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日本物理学会誌

会誌Vol.81(2026)「新著紹介」より

このページでは、物理学会誌「新著紹介」の欄より、一部を、紹介者のご了解の上で転載しています。ただし、転載にあたって多少の変更が加わっている場合もあります。また、価格等は掲載時のもので、変動があり得ます。

Particle Detectors; Fundamentals and Applications

H. Kolanoski, N. Wermes 著

Oxford Univ. Press, Oxford, 2020, xvi+932p, 25 cm × 17 cm, $143.55[専門・大学院向]ISBN 978-0-19-885836-2

紹介者:小貫良行〈東大素粒子物理国際研セ〉

Hermann Kolanoski氏とNorbert Wermes氏の著作Particle Detectors; Fundamentals and Applicationsを紹介したい.本書の中で定義されているParticleとは,物質と相互作用を通して検出される荷電粒子あるいは中性粒子のことでニュートリノやWIMP をも含む.これまで,素粒子原子核実験,及び宇宙線や宇宙観測分野で学生などが粒子検出器を学ぶ場合, 洋書では, William R. Leo 氏のTechniques for Nuclear and Particle Physics Experiments,Konrad Kleinknecht 氏のDetectors for Particle Radiation,Glenn F. Knoll氏のRadiation Detection and Measurementを最初に挙げられる方は多いのではないだろうか.前者2つは比較的コンパクトにまとめられており,講義や輪講などで教科書的な使い方が想定できる.

Konrad Kleinknecht氏の著作は『粒子検出器--放射線計測の基礎と応用--』として日本語訳もされている.一方,後者は物理学辞典の粒子検出器版とも言えるような内容であり,粒子検出器が網羅的に収録されているため,リファレンスとして使われる方が多いかと思う.日本語版の『放射線計測ハンドブック』も出版されている.この前者2冊のいずれかと後者1 冊が手元にあれば,粒子検出器の基本原理を押さえつつ,実際に使われる実験検出器の開発や運用に必要な知識の大半を得ることができる.ただ,前者の2冊は出版から2,30年以上も経ち,近年の実験で用いられる粒子検出器,特に加速器実験分野について内容が改新されているところもある.本書は2020年に出版され,現在稼働している実験で使用されている最新の粒子検出器が含まれる.序文にも書かれているが,当初は学部上級生や大学院生向けの講義書を想定していたが,長年にわたる補強によって,その範疇を超えてしまっている,とある.本書は,冒頭で紹介した前者の2冊と後者の1冊の間にある隙間を埋める立ち位置を目指したように思える.

本書は粒子検出器の黎明から現代までの概観を解説するところから始まり,その後に粒子と物質との相互作用についての物理,各種粒子検出器と実験技術の説明が非常に丁寧に展開される.本書の中で取り扱う粒子検出器は,電源を必要としない霧箱,泡箱,原子核乾板から,ガス検出器,半導体検出器,光検出器,シンチレーション検出器などで,それらの素粒子,原子核,宇宙線,宇宙観測,医療分野における応用例が紹介されている.また,加速器から,それらの検出器を用いた飛跡再構成と運動量測定,粒子識別,カロリメータ,信号処理及びノイズと読出し,トリガー及びデータ取得などの技術も詳細に記述されており,付録と合わせて内容を深く追いかけることが可能である.

本書は1,000ページ弱と大冊ではあるが,これだけの内容が丁寧に1冊の本に纏められていることを考えると,コンパクトにさえ思えてくる.本書に目を通し,興味のある箇所を抜き出せば,学部上級生や大学院生の輪講などの教科書として使うことも可能であろう.また,特定の分野や実験への偏りが少ないため,よりフラットな視点で様々な検出器の長所と短所を比較し易い点も指摘しておきたい.本書は,粒子検出器の基礎と最新の応用例を学ぶために最適な1冊として学生や専門家にお薦めしたい.

(2025年8月15日原稿受付)

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量子力学選書場の量子論(II);ファインマン・グラフとくりこみを中心にして

坂本眞人 著

裳華房,東京,2020,xvii+568p,22 cm × 16 cm,7,150 円[専門〜学部向]ISBN 978-4-7853-2512-1

紹介者:浜中真志〈名大院多元数理科学〉

本書は世界初の独学に耐えうる場の量子論の教科書(の第2巻)である.最終的に全3巻の刊行が予定されており,第1巻は454ページ(2014年刊),第2巻は592ページ(2020年刊),第3巻は650ページを超えるとのことである.裳華房量子力学選書の中でも群を抜いて大著である.物理学の和書でこれだけのページ数を割いて書かれた書籍は,岩波講座現代物理学の基礎『量子力学I,II』以来ではなかろうか.また第2巻は第1巻より小さい活字が採用されており,内容的には2倍以上の分量があると思われる.

