論文賞

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第29回(2024年)論文賞授賞論文

本年度の日本物理学会第29回論文賞は論文賞選考委員会の推薦に基づき、本年1月20日に開催された第698回理事会において次の5編の論文に対して与えられました。

論文題目 Superconductivity of 2.2 K under Pressure in Helimagnet CrAs
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn.83,093702(2014)
著者氏名 Hisashi Kotegawa, Shingo Nakahara, Hideki Tou, and Hitoshi Sugawara
授賞理由 量子臨界現象は、物性物理学における中心的な話題の一つで、最近では新しい電子自由度による量子臨界現象に注目が集まるなど、研究が継続して進んでいる。本論文では、ヘリカル磁性体として知られているCrAsについて、比較的低い圧力の印加で磁性相が消失し、起伝導状態が発現することが始めて報告された。クロム系物質として、超伝導の発現が観測された最初の例であり,ヘリカル磁性との相境界で現れる超伝導という点でも興味が持たれる結果である。この成果は、純良結晶の作成と緻密な圧力下電気抵抗測定の結果に基づいている。データの質は極めて高く、明瞭な圧力・温度相図が示されたことも本論文の価値を高めている。また、鉄系超伝導などの非従来型超伝導と相図の類似点が示された一方で、電子状態の次元性には他の超伝導物質と違いがあり、その後の超伝導物質探索や量子臨界現象に関する研究の展開を促進するきっかけになっている。実際に、類似の磁気構造を有するクロムおよびマンガン系化合物においても圧力誘起超伝導が発見され、CrAs に関しては、圧力誘起超伝導が非従来型であることや、準線形的な磁気抵抗を示すなどの新たな性質も明らかになった。これらは、量子臨界現象の研究において特筆すべき成果である。以上のことから、本論文は日本物理学会論文賞にふさわしいと考えられる。
論文題目 Detection of Phase Transition via Convolutional Neural Networks
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn.86,063001(2017)
著者氏名 Akinori Tanaka and Akio Tomiya
授賞理由

近年、物理学の研究に機械学習が活用されることがしばしばなされるようになった。本論文は、畳み込みニューラルネットワークを用いた機械学習により統計力学的モデルの相転移温度を検出する方法論の一つを示したものである。
本論文が対象とした2次元イジング模型には厳密解があるため、相転移温度についても厳密な値が知られている。著者らは、スピン配置から温度を予測させるニューラルネットワークを構築し、さらにニューラルネットワークの重みパラメーターを用いて通常用いられる秩序変数とは異なる秩序変数を新たに定義することにより、相転移を検出できることを示した。得られた強磁性相転移温度の結果は、数値計算として最高精度とは言えないものの、厳密解と概ね一致するものである。
 本論文は、機械学習を活用する手法が物理学において有用であることを示した初期の論文の一つとして評価できる。また、ニューラルネットワークをブラックボックスとして扱うのではなく、その重みパラメーターを活用する手法を提案したことに先駆性が認められ、後続研究にも大きな影響を与えている。したがって、本論文は日本物理学会論文賞に相応しい業績であると認められる。

論文題目 Topological Hall Effect from Strong to Weak Coupling
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn.87,033705(2018)
著者氏名 Kazuki Nakazawa, Manuel Bibes, and Hiroshi Kohno
授賞理由 本論文は、磁気スキルミオンなどの磁化構造の元での電子の輸送現象であるトポロジカルホール効果について、スピンゲージ場の立場から、どのような振る舞いがどのパラメータ領域で現れるかを線形応答理論に基づき理論的に解明している。強結合領域では、従来の理解通り、磁化構造の持つベリー位相によってホール効果が規定されるが、弱結合領域ではベリー位相の影響がスピン拡散の効果で薄められ、ホール効果の挙動と強度がパラメータ領域によって大きく異なることが具体的に示された。このように、弱結合領域から強結合領域までをカバーする統一的な理論的記述を与えた点に意義が認められる。得られた結果は実験の解釈の大きな助けになるだけでなく、現象の理解を深め、研究の発展に多大な影響を与えている。論文賞に相応しいといえる。
論文題目 Unique Helical Magnetic Order and Field-Induced Phase in Trillium Lattice Antiferromagnet EuPtSi
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn.88.013702(2019)
著者氏名 Koji Kaneko, Matthias D. Frontzek, Masaaki Matsuda, Akiko Nakao, Koji Munakata, Takashi Ohhara, Masashi Kakihana, Yoshinori Haga, Masato Hedo, Takao Nakama, and Yoshichika Ōnuki
授賞理由

