第31回(2026年)論文賞授賞論文
本年度の日本物理学会第31回論文賞は論文賞選考委員会の推薦に基づき、本年1月16日に開催された第724回理事会において次の5編の論文に対して与えられました。
授賞理由及び選考経過報告
授賞理由及び選考経過報告の著作権は日本物理学会に帰属します。HP等にご転載をご希望の場合は、日本物理学会事務局・論文賞担当(ronbunsho-s@jps.or.jp)までお問い合わせください。
| 論文題目 | Field-Induced Switching of Ferro-Quadrupole Order Parameter in PrTi2Al20 |
|---|---|
| 掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 88, 084707 (2019) |
| 著者氏名 | Takanori Taniguchi, Kazumasa Hattori, Makoto Yoshida, Hikaru Takeda, Shota Nakamura, Toshiro Sakakibara, Masaki Tsujimoto, Akito Sakai, Yosuke Matsumoto, Satoru Nakatsuji, and Masashi Takigawa |
| 授賞理由 |
本論文は、f2電子配置を持つPr3+の非クラマース2重項に由来する強的四極子秩序を示すことで注目を集めてきたPrTi2Al20において、27Al-NMRおよび磁化の精密実験と磁場依存型四極子間相互作用の理論を駆使し、磁場方向の違いに応じて秩序パラメータが不連続に切り替わる現象を初めて観測・解明したものである。実験面で特筆すべき点は、秩序スイッチングが磁場下で生じる一次転移であり、立方晶の[001]軸、および[110] 軸方向の磁場下において Qz型と Qx型との間の秩序パラメータが劇的に切り替わる現象を実証した点にある。NMRを高感度の局所プローブとして用い、四極子秩序の対称性を直接同定し、その変化を詳細に追跡した点において、これまでにない実験的到達度を示している。また、磁化測定との相補的な解析を通じて秩序の発現条件と転移点を特定し、四極子秩序のパラメータを定量的に定めた先駆的成果と言える。理論面では、磁場方向に依存して四極子間相互作用自体が変化するという新奇な機構を提案し、それを反映した有効ハミルトニアンを構築して実験結果と整合的に説明した点が卓越している。この理論モデルは、磁場が秩序の選択にとどまらず、秩序を支える相互作用そのものの性質を変調しうるという、物理的本質に極めて深い概念を提示している。このように、本研究は実験・理論の両面において非常に高い到達度を有しており、四極子秩序という高次自由度が複雑に絡み合うために難解な現象において物理的な理解を大きく前進させるものであり、日本物理学会論文賞に相応しいと判断する。 |
| 論文題目 | Path-Integral Monte Carlo Study on a Droplet of a Dipolar Bose-Einstein Condensate Stabilized by Quantum Fluctuation |
|---|---|
| 掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 85, 053001 (2016) |
| 著者氏名 | Hiroki Saito |
| 授賞理由 |
本論文は、強い双極子相互作用を有するボース・アインシュタイン凝縮体系において観測された自己束縛液滴が、なぜ崩壊せずに安定に存在し得るのかという根本的な問題に対し、経路積分モンテカルロ法による第一原理計算を用いて明確な解答を与えたものである。従来、液滴状態の安定化には量子揺らぎに起因する補正効果や三体相互作用など複数の可能性が指摘されてきたが、本研究は量子揺らぎのみで液滴が安定化することを厳密に示し、安定化機構をめぐる議論に決定的な結論を与えた点で画期的である。さらに、有限サイズの実在的な系においても局所密度近似に基づく量子揺らぎの取り扱いが有効であることを示し、液滴形成の量子力学的起源を明確にした。本成果は、その後に実現され、冷却原子物理分野における一大トピックスへと発展した超固体状態の成立を理論的に支える基盤を与えるものであり、後続の理論・実験研究の出発点として重要な役割を果たした。以上より、本論文は冷却原子物理および量子多体系物理の発展に顕著な貢献をなす先駆的研究として、日本物理学会論文賞に相応しい業績であると認められる。 |