場の量子論は,物質と力を「場」として統合的に取り扱う理論体系を量子化したもので,素粒子論・原子核論・物性論など自然界の基本法則を記述するのに不可欠なものとなっている.無限自由度の系であるがゆえに,素朴な計算量が無限大になるなどさまざまな困難を抱えながらも,経路積分,くりこみといった素晴らしいアイデアの積み重ねによって予言可能な形に定式化され,素粒子の標準理論として結実している.また最近はK. Costello氏達の因子化代数を用いた場の量子論の定式化が数学者の関心を集めており,数学と物理学の新しい交流が芽生えようとしている.

当然ながらこれまで多くの教科書が書かれてきたが,本書は世界的に見ても比類なきレベルで懇切丁寧に書かれた教科書である.第2巻が出た頃からSNSなどで話題になっており気になっていたが,評者の研究室に場の量子論に興味のある大学院生が入ってきたので,M1ゼミの輪講本として2023年度に本書の第2巻を,2024年度に本書の第1巻を採用した.詳しい目次は裳華房の書籍紹介ページに書かれているが,第1巻は自由場の量子論,第2巻は相互作用を含んだ場の量子論(散乱行列とLSZ簡約公式,経路積分,ファインマン図,くりこみ)が主題である(なお第3巻は超対称量子力学,ゲージ場の量子論,くりこみ群が主題とのことである).第2巻は主にスカラー場の理論を題材に主題についての詳細な計算や議論が一切の手抜きなしで解説されている.また全巻に共通する点として,随所に注釈が書かれていて初学者が誤解しやすい点について教育的なコメントなどが書かれている.また理解確認のための演習問題が〈check〉という形で豊富に与えられているが,解答例と補足のpdfが裳華房の書籍紹介ページに置かれている.このpdfも1行たりとも手が抜かれておらず第1巻のものは263ページ,第2巻のものは426ページもある.つまり解答例も含めれば第1&2巻合わせて総計1700ページを超えるということである! ファインマン図も本当に式変形一つ一つに対して(対称因子も含めて)すべてが書かれていて驚異的である.まえがきには「導出過程を省略せず書いた理由の1つは,途中で読者が挫折するのをなくしたかったからだ.」と書かれているが,私のゼミで計算に詰まった学生は一人もおらず目的は達成されていたと言えよう.また計算を詳しく書いているだけでなく,物理的な意義についても詳しく解説されている.含蓄のあるコラムも楽しい.スカラー場だけの議論で飽きないようにとの配慮からか,対称性の自発的破れのあとに標準模型の紹介が40ページも挿入されている.評者はこれまで場の量子論の独学は凡人には無理だろうと思い込んでいたが,その思い込みは打ち砕かれた.本書なら解析力学・量子力学の初歩的な知識があれば(第1巻から始めて)誰にでも十分に読みこなすことができよう.SNSでは数学者の間でも大きな話題になっていて「松島多様体(の本)しかなかったところに松本多様体(の本)が出た衝撃(と同じ)」との評も耳にした.数学と物理学の交流はこれから空前の盛り上がりを見せる兆しがあり,本書は数学者にとっても貴重なバイブルとなるであろう.

本書の欠点を挙げるとすれば重すぎて持ち運びが大変ということぐらいである.お値段も(やむを得ないことだとしても)庶民にはややお高い.ところが幸い本書には電子書籍版も存在する.またアマゾンでは電子書籍版の半額セールが不定期に行われている.評者は最初紙版を持っていたのだが電子書籍版もセールのときに購入した.これが実に便利で,ゼミのときはiPadだけを持ち込むようになった.家に帰ってもふと気になったときにすぐに確認できる.また今の時代なら電子書籍はすべての言語に翻訳が可能である(もちろん翻訳の責任は読者が負うことになるが).場の量子論は現代物理学の集大成の一つであり人類の共有財産である.場の量子論に関心を持つ全世界の人々に本書を強く勧めたい.

