論文賞

第24回(2019年)論文賞授賞論文

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本年度の日本物理学会第24回論文賞は論文賞選考委員会の推薦に基づき、本年2月16日に開催された第633回理事会において次の5編の論文に対して与えられました。表彰式は3月16日の午前、第74回年次大会の総合講演に先立ち、総合講演会場である九州大学椎木講堂コンサートホールにおいて行われました。

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久野選考委員会委員長による選考経過報告 川村会長より表彰状を授与される受賞者
論文題目 Locally Non-centrosymmetric Superconductivity in Multilayer Systems
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. 81, 034702 (2012)
著者氏名 Daisuke Maruyama, Manfred Sigrist, and Youichi Yanase
授賞理由

近年、結晶の対称性が超伝導秩序に及ぼす影響が注目されており、特に反転対称性の欠如の超伝導にもたらす効果が精力的に研究されてきた。本論文は、このような背景のもと、結晶全体としては鏡映対称性を持つ層状化合物であるが、鏡映面と一致しない層を持つ系における超伝導を理論的に考察したものである。このような系では鏡映面と一致しない層で局所的に鏡映対称性が破れているため、層ごとに変調されたRashbaスピン軌道相互作用が誘起され、これが様々な効果を生む。本論文では特に、このRashbaスピン軌道相互作用によって、超伝導の上部臨界磁場が通常の系に比べて大きく増加することを導いた。この結果は、CeCoIn5に基づく重い電子系人工超格子やBiS2 系超伝導体などにおける観測事実をよく説明する。また、最近、LaO0.55 F0.45BiS2において、本論文で予言されたように誘起された Rashbaスピン軌道相互作用がARPESによって直接確認されたことも報告されている。このように、本論文は局所的に反転対称性を壊すことによって超伝導をはじめとする物性を制御する可能性を切り拓いたもので、すでに実験研究にもインパクトを与えている。人工的な格子構造を持つ物質の創成が盛んになっている現状で今後ますます重要になるものと期待できる、日本物理学会論文賞にふさわしい論文である。

論文題目 Commensurate Itinerant Antiferromagnetism in BaFe2As2: 75As-NMR Studies on a Self-Flux Grown Single Crystal
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. 77, 114709 (2008)
著者氏名 Kentaro Kitagawa, Naoyuki Katayama, Kenya Ohgushi, Makoto Yoshida, and Masashi Takigawa
授賞理由

本論文は、2008年に細野グループで発見された鉄系超伝導体に対する母物質の磁性についての基礎研究論文である。著者らは磁気共鳴の精密測定と解析によって、As核がこの系の電子状態の優れたプローブになることを明らかにし、この系の反強磁性秩序が一次相転移であることを見出した。特に、中性子散乱で明らかにされた磁気構造を仮定して決定された超微細相互作用テンソルの値は、他の鉄系超伝導体に対する核磁気共鳴研究のデータ解析でおおいに参照されている。また、反強磁性転移と同時に発生する構造相転移を電場勾配の変化から捉えた。これは後に盛んになる本系のネマチック相転移に対する研究の先駆けと言える。
当時は鉄系超伝導の発見直後であり、多くの研究者が超伝導状態の解明に注力し激しい競争を繰り広げていた。それに対して著者らは、そこから一歩引いて母物質の磁性に焦点を当て、鉄系超伝導体の物性研究の基礎を築いた点で高く評価でき、本論文は日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。

論文題目 Line-Node Dirac Semimetal and Topological Insulating Phase in Noncentrosymmetric Pnictides CaAgX (X = P, As)
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. 85, 013708 (2016)
著者氏名 Ai Yamakage, Youichi Yamakawa, Yukio Tanaka, and Yoshihiko Okamoto
授賞理由

本論文は、反転対称性があらわに破れているが鏡映対称性を持つ物質 CaAgX (X = P, As) のバンド構造に、スピン軌道相互作用が無視できる場合にトポロジカルなラインノードが出現することを理論的に予測した論文である。トポロジーに基づいた解析的な理論と、第一原理電子状態計算を組み合わせて、定性的に明快、かつ定量的に信頼性の高い予言を行っている。鏡映対称性により守られたトポロジカルなラインノードの理論的予言はこの論文が初めてではない。しかし、具体的な物質群である CaAgX についての予言は、新しいトポロジカル物質群の発見という点で、さらにはラインノードの物理的効果の実験的検証への道を拓いた点で高く評価できる。実際、2018年にはCaAgAs単結晶においてラインノードが角度分解光電子分光によって実験的に確認された。
このように、新たなトポロジカル物質群を同定し、実験的検証にも導いた点で、本論文の意義は大きく、日本物理学会論文賞に値するものと考える。

論文題目 Deep Learning the Quantum Phase Transitions in Random Two-Dimensional Electron Systems
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. 85, 123706 (2016)
著者氏名 Tomoki Ohtsuki and Tomi Ohtsuki
授賞理由