| 論文題目 | Measurement of differential cross sections for Σ⁺p elastic scattering in the momentum range 0.44-0.80 GeV/c |
|---|---|
| 掲載誌 | Prog. Theor. Exp. Phys. 2022, 093D01 |
| 著者氏名 | T. Nanamura, K. Miwa, J. K. Ahn, Y. Akazawa, T. Aramaki, S. Ashikaga, S. Callier, N. Chiga, S. W. Choi, H. Ekawa, P. Evtoukhovitch, N. Fujioka, M. Fujita, T. Gogami, T. K. Harada, S. Hasegawa, S. H. Hayakawa, R. Honda, S. Hoshino, K. Hosomi , M. Ichikawa, Y. Ichikawa, M. Ieiri, M. Ikeda, K. Imai, Y. Ishikawa, S. Ishimoto, W. S. Jung, S. Kajikawa, H. Kanauchi, H. Kanda, T. Kitaoka, B. M. Kang, H. Kawai, S. H. Kim, K. Kobayashi, T. Koike, K. Matsuda, Y. Matsumoto, S. Nagao, R. Nagatomi, Y. Nakada, M. Nakagawa, I. Nakamura, M. Naruki, S. Ozawa, L. Raux, T. G. Rogers, A. Sakaguchi, T. Sakao, H. Sako, S. Sato, T. Shiozaki, K. Shirotori, K. N. Suzuki, S. Suzuki, M. Tabata, C. d. L Taille, H. Takahashi, T. Takahashi, T. N. Takahashi, H. Tamura, M. Tanaka, K. Tanida, Z. Tsamalaidze, M. Ukai, H. Umetsu, S. Wada, T. O. Yamamoto, J. Yoshida and K. Yoshimura |
| 授賞理由 |
原子核物理学における大きな目的の一つは、原子核中の核子同士に働く相互作用を統一的に理解することである。半世紀にわたる核子間散乱実験データの蓄積により、その詳細は次第に明らかになってきた。一方で、ストレンジクォークを含む重粒子であるハイペロン(Λ粒子やΣ粒子など)と核子(陽子など)との間の相互作用については、いまだ十分に解明されているとは言えない。これは、ハイペロンの寿命が約0.1ナノ秒と極めて短く、ハイペロン―核子間散乱実験の実施が非常に困難であるため、これまで高精度な実験データが不足していたことに起因する。 本論文では、J-PARCの高強度ビーム環境下で動作する散乱粒子検出器を用い、Σ粒子と陽子の弾性散乱事象を従来の100倍以上の統計精度で検出することに成功し、微分断面積を高精度に測定した。特に、Σ+-p間のアイソスピン3/2、スピン1の状態については、クォークレベルに基づく理論において、クォーク間のパウリ排他原理による強い斥力が予言されている。しかし本論文は、理論で指摘されているほど強い斥力は実験的には現れないことを、初めて明らかにした。 本研究は、ハイペロン―陽子散乱という新たな実験技術を確立することで、ハイペロン―核子間相互作用の解明に重要な貢献を果たすものであり、今後の原子核物理学の発展に大いに寄与する成果である。以上の業績から、本論文は日本物理学会論文賞に値すると判断する。 |
| 論文題目 | Creating and probing the Sachdev-Ye-Kitaev model with ultracold gases: Towards experimental studies of quantum gravity |
|---|---|
| 掲載誌 | Prog. Theor. Exp. Phys. 2017, 083I01 |
| 著者氏名 | Ippei Danshita, Masanori Hanada, and Masaki Tezuka |
