論文賞

第18 回論文賞受賞論文

本年度の日本物理学会第18回論文賞は論文賞選考委員会の推薦に基づき、本年3月8日に開催された第556回理事会において次の5編の論文に対して与えられました。

論文題目 Improved Frequency Measurement of a One-Dimensional Optical
Lattice Clock with a Spin-Polarized Fermionic 87Sr Isotope
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn.Vol.75 (2006) 104302
著者氏名 Masao TAKAMOTO (高本 将男),
Feng-Lei HONG (洪 鋒雷),
Ryoichi HIGASHI (東 亮一),
Yasuhisa FUJII(藤井 靖久),
Michito IMAE (今江 理人),
and Hidetoshi KATORI (香取 秀俊)
授賞理由  本論文は、レーザー光と原子の相互作用を巧みに利用して、究極の周波数標準となる原子集団を用意できることを実証したものである。具体的には、光の定在波によって生じる周期的なポテンシャル場(光格子)に極低温のフェルミオン同位体のストロンチウム原子を閉じこめ、ドップラー効果や原子衝突による周波数シフトを除去出来ることを示した。
  原子やイオンを冷却トラップし、熱運動を除去し、遷移周波数を精密に計測する技術は長年研究が行われて来た。本論文の著者である、香取秀俊博士のグループは、ストロンチウム原子に着目し、遷移強度の弱いスピン禁制遷移を用いるレーザー冷却法を開発し、マイクロケルビン以下という極低温に急速冷却できることを示した(H. Katori et al. Phys. Rev. Lett.82,1116(1999))。この禁制遷移の光シュタルク効果において、特別な波長を用いると遷移の上準位と下準位のシフトを相殺することが出来、遷移周波数シフトのない光トラップを形成できることを見いだしている(H.Katori et al. J.Phys.Soc.Jpn 68,2479(1999):日本物理学会第6回論文賞)。この原理を利用して光格子を形成し、原子をトラップすると、ドップラー効果が抑制された同一の遷移周波数を持つ多数の原子集団を用意できる。この原子集団を用いると、極めて精密な周波数計測を短時間に行うこと出来、優れた周波数標準となることを提案した。これが光格子時計とよばれる技術である。これが著者等により実証されると(M.Takamoto et al. Nature 435 03541(2005))、直ちに世界の注目を集め、その後多数のグループがこの手法を用いて原子時計の開発を進めている。 
  本論文は、スピン偏極フェルミ粒子を使ってパウリの排他律による原子間衝突を抑制し、現在広く使われている光格子時計の最終形を初めて実現した。この論文に示されたデータは、当時世界最高精度であり、他のグループの結果が誤差の範囲内に見事に収まり、この手法の周波数標準技術としての実用性を実証したものである。
  この論文が受理された直後に行われた国際度量衡委員会において、「秒」の2次表現としてストロンチウムの光格子時計が選定されているが、本論文はその根拠となるデータを提供したものである。本論文が出版されてから6年以上経過しているが、「秒」の定義を書き換える可能性を有する光格子時計の実証という記念碑的な成果を報告した重要な論文であり、日本物理学会論文賞に相応しい論文である。
論文題目 Evolution from Itinerant Antiferromagnet to Unconventional Superconductor with Fluorine Doping in LaFeAs(O1-xFx) Revealed by 75As and 139La Nuclear Magnetic Resonance
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn.  Vol. 77  No. 7 (2008) 073701
著者氏名 Yusuke NAKAI (中井 祐介),
Kenji ISHIDA (石田 憲二),
Yoichi KAMIHARA (神原 陽一),
Masahiro HIRANO (平野 正浩),
and Hideo HOSONO (細野 秀雄)
授賞理由 本論文は、2008 年2 月に細野らによるLaFeAs(O,F)における超伝導発見第一報が出版されて間もなく、極めて早い時期(2008 年5 月に受理)に出版された核磁気共鳴実験に関する報告である。この超伝導体の発見当初は、鉄を含むことから強磁性的なスピン揺らぎによるスピントリプレットのp 波超伝導の可能性が提案されていたが、本論文はAs およびLa 核を用いた詳細な核磁気共鳴実験により、強磁性ではなく反強磁性スピン揺らぎが重要であることを初めて明確に示した。初めに、フッ素置換がなされていない母物質が高い転移温度を持つ遍歴電子反強磁性体であることを確認し、フッ素置換とともに反強磁性秩序が抑制され超伝導状態に移行することを明らかにした。さらに、超伝導状態において、単純なs 波超伝導に期待される核スピン-格子緩和率のコヒーレンスピークが存在しないことを確認し、超伝導ギャップにノードを有する非従来型の超伝導が実現されていることを示した。
