日本物理学会論文賞
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第12回論文賞受賞論文

 本年度の「日本物理学会第12回論文賞」は論文賞選考委員会の推薦に基づき、5月12日に開催された第484回理事会において次の5編の論文に対して与えられました。
  表彰式は本年9月23日(日)の午前、第62回年次大会のレビューセッションに先立ち、会場である札幌コンベンションセンターにおいて行われました。なお、今回の受賞論文の選考の経過については表彰式の際に川上選考委員会委員長から報告されましたが、本記事の末尾にも掲載しましたのでご参照下さい。



論文題目: Transport Property of an Organic Conductor α-(BEDT-TTF)2I3 under High Pressure - Discovery of a Novel Type of Conductor-
著者氏名: Naoya TAJIMA (田嶋尚也), Masashi TAMURA (田村雅史), Yutaka NISHIO (西尾 豊), Koji KAJITA (梶田晃示), Yasuhiro IYE (家 泰弘)
掲 載 誌: JPSJVol.69,No.2pp 543−551 (2000)
受賞理由:
本論文は、有機伝導体α-(BEDT-TTF)2I3が高圧下金属状態において易動度とキャリア密度がともに強く温度に依存する結果、これまでに全く前例のない平坦な電気伝導現象を示す特異な電子状態にあることを実験的に明らかにした。α-(BEDT-TTF)2I3は温度低下とともに、135 Kで金属−絶縁体転移を起こす。加圧によって絶縁化が抑えられ、2 GPaでは低温まで金属化する。しかし通常金属とは異なり、電気伝導度が室温からヘリウム温度まで温度変化しなくなる。著者らは、系統的かつ徹底的な実験と解析によって、この異常な電気伝導度の温度依存性の原因は、温度降下とともに急激に増加する易動度と急激に減少するキャリア密度の相殺によるものであることを明らかにした。金属−絶縁体転移が電荷秩序によるものであると明瞭になったのは本論文以降であるが、著者らは次の発展を見通した解析を行った。
この現象は長らく研究の先駆性によりその重要性が理解されていなかったが、ごく最近の理論解析によって、上下二つのコーン型の伝導バンドが点で接し、かつ下のバンドが完全に充填されたニュートリノ型粒子の分散関係と等価な分散関係もつ「ゼロギャップ半導体」と呼ばれる特殊なバンド構造に起因することが明らかとなっている。このような電子構造は特異であるが、ある種の条件下で不変的なものであると考えられ、輸送現象の普遍的な理解に繋がると考えられる。
類似の分散関係がすでに単原子相グラファイト(グラフェン)で知られているが、本論文はバルクな電荷移動型錯体の結晶中でこのような特異な電子状態が実現していることを見事な実験によって初めて捉えたものであり、大変に注目されている。このように本論文は、今後の波及効果が大きく論文賞に値する。



論文題目:Evidence for Magnetic-Field-Induced Quadrupolar Ordering in the Heavy-Fermion Superconductor PrOs4Sb12
著者氏名: Masahumi KOHGI (神木正史), Kazuaki IWASA (岩佐和晃), Motoki NAKAJIMA(中島基樹), Naoto METOKI (目時直人), Shingo ARAKI (荒木新吾), Nick BERNHOEFT,Jean-Michel MIGNOT, Arsen GUKASOV, Hideyuki SATO (佐藤英行), Yuji AOKI (青木勇二),Hitoshi SUGAWARA (菅原仁)
掲 載 誌: JPSJVol.72,No.5pp1002  (2003)
受賞理由:
PrOs4Sb12は、スクッテルダイトと呼ばれる化合物のひとつで、f電子系のPr化合物中重い電子の超伝導を示す唯一の物質として興味がもたれている物質である。PrOs4Sb12は、磁場によって超伝導が壊された後、隣接して新しい磁場誘起秩序相が現れることが、比熱、電気抵抗測定から知られており、その秩序状態の同定、秩序変数の決定が待たれていた。本論文は、極低温(0.25K)、高磁場(8T)における中性子回折実験ではじめてその秩序変数を決定した報告である。
著者らは、希釈冷却機を用いた極低温、高磁場下、中性子回折実験を行い、磁場誘起秩序相内で磁場により誘起される反強磁性モーメントを観測、[001]方向に磁場をかけると、[010]方向のみに反強磁性モーメント成分が観測されることを見つけた。このことから、スクッテルダイトの結晶構造が、Th対称性を持つことを考慮に入れて、Prイオンに対する結晶場を考え、 磁場誘起秩序相は、Oyz型とよばれる秩序変数をもつ反強四極子秩序であると確定した。独創的な研究である。また、同時に、結晶場の基底状態は、一重項Γ1であり、近接して3重項励起状態Γ3が存在することが、Prイオンの四極子モーメントの起源であり、励起状態がその物性に深くかかわることをあきらかにした。PrOs4Sb12の基底状態がいかなるものであるかの論争に決着をつけることになった。超伝導相に隣接して四極子秩序相が存在することを明らかにしたことは、この物質の新奇な超伝導相の起源を解明する観点から重要な結果である。本論文により、スクッテルダイトの示す多様な電子秩序状態の実験的・理論的研究が活発になり、四極子以上の多極子の研究を促す結果になった。このようなことから、本論文は、論文賞にふさわしいものであると考える。