| 授賞理由 |
本論文は、ある極限でAdS/CFT 対応を有する量子多体模型を人工的に実現し実験室で研究可能にするという新規な発想を、具体的提案として初めて提示した。 対象として、2次元AdS地平線をもつ荷電ブラックホールにホログラフィックに双対と予想されている Sachdev-Ye-Kitaev(SYK)模型を、光格子中の超低温フェルミ気体で実装する手法を理論的に構成している。SYK 模型は、ランダムな all-to-all 型二体ホッピングのみから成る特異な模型であるが、本論文は光会合分子状態を中間状態とする二次摂動により、その有効相互作用が自然に誘起されることを示し、明確な物理的描像を与えた。 以後、この方向性は冷却原子にとどまらず量子細線、グラフェン、NMR、超伝導量子回路などへ波及し、分野融合的な境界領域の形成を促した点でも重要である。近年も新たな実現法の提案や、量子計算機を用いたエンタングルメントダイナミクスの計測などが進展しており、本論文の先見性は一層明確になっている。ホログラフィーを通じた量子重力実験という潮流の出発点として、本論文が PTEP に掲載された意義は大きい。総じて学術的価値は極めて高い。 |
| 論文題目 | Primordial black hole abundance from random Gaussian curvature perturbations and a local density threshold |
|---|---|
| 掲載誌 | Prog. Theor. Exp. Phys. 2018, 123E01 |
| 著者氏名 | Chul-Moon Yoo, Tomohiro Harada, Jaume Garriga, Kazunori Kohri |
| 授賞理由 |
本論文は、原始ブラックホール(PBH)質量関数の理論的計算手法に対し、従来の近似やモデル依存性に根本的な改善をもたらした点で、宇宙論・初期宇宙物理学において極めて重要な科学的貢献を果たしている。PBHはインフレーション起源の原始揺らぎから生じる可能性を通じて、暗黒物質候補や初期宇宙の統計的性質を探る鍵となる対象であり、その質量関数の高精度な推定は観測制限に基づくインフレーション模型の絞り込みに直結する可能性を持っている。従来のPress-Schechter形式に依拠した手法には窓関数依存性や形成基準の不適切さといった理論的な不備が内在していたが、本研究はこれらの限界を明確に指摘し、体系的に克服する枠組みを構築している。特に、環境依存性の強い曲率揺らぎの閾値ではなく、局所的で物理的意味の明確なcompaction functionを形成指標として採用したこと、一般相対論的非線形効果を密度揺らぎ・閾値近傍の非ガウス性まで厳密に取り込んだこと、そしてピーク理論を導入することで窓関数依存を回避した点は革新的である。また、その結果として得られたPBH 典型質量および存在量の推定が従来予測を大きく修正しうることを具体的に示したことは、PBH形成の理論的関心のみならず、インフレーション模型と観測的制約を結びつける上で長期的なインパクトを持つ。これらの成果はPBH形成と宇宙初期統計の理解を飛躍的に深化させ、以後の研究動向を方向付けた先駆的な業績として論文賞に値するものである。 |
選考経過報告
第31回論文賞選考委員会*
本選考委員会は2025年5月の理事会において構成された。日本物理学会論文賞規定に従って、関連委員会等に受賞論文候補の推薦を求め、10月10日の締め切りまでに19件17編の論文の推薦を受けた。17編のうち5編は昨年も候補として推薦された論文であった。推薦された17編の論文については、選考委員を含む計のべ34名に閲読を依頼し、すべての閲読結果の報告を選考委員会までに得た。
選考委員会は2025年12月24日に開催された。委員会は、オンラインで開催され、12名の委員全員が参加し、受賞候補論文の選考を進めた。論文賞規定に留意しつつ、提出された閲読結果に基づき各論文の業績とその物理学におけるインパクトの大きさと広がりについて詳細に検討した。その結果、上記5編の論文が第31回日本物理学会論文賞にふさわしい受賞候補論文であるとの結論を得て理事会に推薦し、2026年1月の理事会で正式決定された。また、選考対象論文には最近出版され、今回の受賞には至らなかったが、今後さらに評価が高まることが期待されるものが見られたことを付記する。
*第31回論文賞選考委員会
委員会委員メンバーは表彰式後に公開