その後、他の鉄系超伝導体において異なる超伝導ギャップ構造が指摘されたが、鉄系超伝導体ではその結晶構造、置換濃度に応じて様々なギャップ構造を有することが最近の研究から明らかになっている。またその超伝導発現機構については、磁気揺らぎや軌道の揺らぎの可能性が提案され、解明を目指した活発な実験・理論の研究が進められている。
著者らは、鉄系超伝導体の発見直後からその重要性を認識し、迅速に実験を行い、鉄系超伝導における重要な結果を短期間のうちに報告した。多数の被引用回数にも表れているように、その後の鉄系超伝導研究の方向付けをした先駆的な研究として世界的に高い評価を得ている。従って、本論文は日本物理学会論文賞に値するものであると評価できる。
論文題目 Surface Majorana Cone of the Superfluid 3He B Phase
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. 80 (2011) No.1, 013602
著者氏名 Satoshi MURAKAWA(村川 智),
Yuichiro WADA(和田 雄一郎),
Yuta TAMURA(田村 雄太),
Masahiro WASAI(和才 将大),
Masamichi SAITOH(斎藤 政道),
Yuki AOKI(青木 悠樹),
Ryuji NOMURA(野村 竜司),
Yuichi OKUDA(奥田 雄一),
Yasushi NAGATO(長登 康),
Mikio YAMAMOTO(山本 幹雄),
Seiji HIGASHITANI(東谷 誠二),
and Katsuhiko NAGAI(永井 克彦)
授賞理由   超流動3Heではスピン3重項のp波対の凝縮が起こっていて、特にそのB相では、バルクの準粒子励起のエネルギー・ギャップは完全に開いている。しかし、表面で鏡面的に反射が起こる理想的なケースでは表面近傍に準粒子の束縛状態が形成され、そのエネルギーは面に平行な運動量成分の絶対値に比例し、面に平行な運動量成分がゼロのときはエネルギーがゼロになるという特徴を持つことが理論的に分っている。このような分散関係を持つ励起をMajorana状態といい、その特徴から分散関係はMajorana coneとよばれている。  
  本論文の著者たちは3Heの表面状態を横波音波のインピーダンスを通して調べる研究をしばらく前から行ってきた。そして、3Heの表面に4Heをコートすると表面での準粒子の散乱をより鏡面的にできることに着目し、4Heのコートを調整し、表面のspecularity S(完全な鏡面散乱のときS=1をとる)を変えて横波音波のインピーダンスを調べたところSを0.78まで1に近付けると顕著になるピークを見出した。共著者の理論グループの結果とくらべると、そのピークは表面のMajorana束縛状態に起因すると推論できる。  
  この論文でMajorana coneが完全に示されたわけではないが、そう考えて問題がない結果を得ている。この論文の結果は、実験、理論各グループの研究者たちがかなり長い期間の粘り強い共同研究を通して得たものであり、物理学会論文賞に十分値するすぐれた研究であると判定する。
論文題目 Identification of 45 New Neutron-Rich Isotopes Produced by In-Flight Fission of a 238U Beam at 345 MeV/nucleon
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. Vol. 79, No.7, 073201 (2010)
著者氏名 Tetsuya OHNISHI(大西 哲哉),
Toshiyuki KUBO(久保 敏幸),
Kensuke KUSAKA(日下 健祐),
Atsushi YOSHIDA(吉田 敦),
Koichi YOSHIDA(吉田 光一),
Masao OHTAKE(大竹 政雄),
Naoki FUKUDA(福田 直樹),
Hiroyuki TAKEDA(竹田 浩之),
Daisuke KAMEDA(亀田 大輔),
Kanenobu TANAKA(田中 鐘信),
Naohito INABE(稲辺 尚人),
Yoshiyuki YANAGISAWA(柳澤 善行),
Yasuyuki GONO(郷農 靖之),
Hiroshi WATANABE(渡邉 寛),
Hideaki OTSU(大津 秀暁),
Hidetada BABA(馬場 秀忠),
Takashi ICHIHARA(市原 卓),
Yoshitaka YAMAGUCHI(山口 由高),
Maya TAKECHI(武智 麻耶),
Shunji NISHIMURA(西村 俊二),
Hideki UENO(上野 秀樹),
Akihiro YOSHIMI(吉見 彰洋),
Hiroyoshi SAKURAI(櫻井 博儀),
Tohru MOTOBAYASHI(本林 透),
Taro NAKAO(中尾 太郎),
Yutaka MIZOI(溝井 浩),
Masafumi MATSUSHITA(松下 昌史),
Kazuo IEKI(家城 和夫),
Nobuyuki KOBAYASHI(小林 信之),
Kana TANAKA(田中 佳奈),
Yosuke KAWADA(河田 鷹介),
Naoki TANAKA(田中 直樹),