(2025年8月31日原稿受付)

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生物物理学;1分子の機能から細胞のシステム生物学まで

高田彰二 著

丸善出版,東京,2025,vi+294p,26 cm×18 cm,4,950円[大学院・学部向]ISBN 978-4-621-31147-9

紹介者:木下祥尚〈群馬大院理工〉

本書は京都大学での学部生向け講義を基に執筆されたものであり,熱力学・統計力学・反応速度論などの基礎を学習したことがある学生であれば十分に読み通すことができる入門的教科書である.本書を理解するために必要となる基礎知識や専門用語は,補章やウェブサポートページに説明されており,内容理解を深めるための演習問題も掲載されているなど,「教科書」として様々な配慮がなされていることが魅力的である.さらに,伝統的なMichaelis-Menten式の導出から,液-液相分離などの最新のトピックについても解説されており,生物物理学関連の講義を担当する教員にも推奨できる一冊である.

第I部「状態論」の前半では,タンパク質のフォールディングや膜電位依存性チャネルのゲーティングについて,反応速度論に基づく解釈が紹介されている.文中に出てくる式は,天下り的ではなく,基本的なボルツマン分布や自由エネルギーの関係式から導出されており,初学者にも理解しやすいという印象を受けた.中盤では,ヘモグロビンに対する酸素分子の結合を例に挙げ,まず単純な1 ∶ 1結合モデルを出発点として,1 ∶ n 結合モデル(Hill式)へと展開し,その知見を酵素-基質反応(Henri-Michaelis-Menten式)へと発展させている.ストーリーの展開は小気味よく,自身の講義でもぜひ参考にしたい.また,後半ではアデノシン三リン酸(ATP)合成酵素の回転運動を例に挙げて,動作速度とエネルギー変換効率がトレードオフの関係にあることや,その理由が熱力学の法則(エントロピー生成)に基づいて解説されている.

第II部「構造論」では,第I部で示された「状態」が,そもそもどのような原理で形成されるのかについて掘り下げられている.前半では,共有結合やファンデルワールス力,静電気力,水素結合など,生体分子間に働く代表的な相互作用が紹介されており,それらが,タンパク質の構造の安定化に対していかに寄与するかが説明されている.上記の相互作用自体は化学分野の教科書でも扱われているが,枯渇力(大沢・朝倉理論)については生物物理学関連の教科書でしか学ぶことができないので,もう少し詳しい説明が補足されてもよかった.続いて,中盤では相分離現象,後半では粒子の拡散現象についての解説へとストーリーが展開する.拡散現象についてはFickの法則はもとより,粒子の平均二乗変位,それに基づく自由拡散からの逸脱度合(つまり,subdiffusionの有無)まで,拡散現象の背景にある物理法則について微視的と巨視的の両側面から解説されている.

第III部「細胞のシステム生物学」では,より巨視的かつ複雑な細胞レベルの内容について解説されている.前半では遺伝子の発現制御や転写ネットワークについて,転写因子の濃度の時間発展を微分方程式で記述し,それを解析することでネットワークモチーフがもつ意味について議論されている.中盤で議論されている神経伝達やシグナル伝達プロセスは,一般的な生化学分野の教科書でも扱われる内容であるが,その現象をいかに数理モデル化すべきかについて重点的に解説されている点は本書の特徴といえよう.また,後半では代謝ネットワークについて,全て不可逆な一連の化学反応を出発点として,不可逆反応が生じる場合や,反応が分岐する場合,それらをどのように数理モデル化するべきかについて解説されている.全体的に見比べると,第III部は,第I部や第II部に比べて発展的な内容について議論されている印象を受けた.それゆえ,着目する生命現象に関する基礎知識をしっかり身に着けたうえで読むのが好ましい.

日本で生物物理学という分野が学会レベルで確立されてから70年以上が経過するが(日本物理学会に生体物理という分科が設立されたのは1954年),日本人の著者による生物物理に関する体系的な教科書は意外と少ない.海外と比べても出版数は少なく,その多くは特定の研究分野に特化した専門書や解説書の形をとっている.本書では,生体分子1個の物性・機能から細胞間コミュニケーションに基づくシステム生物学に至るまで幅広い領域を扱っており,この水準で,これほど幅広い領域をカバーした生物物理学の教科書は少なくとも日本語で読めるものとしては限られている.その意味で,本書はまさに待望の一冊であり,生物物理に興味をもつ学部学生や大学院生だけでなく,生物物理を専門とする全ての研究者にとっても必携の書であると推薦できる.

