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[解説追加しました(10/6)]2023年ノーベル化学賞は、「量子ドットの発見と合成に関する業績」により Moungi G. Bawendi氏(Massachusetts Institute of Technology, USA)、Louis E. Brus氏(Columbia University, USA)、Alexei I. Ekimov氏(Nanocrystals Technology Inc.,USA)の3氏が受賞することに決定

公開日:2023年10月4日

解説

 2023年のノーベル化学賞は、量子ドットの発見と合成に関する業績により、Moungi G. Bawendi氏(米国マサチューセッツ工科大)、Louis E. Brus氏(米国コロンビア大)、Alexei I. Ekimov氏(米国ナノクリスタルズ・テクノロジー社)の3氏が受賞することに決まりました。量子ドットは、ナノメートルサイズの半導体ナノ粒子(ナノ結晶とも呼ばれる)であり、電子が小さな空間に閉じ込められたことで量子効果が発現し、量子ドットのサイズに依存して様々な性質を示します。今日では、物理学、化学をはじめとして様々な分野で基礎および応用研究が活発に行われています。

 1980年代の初めに、半導体ナノ粒子のサイズに依存した光学特性が、ガラス中にドープされたナノ粒子と溶液中に浮遊したコロイドナノ粒子において発見されました。Ekimov氏は、ガラス中に微結晶を析出させる方法によりナノ粒子を作製し、ガラス中のCuClナノ粒子の光学吸収スペクトルがサイズに依存することを示しました。Brus氏は、溶液に浮遊したコロイドCdSナノ粒子の光学スペクトルがサイズに依存することを見出しました。このようなナノ粒子のサイズに依存した吸収や発光の光学スペクトルは、半導体のバンドギャップエネルギー(最低光学遷移エネルギー)がサイズの減少と共にブルーシフトすることが原因であると1980年半ばに明らかになりました。観測されたバンドギャップエネルギーは球状ナノボール中の電子状態を有効質量近似によって計算した結果と一致しました。しかし当時のナノ粒子の品質は、電子状態や物性を詳しく研究するには決して十分ではなかったため、欠陥が少なく高効率に発光するナノ粒子や、粒子サイズが揃った試料の作製方法が求められていました。Bawendi氏は、1990年代初頭にホットインジェクション法を開発し、CdSeをはじめとした高品質のナノ粒子の作製に成功しました。ナノ粒子サイズの制御性が著しく向上し、鋭い光学スペクトルにより光学特性のサイズ依存性が研究できるようになったほか、半導体の構成元素を変えずにサイズのみを変化させるだけで、CdSeの発光が可視波長領域のほぼすべてをカバーできるようになりました。このコロイドCdSeナノ粒子は、その後の量子ドット研究の中心物質となり、電子構造や発光特性の詳細が解明され、ナノサイエンスで最も詳しく研究された物質のひとつです。これらの先駆的な研究により精密化学に基づいたナノサイエンスが可能となりました。

 その後もナノ粒子の作製方法の進展は著しく、半導体量子ドットの表面をより高いバンドギャップエネルギーの半導体で覆うことで表面欠陥を減少させるコア/シェル型量子ドットや、シート、ワイヤーなどをはじめとしてダンベルやテトラポットなどのような様々な形状を作製することにより、ユニークな電子状態を生み出せるようになりました。作製方法の進歩とナノ粒子の品質向上により、100%に近い発光効率も実現し、多様な応用が可能になりました。ナノメートルサイズの半導体結晶である量子ドットでは、発光色の制御が容易であり、テレビやLED照明などで利用されているほか、バイオイメージングなどといった生物学・医療の分野、さらには太陽電池での応用も期待されています。量子ドットの作製に加え、光学計測装置や分析装置の進歩も近年著しく、ひとつひとつの量子ドットの物性計測や結晶構造評価も可能となりました。光学分野では、量子ドットは優れたシングルフォトン源としても注目されています。また、ひとつの電子だけではなく、複数の電子や正孔を量子ドット内に注入することにより、狭い空間に閉じ込められたことによる電子間の強いクーロン相互作用を利用したマルチエキシトン生成などの新しい現象の研究も行われています。電子やエキシトン(励起子)、さらにはフォトンの数を正確に制御できる量子ドットは、物理学の立場から見ても、多体効果の研究をはじめとして精密な計測ができる非常にユニークな舞台となります。さらに現在では、新しい半導体であるハライドペロブスカイトの量子ドット研究が活発であり、新しい現象の発見と応用が期待されています。

 今回は40年以上前の先駆的な基礎研究が評価された受賞であり、ナノ粒子や量子ドットの研究者にとっても待ちに待った受賞と言えます。現在においても、量子ドットの基礎研究および応用開発は非常にホットで、化学に限らず様々な分野で研究が発展しており、今後も大きなインパクトを社会に与える成果が期待されます。
(京都大学化学研究所 金光義彦)


専門的な解説は、日本物理学会誌に掲載された以下の記事もご覧ください。

田原弘量, 金光義彦
「ナノ構造半導体におけるマルチエキシトンとコヒーレント分光――超高速レーザー分光が切り開く太陽光発電工学」
日本物理学会誌75巻6号, pp.340-345, 2020年

枝松圭一, 伊藤正「光で探る半導体超微粒子の励起子物性」
日本物理学会誌53巻6号, pp.412-421, 1998年