Shigeki DEGUCHI(出口 茂樹),
Yoshiteru SATOU(佐藤 義輝),
Yosuke KONDO(近藤 洋介),
Takashi NAKAMURA(中村 隆司),
Kenta YOSHINAGA(吉永 健太),
Chihiro ISHII(石井 千尋),
Hideakira YOSHII(吉井 秀彬),
Yuki MIYASHITA(宮下 雄樹),
Nobuya UEMATSU(植松 暢矢),
Yasutsugu SHIRAKI(白木 恭嗣),
Toshiyuki SUMIKAMA(炭竃 聡之),
Junsei CHIBA(千葉 順成),
Eiji IDEGUCHI(井手口 栄治),
Akito SAITO(斉藤 明登),
Takayuki YAMAGUCHI(山口 貴之),
Isao HACHIUMA(八馬 功),
Takeshi SUZUKI(鈴木 健),
Tetsuaki MORIGUCHI(森口 哲朗),
Akira OZAWA(小沢 顕),
Takashi OHTSUBO(大坪 隆),
Michael A. FAMIANO,
Hans GEISSEL,
Anthony S. NETTLETON,
Oleg B. TARASOV,
Daniel P. BAZIN,
Bradley M. SHERRILL,
Shashikant L. MANIKONDA,
Jerry A. NOLEN
授賞理由   本論文は、理化学研究所仁科加速器研究センターのRIビームファクトリー(RIBF)において行われた、未知の新放射性同位元素(RI)の探索実験に関するものである。実験は、RIBFの超伝導サイクロトロンによって光速の70%まで加速されたウランビーム(U-238)を標的に照射し、ウランの核分裂反応よって生成されるRIを、超伝導RIビーム分離生成装置(BigRIPS)を用い、収集・分離し、精緻な解析により高分解能粒子識別(同定)を達成することによりなされた。その結果、マンガン(原子番号25)からバリウム(原子番号56)に至る、安定線から遠く離れた中性子過剰領域の45種の新RIを発見した。さらにRI一つ一つの生成断面積も実験的に求めた。  
  今回発見した新RI には、宇宙における鉄より重い元素の生成に重要な役割りをすると考えられている、r-プロセスと呼ばれる元素合成過程に関与するRI が多く含まれている。その中で特に、パラジウム‐128(原子番号46、中性子数82)は中性子数が82 の魔法数をもったRIでその存在が特に注目されていた。  
  本論文のインパクトは、J. Phys. Soc. Jpn. のMost Cited Articles in 2011 from Vol. 79 (2010) に選ばれたことからも明らかである。  
  日本の原子核物理学の実力を世界に示すとともに、RIBFでのRIビーム実験の先駆けとなった本論文は日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。
論文題目 On the Moduli Space of Elliptic Maxwell-Chern-Simons Theories
掲載誌 Prog. Theo. Phys. Vol.120, No.3, pp.509-523 (2008)
著者氏名 Yosuke IMAMURA (今村洋介) and Keisuke KIMURA (木村圭助)
授賞理由   重力を含む統一理論の最有力候補は超弦理論であり、双対性などに基づき超弦理論のさまざまな側面をひとつの統一的な理解にまとめるものとして提案されたのがM理論である。しかし、低エネルギーでの有効理論が11次元超重力理論で記述されるなど、断片的な記述はあるが、まだM理論の理解は十分進んでいない。その大きな理由のひとつは、M理論の最も基本的な構成要素であるM2ブレーンと呼ばれる膜状の物体を正確に定式化することができていない点にある。近年、M2ブレーンを定式化する試みが進展し、Nが6またはそれ以上の高い超対称性と共形不変性を持つBLG模型やABJM模型が提唱された。これらは背景時空がオービフォールドとなっている場合のM2ブレーンであると考えられるが、高い超対称性に起因する制限のために、進展は限られていた。
  本論文では、摂動論的な超弦理論でよく理解できているDブレーン上の有効理論としてのN=3超対称チャーン・サイモン・ゲージ理論を用い、さらに双対性を用いて、ABJM模型に含まれない更に一般のオービフォールド上のM2ブレーンを記述することを可能にした。Dブレーンの配位とゲージ理論によってM2ブレーンを記述する方法を更に推し進めた点で意義の大きな論文である。6またはそれ以上という高い超対称性を要求すると、理論への制限が大き過ぎてM2ブレーンの存在する空間のバラエティが少なくなるが,赤外領域でN=4超対称性だけを要求した場合はより多くの自由度が得られると同時に、超対称性のおかげで厳密な取り扱いができる。このように、適切な着眼で優れた結果を得ている点が評価できる。同じころに出た他の論文と比して、一般化した結果をいち早く提案した点でも世界的に高く評価され、すでに数多くの論文で引用されている。
  以上のように,世界的にも注目を集めた本論文はM理論・超弦理論を解明する一歩となる優れた研究であり,日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。