本論文は,ウルマナイト型構造である希土類金属間化合物EuPtSi が示す反強磁性秩序ならびに磁場誘起される磁気構造を,単結晶中性子回折により明らかにし磁気スキルミオン格子に対応する秩序が実現していることを報告したものである。
磁気スキルミオンとは渦状のスピン集合体であり,そのトポロジカルに保護された安定性から,新しい磁気記憶デバイスへの応用が期待されている。2009 年にキラル構造をとる3d 電子系MnSi において,二次元三角格子上のtriple-q 構造が観測され,トポロジカルホール効果を示し注目を集めた。その後,3d 電子系の化合物で同様の現象が次々に見出され応用を見据えた研究へと展開している。一方,2018 年に,反強磁性体 EuPtSi で特異な異常ホール効果が報告され,4f 電子系で初めての磁気スキルミオン格子の可能性が示唆された。しかし,微視的な観測はなかったため,その検証が求められていた。
本論文では、異なる手法の中性子回折実験を組み合わせた微視的研究が報告された。本研究によって明らかとなった MnSi との大きな違いは,磁気スキルミオン格子の直径がMnSi では約180 Å であるのに対して,EuPtSi では約18 Å と1 桁も小さいことである。磁気スキルミオンによる創発磁場を考慮すると,そのサイズが小さいほど大きなトポロジカルホール効果が期待でき,実際,EuPtSi ではトポロジカルホール効果の増大が観測されている。一連の磁気スキルミオン研究において、希土類化合物で初めて磁気スキルミオン格子を微視的に捉えた本論文は,その形成メカニズムと非自明な物性を理解するための重要な知見を与えた先駆的なものであり,その後の希土類化合物における磁気スキルミオン格子の探索や理論研究の発展にも大きく寄与していることから,日本物理学会論文賞にふさわしい優れた業績と判断される。

論文題目

Non-invertible topological defects in 4-dimensional ℤ2 pure lattice gauge theory

掲載誌 Prog. Theor. Exp. Phys. 2022, 013B03
著者氏名 Masataka Koide, Yuta Nagoya, and Satoshi Yamaguchi
授賞理由

場の量子論における対称性の概念の一般化が近年様々な角度から研究されている。この過程で、一般化された対称性を位相欠陥を用いて表現する手法の重要性が明らかになると同時に、群の場合とは異なり逆元を持たない「非可逆対称性」の存在が明らかになってきた。本論文では、Kramers-Wannier双対性とZ2対称性を持つ2次元Ising模型における位相欠陥の構成法を拡張することで、4次元における位相欠陥と非可逆対称性の具体例が初めて構成的に与えられた。具体的には、Kramers-Wannier-Wegner双対性と1-form Z2対称性を有する4次元のZ2格子ゲージ理論において、双対性と対称性のそれぞれに伴う位相欠陥が導出されるとともに、それらの交換関係と非可逆対称性の存在が明示的に与えられた。本論文は、双対性を持つ4次元の場の理論における非可逆対称性の研究を大きく加速する契機になったものとして、日本物理学会論文賞に相応しい業績であると認められる。

選考経過報告

第29回論文賞選考委員会*

本選考委員会は2023年6月の理事会において構成された。日本物理学会論文賞規定に従って、関連委員会等に受賞論文候補の推薦を求め、10月末日の締め切りまでに18件18編の論文の推薦を受けた。18編のうち5編は昨年も候補として推薦された論文であった。推薦された18編の論文については、選考委員を含む計のべ36名に閲読を依頼し、すべての閲読結果の報告を選考委員会までに得た。
 選考委員会は2023年12月25日に開催された。一昨年、昨年に続きオンラインで開催され12名の選考委員のうち都合のつかなかった1名を除く11名の委員が参加し、受賞候補論文の選考を進めた。論文賞規定に留意しつつ、提出された閲読結果に基づき各論文の業績とその物理学におけるインパクトの大きさと広がりについて詳細に検討した。なお、選考委員長と同じ研究室のメンバーが著者である論文があったため、その論文について委員長は最終合意までは意見を述べないという対応を取った。その結果、上記5編の論文が第29回日本物理学会論文賞にふさわしい受賞候補論文であるとの結論を得て理事会に推薦し、2024年1月の理事会で正式決定された。また、選考対象論文には最近出版され、今回の受賞には至らなかったが、今後さらに評価が高まることが期待されるものが見られたことを付記する。

第29回論文賞選考委員会*
委員会委員メンバーは表彰式後に公開