日 本 物 理 学 会

2005世界物理年によせて
--清く貧しく世界物理年--



坂 東 昌 子 〈世界物理年委員会委員 愛知大一般教育〉
[日本物理学会誌 Vol.60 No3(2005)掲載]




とうとう世界物理年がやってきてしまった。21世紀の物理への夢、世代継承への思い、そして物理学と社会の関わりなど、物理年を起点として種々の問題を考える機会を作り、物理の研究・教育・普及活動の新たな出発点としたいと、世界物理年委員会では1年以上前から継続して取り組んできた。そして「子供が楽しむ物理実験」、「サイエンス ドリーム」、「学会ジュニアセッション」、「科学の祭典」、「物理チャレンジコンテスト」、「春のイベント」等の企画は確定したが、支部企画や各テーマ企画はまだ案の段階にとどまっている。世界物理年委員会では、アイデアはいろいろ出て、科学雑誌社や自治体教育関連担当部署との連携で「子供の科学」との合同企画や「講演会」の企画がすでに動いているが、これらは従来からの個人的なつながりを物理年の企画へと発展させた例である。また、今年開かれる専門の国際・国内会議では公開講演会を開くよう依頼を出した。各支部の地域連携講座やイベントをさらに充実させた計画リストもある。会員の個人的・地域的な活動が、大きな流れとして集約されれば、それが学会活動を形成する。物理学会とはこういうボトムアップの積み重ねを大切にするところなのだろう。
この延長線上に、科学と社会・男女共同参画関連の企画を考えるのが私の担当である。前回の報告(会誌2004年 9 月)では、男女共同参画関連の企画、講演会「21 Science」の開催等のプランを提案した。しかし、資金調達ができて初めて実行できる。そして、国際交流基金日米センターに「2005年世界物理年日米フォーラム」申請(代表:和達会長、鳥養男女共同参画推進委員会委員長)など資金獲得に努力してきた。また、文部科学省生涯学習政策局男女共同参画学習課や女性会館の使用可能性など相談ももちかけ、部分的にはサポートも得ているが、今少し、その企画の実行には資金の見通しがついてからということになろう。また、日本物理学会・応用物理学会・化学会の呼びかけで男女共同参画学協会連絡会が発足し、現在40余の自然科学系学協会が専門領域を超えて交流・連携できるようになった。学問領域を超えた交流は、国際的にも注目されており、企画がうまく進めば、「少女たちに科学の夢を」と題した講演会も持てるだろう。ちなみに、2004年度APS会長であるH。 Quinnが、2004年度果たせなかった日本訪問を今年は実現したいと言ってきた。男女共同参画の先進国アメリカからのメッセージは励みになる。これらの企画は秋のイベントとなろうが、清く貧しく美しい(?)女性研究者にとって、慣れない資金獲得活動はなかなかきびしい。夢は捨てていないので、7学協会参加で発足した「世界物理年日本委員会」(有馬代表)にも応援願いたい。
科学と社会のテーマでは、アインシュタインの物理学の功績と原爆開発の歴史が二重映しにされる現実を直視し、科学と社会の関係を見つめる意味を述べた。その後コメントや意見も頂いたが、若い世代はどう考えているのだろう。これと関連して、化学会の活動は参考になる。生活を豊かにする夢の化学物質については環境への負の遺産が浮上した。夢の物質と言われたフロンガスしかり、農産物の豊かな収穫を保障した農薬しかり、である。こうして一時人気を失った化学を復活させたのは化学会である。積極的に公害問題に向き合い、やさしい化学読み物の作成と普及に取り組んだ。 日本化学会編の「暮らしと環境科学」(なんと、執筆者14名中4名の女性がいる!)の本など感激する。文系である愛知大学の学生でも、こんな解説書を読んでいる。また1、000名もの聴衆が集まるノーベルフォーラムで化学本は並んでも物理本はなかった。物理学会にもこういう努力がないわけではないが、学会の意気込みには違いがあるように思うがどうだろう。天才・マックスウエルからおよそ100年も経てIT時代が到来したが、確かに成果が社会貢献として見えるには年月がいる。孤高を保つのは物理学の伝統かもしれないし、基礎研究に重点のある物理学は一般市民に理解してもらうのが難しいことも事実である。前回提案したが私もお役柄を意識して2004年 7 月に開かれたアスペンワークショップ「Physics Education and Outreach」で日本の教育の現状を報告した。そこでも「Physics without Formula」という言葉が飛び交った。市民や子供たちに物理の真髄を伝え、そして物理で鍛えた手法が他の現象解明にどれだけ役立つかを知ってもらいたい。世界物理年にやるべきは、会員の日常的な努力を組織化し、学会の仕事としてどう位置づけるか、議論を巻き起こすことだったのかもしれない。私自身も、ささやかながら、2005年度に総合科目、「アインシュタインをめぐって」を企画した。アインシュタイの物理の夢と同時に世界平和への夢が、どういう位置を占めるのかを探ろうという試みである。物理学の発展と成果を伝えるとともに、科学の成果と社会の関係も論じたい。科学技術は裏返せば兵器になる。2005年はラッセル・アインシュタイン宣言から50年目でもある。この機会に、歴史のなかで科学技術がどう社会に関わってきたかも考えてみたい。 また、 そのなかでは、 「アインシュタインとその妻ミレバ」、「アインシュタインとキュリー夫人」、「相対性理論の解説」、「特許の歴史」などのテーマもとりあげる。韓国や米国からネット討論会の提案も出ている。会員諸氏のお知恵拝借。
(2004年12月21日原稿受付)