(2025年9月4日原稿受付)

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ゼロからできるMCMC;マルコフ連鎖モンテカルロ法の実践的入門

花田政範,松浦壮 著

講談社,東京,2020,224p,21 cm × 15 cm,3,300 円[専門~学部向]ISBN 978-4-06-520174-9

紹介者:富谷昭夫〈東京女子大現代教養〉

MCMC とは,マルコフ連鎖モンテカルロ法(Markov chain Monte Carlo method)の略称であり,物性物理や素粒子物理の垣根を超えて使われる多変数関数の積分を求める一般手法の名称である.理論的な文脈だと,統計力学に現れる状態和,もしくは量子論に現れる経路積分での期待値を求めるのに用いられる.乱数を用いることで次元の呪いと呼ばれる高次元積分での問題点を大きく緩和する.MCMCは,物理を離れてベイズ統計などのデータサイエンスに関連した文脈での活用も近年注目を集めているトピックである.

さて,本書は第1章から第7章の本文に加えていくつかのAppendixによって構成されている.また各章の最後には練習問題がある.本書の構成は,下記のとおりである.

第1章では,なぜMCMCが必要なのかという動機が議論されている.「多くの場合,積分領域のほとんどは積分に寄与しない」という,MCMCの必要性,勘所がはっきりと書かれている.第2章では,基本的なモンテカルロ法が議論されている.そもそもモンテカルロ法とはどういうもので,いかなる時に使える手法なのかが,乱数や疑似乱数という概念の紹介から始まっている.

第3章では,MCMCの一般論が議論されている.まずマルコフ連鎖が何であるかが説明され,MCMCの収束条件,その3つの前提条件である「既約性」「非周期性」「詳細釣り合い条件(detailed balance)」(もっとも詳細釣り合い条件は十分条件であり,章の最後にコメントされている)が説明されている.なお,この章の詳細釣り合い条件の図は,わかりやすいので見てみることをおすすめする.

第4章では,MCMCの具体的な実現であるメトロポリス法が1変数を例に議論されている.C言語でのコード実装の例もある.MCMCでは避けることのできない自己相関についても説明されている.また関連してジャックナイフ法の効能や使い方の説明もここで行われる.負符号問題やよくある間違いについてもここで紹介されている.

第5章では,前章を発展させて多変数でのメトロポリス法が議論されている.ここが本丸であり,今見ているような次元の呪いがメトロポリス法により解決される様子を確認する.この章でもC言語による例が含まれている.

第6章では,メトロポリス法以外の,よく使うアルゴリズムとその使用例が議論されている.ハイブリッドモンテカルロ法(HMC法,近年ではハミルトニアンモンテカルロ法ともよばれる)について説明されている.HMC法は素粒子原子核の研究から生まれた手法であり,筆者の意気込みを感じる.さらにHMC法の物理的直感についても説明がなされている.HMC法では,内部機構としてリープフロッグ法が使われており,その説明もここでなされている.適用条件は厳しいものの効率の良い方法であるギブスサンプリング(物理では熱浴法とよぶ)もここで説明されている.メトロポリス・ヘイスティングス法もメトロポリス法の拡張として説明されている.

第7章では,MCMCの応用例,例えばベイズ統計,尤度やイジング模型のシミュレーションなどが議論されている.本文にコードはないが,コードは下記のAppendix Aの場所にある.2次元イジング模型での相転移も丁寧に解説されており,イジングに使える他の方法も紹介されている.他にも巡回セールスマンをレプリカ交換法で調べる手法や,量子色力学や超弦理論への応用もこの章で議論されている.

Appendixでは,本文に含められなかったサンプルプログラムの入手先が説明されていたり,ハミルトンの運動方程式,ジャックナイフ法や共役勾配法等が議論されている.

MCMCを説明している他書と比較して,物理を専攻している学生にとってわかりやすい難易度で書かれている.加えて具体例について深く説明されており,実装上の工夫や注意点も説明されている.一方で,本書には以下のような内容は含まれていない.例えばMCMCの収束とは何かや,詳細釣り合い条件を外したMCMCについてなどである.これらについては明言はされていないが本書を読んだあとに専門書や原論文を参照するように意図して書かれているように思う.

以上のように本書では,MCMCを応用するために学ぶ上で必要となる知識が,理論研究者の観点から丁寧に記述されている.したがって,MCMCを使いたいが抽象的な数学書を読むのが難しい物理系の学部生・大学院生におすすめできる一冊である.