近年、機械学習、特に深層学習と呼ばれる手法が爆発的に進展し、画像認識をはじめとした多数の応用にもめざましい成果をあげつつある。機械学習のメカニズムは、相互作用する多数の要素を扱う統計力学とも密接に関連していると考えられ、これまでにも統計力学のアイデアに基づく多くの研究があるが、未解明の部分が大きい。本論文は、逆に、統計力学の基礎的な問題である相転移の定量的解析に深層学習を応用したものである。本論文では、具体的な問題として量子相転移の代表例の一つである、ランダムポテンシャル中の1粒子状態の局在非局在転移を取り上げた。シンプレクティック対称性を持つ2次元ランダムポテンシャル中では、ランダム性の大きさを変化させると、非局在相(金属相)から局在相(絶縁相・アンダーソン局在相)への量子相転移(アンダーソン転移)が起きることが知られている。非局在相でのエネルギー固有関数は、自由空間中の平面波状態のように全系に広がっているが、局在相では有限の領域に局在する。ただし、小さな系で数値的に求めた固有関数から、それが局在状態なのか非局在状態なのかを判定することは簡単ではない。本論文では、波動関数の絶対値の2乗(粒子の確率密度)を「画像」とみなすことで、画像認識についての機械学習を適用し、比較的小さな系で数値的に求めた固有関数から局在相と非局在相を識別できることを示した。このような機械学習の応用による相の同定や相転移の検出にはいくつかの先行研究があるが、本論文では既存の数値的手法による扱いが困難であったアンダーソン転移の問題、さらにはチャーン絶縁相とアンダーソン局在相の間のトポロジカル量子相転移に適用して成功をおさめ、アプローチの有効性を確立した。現在、このような機械学習の統計力学への応用は世界的に盛んに研究されているが、この隆盛の基礎を与えた先駆的な論文の一つとして、本論文は日本物理学会論文賞にふさわしいものである。

論文題目 Mobility of Ions Trapped Below a Free Surface of Superfluid 3He
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. 82, 124607 (2013)
著者氏名 Hiroki Ikegami, Suk Bum Chung, and Kimitoshi Kono
授賞理由

近年、超対称性理論から存在が予想されているマヨラナフェルミオンを、トポロジカル物質中の準粒子として見い出そうとする研究が、基礎物理の興味やトポロジカル量子計算への応用の観点から大きな注目を集めている。超流動3He-B相は、クーパー対の対称性がp波スピン三重項のBW状態であり、時間反転対称性を保ったトポロジカル超流体である。そして、その表面にマヨラナフェルミオンが存在することが理論的に予測されている。実際、固体との界面付近に形成される準粒子の表面アンドレーエフ束縛状態を調べた先行実験で、それが示唆されている。
本論文の著者達は、液体の自由表面では準粒子が完全鏡面反射されることに着目し、超流動3He-B相の液面直下にさまざまな深さ(20〜60 nm)で正または負のイオンを2次元的に束縛し、イオン移動度を測定して準粒子散乱の情報を得るというユニークかつ高度な実験技術を開発した。そして、正負いずれのイオン移動度にも深さ依存性が観測されないという実験結果を得て、さまざまな考察を加えた上、これがこの系特有の性質であることを結論づけた。一見奇妙なこの主張は、最近、液面だけでなく負イオン(電子バブル)の表面にも存在するはずのマヨラナフェルミオンの準束縛状態での散乱断面積を考慮した理論で定量的によく説明できることが示された。深さに依存しないイオン移動度は、表面マヨラナフェルミオンを仮定して初めて説明できるのである。さらに、カイラル対称性を破ったA相も含め、これまでにない広い温度範囲(250 μK ≤ TTc = 930 μK)で超流動3He液面直下のイオン移動度の温度と深さ依存性を測定し、特に負イオンの場合、Tcに比較的近い温度域でp波状態のボゴリュボフ準粒子の散乱過程を考慮した理論モデルでよく説明できることも確認された。
このように、トポロジカル超流体の表面に時間反転対称性に守られたマヨラナフェルミオンが存在するという理論予測を、理想的な液体自由表面の直下に2次元イオン系を形成する新たな手法を開発して検証した意義は大きく、日本物理学会論文賞にふさわしい優れた業績であると認められる。

日本物理学会第24回論文賞授賞論文選考経過報告

日本物理学会第24回論文賞選考委員会 *

本選考委員会は2018年6月の理事会において構成された。日本物理学会論文賞規定に従って、関連委員会等に受賞論文候補の推薦を求め、10月末日の締め切りまでに16件15編の論文の推薦を受けた。15編のうち6編は昨年も候補として推薦された論文であった。新規に推薦された9編の論文については、選考委員1名と1名以上の外部委員に閲読を依頼した。昨年も推薦された6編の論文については、選考委員1名に閲読を依頼し、昨年の閲読結果を参考にし必要であれば新たに外部委員の閲読を依頼した。すべての閲読結果の報告を選考委員会までに得た。
 2019年2月2日の選考委員会では12名のうち10名の選考委員が出席し受賞候補論文の選考を進めた。論文賞規定に留意しつつ、提出された閲読結果に基づき各論文の業績とその物理学におけるインパクトの大きさと広がりについて詳細に検討した。その結果、上記5編の論文が第24回日本物理学会論文賞にふさわしい受賞候補論文であるとの結論を得て理事会に推薦し、同2月の理事会で正式決定された。


*日本物理学会第24回論文賞選考委員会

委 員 長:久野良孝
副委員長:寺崎一郎
幹 事:永江知文
委 員:延与佳子, 押川正毅, 香取秀俊, 香取眞理, 清水明,
福山寛, 藤澤利正, 森川雅博, 山口昌弘