論文題目: Perturbation Theory of Spin-Triplet Superconductivity for Sr2RuO4
著者氏名: Takuji NOMURA(野村拓司), Kosaku YAMADA(山田耕作)
掲 載 誌: JPSJVol. 69No. 11pp 3678 ? 3688(2000)
受賞理由:
強相関電子系の分野で新奇な超伝導の研究が活発に行われている。その中でもSr2RuO4は、その性質が従来のBCS超伝導やd波の高温超伝導とも異なり、新奇なスピン三重項p波超伝導の候補として注目を集めてきた。実験的にはNMRなどのミクロなプローブを用いて超伝導の性質が詳細に調べられてきた。一方で、その発現機構に関しては種々の理論が提出されている。当初、強磁性スピンゆらぎがクーパー対形成の引力を媒介するというシナリオが多くの研究者によって提案されたが、実験的にそのような顕著なスピンゆらぎは存在しないことが示された。このようなスピンゆらぎを越えた効果を摂動論で取り入れ、新たな超伝導クーパー対形成のメカニズムを提唱したのが本論文である。
具体的には2次元格子上で相互作用する多電子模型を考え、電子間のクーロン反発力の3次摂動を用いることで、単なるスピン揺らぎでは出てこないプロセス(バーテックス補正と呼ばれる)にスピン三重項p波超伝導を引き起こす起源があることを提唱したものである。Sr2RuO4の超伝導の発現機構に対して有力な理論を提唱したのみならず、単なるボゾンの交換では表現できないプロセスにクーパー対形成につながる引力の起源があることを示した点に大きな意味がある。もちろん、高次の摂動項からの寄与などに関して活発な研究を刺激することとなった。著者らは、この論文の内容をさらに発展させ、Sr2RuO4で重要となる多バンドの効果も取り入れた理論を展開し、多くの実験結果が矛盾なく説明できることを示している。
固体電子論のオーソドックスな方法に基づき、がっちりとした計算を実行することで新奇超伝導に対する矛盾のない説明を提案した重厚な感じの論文である。被引用数もかなり多く、この分野の研究を活発化させた点も高く評価される。日本物理学会論文賞に値する優れた論文である。



論文題目: A Master Equation for Gravitational Perturbations of Maximally Symmetric Black Holes in Higher Dimensions
著者氏名: Hideo KODAMA (小玉英雄), Akihiro ISHIBASHI (石橋明浩)
掲 載 誌: PTP   Vol. 110No. 4  pp 701-722(2003)
受賞理由:
この論文は時空次元が4またはそれ以上の場合に最大対称のブラックホール解の1次の摂動モードについて、空間曲率正、負、ゼロまた宇宙項がある場合も含めて、完全な解析を行ったものである。4次元については以前からの研究があったが、それを著者達が得意とするゲージ不変な形式で一般次元に拡張して一般的な形で結果を与えている。
  これを応用した高次元宇宙論、高次元ブラックホール解の安定性、一意性など今後の研究において標準的な論文になりつつある。これらの高次元ブラックホールの研究は、素粒子理論における重力を含む統一理論である超弦理論の展開において重要な役割をはたすので、この論文の基礎文献としての価値はこれからも増して行くであろう。
  このように後々役に立つようながっちりした本論文を国内誌に掲載するというのは、奨励されてしかるべきであろう。
  以上述べた理由からこの論文は日本物理学会論文賞に値する。