(2025年9月4日原稿受付)

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光ファイバ通信・計測のための光エレクトロニクス

山下真司 著

数理工学社,東京,2022,viii+245p,22 cm×15 cm,3,850 円(新・電子システム工学= TKR-7)[学部向]ISBN 978-4-86481-086-9

紹介者:岡野真人〈防衛大学校〉

 現代社会において,光ファイバ通信は不可欠な技術であり,高度情報通信社会の堅固な基盤を支えている.光ファイバ技術は,1970年(いわゆる"光ファイバ通信元年")に実用的な光ファイバと室温CW半導体レーザが同時に発明されて以降,ここ50年の間に大きく発展してきた.光ファイバ通信は,その根幹である光ファイバが「全反射」という極めて基礎的な光の性質のみを利用しているという点において,他の最先端技術とは一線を画すユニークな技術である.一方で,周辺技術に目を移せば光非線形性や量子効果などの様々な物理現象によって支えられていることに気付かされる.本書は,このような光ファイバ通信を学ぶ上で必要となる光エレクトロニクスの基礎知識と,光ファイバ通信に利用される各種光デバイスの原理や概要についてまとめた教科書である.著者自身の大学での講義内容をまとめたものであり,物理の基礎を学んだ上で,本分野を志す初学者を対象としている.

 本著は全7章で構成されており,1章では序論として光ファイバ通信の概要と歴史について述べている.電気電子工学科向けの講義が基になっているためか,電波とのアナロジーを利用して光波について説明している箇所が多いのはやや興味深い点といえる.歴史については要所に絞って2頁ほどにまとめられているためわかりやすいが,研究の歴史的背景に興味を持つ読者にとってはやや物足りなく感じるかもしれない.

 2章では,光波の基礎的な知識がまとめられている.前半では,Maxwell方程式と波動方程式から始まり,Jones行列を用いた偏光の説明や,境界面での反射と屈折などの光の基礎的な性質について述べられている.後半では,単一光パルスから連続パルスの説明を通じて,フーリエ変換限界や光周波数コムについて式を援用しつつ説明されている.3章では,光導波路を伝搬する電磁波の電磁界分布について詳述されている.特に,計算が煩雑な光ファイバの分散方程式を1から導出したうえで,光ファイバ特有のLPモードを丁寧に説明している点は,光ファイバに特化した本書の特徴がよく表れていると言えるだろう.

 4章では,光ファイバの作製方法や種類の説明に加え,光ファイバ中のパルス伝搬を記述する非線形シュレーディンガー方程式について述べられている.作製方法や種類については,実際の写真と図が併記されており,実物を見たことがない読者でもイメージがしやすいように工夫されている.非線形シュレーディンガー方程式は,YarivのPhotonics: Optical Electronics in Modern CommunicationやAgrawalのNonlinear Fiber Opticsなどの洋書では扱われているものの,和書では取り上げられることが少ない内容である.本書では,非線形シュレーディンガー方程式の各種パラメータも含めて簡潔かつ明瞭に解説されており,初学者が理解しやすいようまとめられている.

 5章では,レーザの原理について,基本的な光の吸収放出過程の説明から始まり,レート方程式と半古典論を用いて記述されている.その後,半導体レーザの基本原理も説明されているが,web掲載の付録で補足されているものの,半導体になじみのない学生が完全に理解するには難しいかもしれない.ただし,本書が光ファイバ技術の書籍であることを考慮すれば十分許容できる内容といえる.一方,本書の主題である光ファイバを利用したファイバレーザについては非線形効果も含めて実験データと併せて詳しく説明されている.

 6章では,ファイバによる光の分割や結合についてモード結合方程式を利用して説明している.多くの光デバイスが紹介されているため詳細までは触れられていないが,光ファイバ通信のみならず光計測に利用されている各デバイスの知見を得ることができる.最終章の7章では,光ファイバ通信の方式や原理について述べられている.情報量が多いため一度読んだだけでは消化しきれない部分もあるが,式を使いながら丁寧に記述されているので何度か読み返せば概ね理解できるだろう.最後に,光ファイバ計測と光ファイバ通信の将来展望について,著者の考えも含めて簡潔に述べられている.

