果は素粒子的宇宙論の広範囲に影響を与えており、日本物理学会論文賞にふさわしいと判断される。



論文題目:Local and Reversible Change of the Reconstruction on Ge(001) Surface between
c(4×2) and p(2×2) by Scanning Tunneling Microscopy

著者氏名:Yasumasa TAKAGI(高木康多)、Yoshihide YOSHIMOTO (吉本芳英)、

Kan NAKATSUJI (中辻 寛)、Fumio KOMORI (小森文夫)

掲 載 誌:JPSJ Vol.72 No.102425-2428 (2003)

受賞理由:

  走査トンネル顕微鏡(STM)は固体表面の分子・原子レベルでの実空間観察という画期的な手段を我々に与えただけでなく、表面構造を分子・原子レベルで「制御」することを可能にしつつある。しかし、思い通りの制御を実現するためには表面現象の固体物理学的な理解が不可欠である。

 本論文の著者達は、IV族半導体であるゲルマニウム(Ge)の清浄(001)表面で見られる2量体の列(ダイマー列)からなる表面再構成構造を低温STMで観察し、ほとんどエネルギー的に縮退したc(4×2)構造(隣接するダイマー列の位相が逆相)とp(2×2)構造(位相が同相)の二つがどちらも安定して出現し、両構造間を表面?探針間に印可するバイアス電圧をコントロールすることで双方向に任意に変化させ得ることを見出した。

  同様の問題は同じIV族のシリコン(Si)の(001)表面でも活発に議論されていたが、構造変化の本質的な要因については研究グループ間で主張が異なっていた。本論文では、両構造が遷移するときに越えるべきエネルギー障壁がより大きいGe(001)表面を題材とすることで、どちらの構造に対しても(準)安定的にSTM観測できる中間バイアス電圧を得ることができた。そのためダイマー列のダイナミクスを詳しく調べることが可能となり、探針が作る局所電場と、探針から注入される電子またはホールと表面原子との非弾性散乱の二つが重要な機構であることが明らかになった。著者達の着眼点が光るところである。その後、バイアス電圧パルスを印可したときの構造変化の異方性を表面バンド分散から説明するなど、より定量的な機構解明がなされる重要な契機となった。

欧米の表面科学研究がナノテクノロジーへ偏重するきらいもある中、我が国で極低温における半導体表面の基底構造を探るような基礎研究が複数のグループによって競われていることはもっと評価されて良い。この分野が固体物理学の魅力的な一分野として育ってゆく上で、ターニングポイントとなるであろう価値ある論文であり、論文賞にふさわしいと判断した。



日本物理学会第10回論文賞受賞論文選考経過報告

日本物理学会 論文賞選考委員会 *

今回は20件(重複を除いて16件)の推薦がありました。まず例年にならって、各論文につき選考委員から1名、委員以外の専門家1名に閲読をお願いしました。閲読表が集まった後、

2005年2月10日に選考委員会を開き、閲読結果に基づく論文内容の評価と論文出版年に関する論文賞規定(第2条)を考慮して審議を進め、上記の4件を受賞侯補論文として理事会に推薦することに決定しました。
推薦された論文数は16件と多く、その大部分は閲読者から論文賞に値すると評価される水準の高いものでした。ただし、少数ではありましたが、2名の閲読者の評価が大きく分かれた論文もあり、選考の難しさを感じさせられました。審議の過程では、分野間のバランスは考慮せず、各論文についての閲読結果を関連する委員が紹介し、2名の閲読者からともに高い評価を得たと選考委員会が判断したものにまず絞りました。その後、出版年に関する規定(第2条)について、原則は尊重すべきであること、従って、規定期間以前に出版されたものについては、引用数などで最近の評価が特に高いものに限ること、規定期間より新しいものでは、今回でなくてはならない緊急性があるかを厳しく判断すること等の議論を経て、最終的に4件を選びました。
貴重な時間を割いて閲読して下さった委員以外の専門家の方々に感謝致します。

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* 日本物理学会 第10回論文賞選考委員会
 委員長          矢崎紘一
 副委員長         大塚洋一
 委員(50音順)   犬竹正明、家 泰弘、江口 徹、北原和夫、小山勝ニ、佐藤勝彦、
  福山 寛、宮下精二、山田作衛