論文題目: String Theory and the Space-Time Uncertainty Principle
著者氏名: Tamiaki YONEYA(米谷民明)
掲 載 誌: PTPVol.103No. 6pp 1081-1125(2000)
受賞理由:
本論文は、弦理論が示す短距離における時空構造について、独自の観点から分析を行ったものである。著者は、1970年代中頃という早い段階から、弦理論と一般相対性理論の関係をはじめとし、弦理論の背後に潜む原理的基礎に関する先駆的な考察をさまざまな観点から進めている。本論分はその一環として、弦の時空構造の本質を以下のようにとらえることができることを提案している。すなわち、古典的な時空幾何学の言葉を用いたとき、弦理論では、時間方向の不確定性 凾s と空間方向の不確定性凾w の間に時空不確定性関係 凾s凾w≧α’ が成立しているとするのである。
この提案自身はもともと著者自身によって1987年になされたが、90年代後半における弦理論の新しい発展、とりわけ、Dブレーンの役割についての認識により、その普遍的意義が明らかになった。本論文では、もとの提案および、最近の発展を整理したうえで、その有効性に関する考察をさらに進めている。特に、弦の超高エネルギーでの散乱の摂動的および非摂動的性質を詳細に分析し、弦の結合定数によらずに上記不確定性関係が弦の散乱やDブレーン相互作用の短距離の振る舞いを特徴づけていることを示した。
また本論文では、拡張された正準交換関係として上記不確定性関係式が明示的に現れるような、弦の新しい量子化法に関する示唆的な考察もなされている。ここ数年、非可換時空上の場の理論が盛んに研究されているが、本論文では、弦自身の拡がりとその対称性である共形不変性に起因し、量子重力と直接につながるより本質的な時空の非可換性を扱っているのが大きな特徴である。
このように、本論文は極めて独創的な観点から弦理論の時空構造についての分析を行っているだけでなく、将来の発展方向を示唆する著者独特の興味深い考察が随所になされており、弦理論の枠組みを超えて、非可換場の理論や、初期宇宙の量子揺らぎの起源に関する研究にも影響をあたえている。以上の理由から、本論文は日本物理学会論文賞にふさわしいと判断される。



日本物理学会第12回論文賞受賞論文選考経過報告

                                    日本物理学会 論文賞選考委員会 *

第12回論文賞には17件の推薦があった。その中に異なる分野から重複されて推薦されたものが2件あったので、実際には15編の論文が選考委員会に推薦された。2007年4月27日に開催された選考委員会において、論文賞規定を考慮し慎重審議した結果、論文賞候補として上記5編を理事会に推薦した。選考委員会開催に先立ち、従前からの方針に従って、各論文につき選考委員1名、委員以外の専門家1名に閲読をお願いした。選考委員会では、まず分野間のバランスは特に考慮せず、各々の論文の独創性やインパクトなどを評価した。このようにして論文賞に相応しいと判断された論文数が規定数を超えたため、これらの論文に関してさらに内容の相対的な比較、分野間のバランスなども考慮し審議した。その際、規定期間を若干超えて出版された論文に関しては、原則を尊重しつつ内容についての評価を重視した。その結果、論文賞候補として決定したのが標記5編である。なお、論文賞に決定された論文の中に招待論文形式のものが含まれていたが、その論文にオリジナルで重要な成果が盛り込まれていることが高く評価された。今回の推薦論文数は15編と、昨年、一昨年に続き比較的多かった。推薦された論文には高いレベルのものが多く、論文賞としての候補を最終的に5編に絞るのが難しかった。今後とも、論文賞がよい刺激となって独創的な論文が2英文誌に多く発表されることを期待する。 貴重な時間を割いて閲読して下さった委員以外の専門家の方々に感謝いたします。****************************************************************************************
日本物理学会 第12回論文賞選考委員会 
委 員 長    川上則雄 
副委員長   川合  光 
委員(50音順)鹿児島誠一、勝本信吾、北岡良雄、佐野雅己、斯波弘行、柴田徳思、鈴木洋一郎、西田信彦、細谷暁夫