 本書の特筆すべき点の1つは,取り扱われている各種の数式の導出過程が,例題や章末問題(解答はweb掲載)も含めるとほぼ全て省略せず記述されていることである.これにより,読者が自ら計算しながら過程を確認でき,理解を深める助けになるだろう.また,ほとんどの図を自作しており,本書に対する著者の熱意を感じた.唯一惜しい点を挙げるとすれば,紙面の都合上やむを得ないとはいえ,数式や本文中の分数が1行に収められており,記号などがやや読みにくい点である(評者のような老眼の読者にとっては特にそう感じるかもしれない).しかし,主な読者層が若者であることを考えれば,この点も特に問題とはならないだろう.

光ファイバ通信や関連した物理に関する書籍には,上述したYarivやAgrawal著作に代表される名著が数多く存在しているが,やや高度な内容も含まれていることもあって初学者にはハードルが高い.そのようなより専門性の高い書籍を読む前に,本書を通じて基礎的な知識を学習し,分野全体の概要を把握しておけば,スムーズに本分野のより深い理解へと繋がっていくだろう.

(2025年10月9日原稿受付)

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初学の編集者がわかるまで書き直した基礎から鍛える量子力学;基本の数理から現実の物理まで一歩一歩

松浦壮 著

日本能率協会マネジメントセンター,東京,2024,424p,21 cm×15 cm,2.970円[学部・一般向]ISBN 978-4-8005-9252-1

紹介者:佐古彰史〈東京理科大〉

本書は「物理学布教のためのバイブルである」と思う.

物理学会員にとって量子力学は既知であろうし,知っていることを読み飛ばすとあまり読むところが無い本となってしまうかもしれないが,本書の価値は違うところにある.なぜ,量子力学の導入が必要か,なぜヒルベルト空間のベクトルや作用素が必要だったのかを実験結果から演繹するわけであるが,微積分も線形代数の知識も仮定せずに行っているのである.つまり高校生でも読めるようになっているのである.このように書くと,アイディアだけの啓発書と勘違いしてしまうかもしれないが,断じてそうではない.調和振動子の問題を解き切るだけでは終わらず,水素原子も解いてしまっているのである.3,000円弱の1冊424ページの分量の中に,高校2年生程度の数学から大学レベルの量子力学の講義くらいまでを,非常に親切に包括しているのである.具体的には,位置や速度とは何かという根本から始まり,二重スリットの実験で量子力学の必要性を認識しつつ,微積分に入門し,古典力学を学び,量子力学に必要な数学の道具立てをなぜ必要かを記載しつつ揃えていき,行列力学,波動力学とすすみ,自由粒子,1次元のポテンシャル問題,調和振動子,角運動量,水素原子までを含んでいるのである!(ほとんど物理学科の量子力学の講義に迫っている!)さすがに手ごわかったのか水素原子を解くところに90ページ以上の紙数を割いている.そのように,たくさんの話題を高校数学レベルからスタートして盛り込むのであるから,後半急激に難しくなっているのではと疑いたくなる.しかし終始,計算が丁寧に行われ,だからといって数式だらけになって読みにくくなることもない.諦めずに読みさえすれば高校生でもついていけるようになっているのである.しかも数式を丁寧に変形するだけではなく,なぜそのような数式を使わなければいけないのかを書いているのである.一例をあげると,「ベクトル」を導入する際に,まず実験事実から状態が同時に存在し重ね合わせの原理が説明され,それを表す必然的な道具としてベクトルが導入されるといった具合で展開されているのである.ディラックや,JJ サクライ,ファインマンなどの教科書だってそうではないかと思われたかもしれない.しかし,そうした研究者や大学生向けの講義のものとは違うのである.位置や速度,古典力学などの説明は1次元で行っていて,まだ「ベクトル」が一度も出てきていない状態で,二重スリット実験結果からの重ね合わせの概念導出を行い,そこから「ベクトル」へといざなうのだ.著者の松浦氏は完全に理論屋であるが,本書内では折に触れ実験や半導体などの日常とのかかわりにも言及しており,その点もバランスがよく,入門としての興味を喚起する仕掛けになると思われる.

出版社も気概があると賞賛せずにはおれない.「初学の編集者がわかるまで書き直した」という題からもわかるが,編集者がそもそも内容を把握せずに出版されることも多々ある理系の出版業界で,ここまで内容にコミットするのはまず無い.著者だって研究や教育,大学運営などで多忙な日々を過ごしているなか,そこまで編集者にしつこくされたら,正直なところしんどいと思われる.そこに食らいつく情熱が感じられるのだ.さらに下世話なことを言えば,424ページもあり,理系書なので,それほど売れない可能性だってあった本書を,この値段で出すというのは,かなりリスクもあったことも推察される.筆者は学生時代にファインマン,メシア,ディラックで量子力学を学んだ.もっと人気だった他の教科書の値段が高く買えなかったことを思い出した.値段も重要な要素だ.