日本物理学会第18回論文賞授賞論文選考経過報告

日本物理学会 論文賞選考委員会*

  選考委員会は2012 年年末に発足,同時に第18 回論文賞には16 件、14 論文の推薦があった旨物理学会事務局より報告があった。 委員長と委員が合議の上、各推薦論文には査読担当委員および 外部レフェリー各1 名に閲読をお願いすることとした。
  外部レフェリーの査読結果は2 月25 日開催の選考委員会までに文書により提出された。 選考委員会(欠席1 名)においては、各担当委員より各論文の説明とそれに対する評価が、外部レフェリーの 閲読結果も交えて紹介された。 その後選考委員による様々な観点からの意見交換がなされた。 審議の過程では、各々の論文の独自性やインパクトなどを評価するようにし、選考委員会出席の委員が「優れている」と判断した論文を選んだ。
  この際,規定期間以前に出版された論文については、慎重に議論し、原則を尊重しつつ、「論文の重要性が顕著であること」を出席委員全員が認め、受賞論文としてふさわしいと判断した。
以上の経過を経て上記5編の論文が日本物理学会論文賞にふさわしいものとして決定された。


*日本物理学会第18回論文賞選考委員会

委員長:酒井 英行
副委員長:五神 真
委員:伊藤 公孝、小玉 英雄、駒宮 幸男、坂井 典佑、佐藤 英行、斯波 弘行、広井 善二(50 音順)