本書の類書についても検討する.丁寧に量子力学で使う数学や思想に入門できるものと言えば朝永振一郎『量子力学』(みすず書房)を思い出す.丁寧な背景説明があるが,理系のプロ向けだ.少なくとも数学のバックグラウンドは仮定されている.数学者で朝永の『量子力学』がわかりやすいと述べる方もいるが,数学の知識が少ない初学者にはハードルは高い.サスキンドの『スタンフォード物理学再入門量子力学』(日経BP社)は,数学の前提知識が低く設定されているが,本書ほど本格的に入門することはできない.他にもあまたの量子力学の啓発書は存在するが,本格的な計算を行う入門は無いだろう.もちろん,量子力学を深く学ぶには,本書には未掲載の内容は多いので,発展的な教科書に進む必要もあるが,大学1,2年生や高校生が最初に計算できるレベルで入門するには比類なき存在と言えるだろう.

本書の表紙がソルベイ会議の写真なのであるが,量子力学100歳でようやく大衆に普及する機会を得ることになったことを宣言しているように感じてしまう.是非日本の全ての高校の図書館の目立つ場所に本書を設置し,量子物理の次世代を担う物理学徒育成に役立てて欲しいと願うばかりだ.

(2025年11月4日原稿受付)

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分子の対称性と群論入門;点群の指標表と応用

中田宗隆 著

裳華房,東京,2025,vii+190p,21 cm × 15 cm,2.860円[専門・大学院向]ISBN 978-4-7853-3531-1

紹介者:飯田進平〈都立大〉

物理学を専攻していた学生時代,量子力学の講義で群論という言葉をしばし耳にすることはあった.しかし,当時の私にとって群論は知っておくと便利らしいけれど,自分には関係のない難しい数学的理論という印象にすぎなかった.群論を学ぶために,参考書を手に取っても,結論や公式が先に示され,あげく途中の論理は自明として省略されていることが多かった.そのため,曖昧な理解のまま式を追って,結局よくわからないまま学ぶのを辞めた覚えがある.そうした経験から,群論はどこかとっつきにくい学問だという印象が残っていた.

中田宗隆著『分子の対称性と群論入門;点群の指標表と応用』は,そうした学生時代のもどかしさを解消してくれる良書だと思う.本書の大きな特徴は,誤読を防ぐために表記や定義の細部まで丁寧に整理されている点である.対称操作の記号の意味や群の積の順序,点群の指標表のラベルの付け方や読み方など,普通なら省略されてしまうような部分にもきちんと説明がある.そのため,読んでいて途中でこれはどういう意味だったっけと迷うことがあまりない.文章や数式も整っており,著者のこだわりが伝わってきた.

特に印象に残ったのは,点群の指標表の理解を高度な数学ではなく,対称操作による物理量の向きの変化を図で示して視覚的に理解できるように試みている点である.たとえば反転や鏡映といった操作を実際にベクトルに作用させ,その向きの変化を図で追っていくことで,指標表がどのような意味を持つのかが直感的にわかるようになっている.こうした説明によって,確かに指標表を視覚的に理解することができた.群論を初めて学ぶ方に配慮されたとてもわかりやすい構成だと思う.
本書の後半では,群論の考え方を使って実際に振動スペクトルや原子・分子軌道の電子構造などの理解を深める内容が紹介されている.単なる数学的理論として終わらず,群論が量子力学を理解するうえでなぜ必要なのか,どう役に立つのかを理解できるのも魅力である.

私自身,この本を通して学生時代に感じていた群論への苦手意識をかなり払拭することができた.原子や分子の電子軌道やスピン角運動量の対称性,あるいは電子遷移の選択律など多くの現象をより深く理解できるようになった.さらに,「群論は自然界の秩序を表す言語」という言葉の意味を初めて実感することができた.

最後に中田宗隆著『分子の対称性と群論入門;点群の指標表と応用』は,群論を初めて学ぶ学生にも,もう一度基礎から見直したい私のような研究者にもお勧めの良書である.

(2025年11月10日原稿受付)

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