論文賞

第21 回(2016年)論文賞授賞論文

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本年度の日本物理学会第21回論文賞は論文賞選考委員会の推薦に基づき、本年2月20日に開催された第594回理事会において次の5編の論文に対して与えられました。

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初田選考委員会委員長による選考経過報告 藤井会長より表彰状を授与される受賞者

論文題目 Metal-Insulator Transitions in Pyrochlore Oxides Ln2Ir2O7
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. 80, 094701 (2011)
著者氏名 Kazuyuki Matsuhira, Makoto Wakeshima, Yukio Hinatsu, and Seishi Takagi
授賞理由 電子相関と強いスピン軌道相互作用の競合・協奏による多彩な電子相の出現は,近年の凝縮系物理学におけるひとつの大きな主題であり,強相関電子物性分野だけでなく,量子輸送やいわゆるトポロジカル相の物理など,幅広い物性分野の研究者から注目を集めている。本論文は,そのような研究の礎のひとつを築いたものである。
著者らは本論文に先立ち,パイロクロア形イリジウム酸化物Ln2Ir2O7(Lnは希土類元素)の温度変化に伴って金属絶縁体転移が起こる例を見出していたが,本論文ではさらに系統的に希土類元素依存性を調べ,その結果を希土類金属のイオン半径をパラメータとする電子相図にまとめて報告した。このいわゆる"松平"相図は主に理論家によって,電子相関と強いスピン軌道相互作用と競合の問題として捉え直され,トポロジカルモット絶縁体や磁性により時間反転対称性を破ることによって生じるワイル半金属状態といった,エキゾチックな電子相の予言につながることとなった。こうしてパイロクロア形イリジウム酸化物を舞台とした物性研究が,世界的に活発に進められるようになった。
このように、本論文は精緻な実験と物理的な理解を進めるデータ解析により,理論と実験の両方を刺激して新しい電子相研究の基盤となったものであり,日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。
論文題目 SmB6: A Promising Candidate for a Topological Insulator
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. 80, 123710 (2011)
著者氏名 Tetsuya Takimoto
授賞理由 SmB6は電子相関の強い近藤絶縁体と呼ばれる物質の例として古くから知られている。トポロジカル絶縁体概念の出現以降、SmB6が同時にトポロジカル絶縁体になっているのではないか、すなわち多体効果によって有限なトポロジカル数が付与されているのではないか、という予想がなされていた。本論文で著者は、第2近接までの影響を取り入れた強束縛近似(周期アンダーソン模型)をバンド計算結果を再現するように構成し、強相関効果を取り入れる信頼度の高い理論モデルを開発し、これに基づいてZ2トポロジカル数を計算して、これが1であってトポロジカル絶縁体になっているということを示した。
この論文は、近藤絶縁体について初めて具体的にトポロジカル数を計算したものであり、更にトポロジカル絶縁体の一般的性質である金属的な伝導を持つ表面状態の存在を示し、実験で長い間謎とされてきた低温での残留伝導度およびその磁場応答について理論的な説明を与えた。この論文の結果は、その後多くのより簡便な理論モデル開発の基礎となった。この論文が動機となって詳細な低温電気伝導の実験、また角度分解光電子分光の実験などが行われ、結果の物理的な正しさが証明されるに至っている。電子相関の強いトポロジカル絶縁体の問題は、固体物理の重要な問題として今後ますます深い理解が求められ、本論文の注目度も高くなると予想される。
以上のように、本論文は長年の実験的な問題、理論的な問題の双方に解決を与え、多くの新たな研究の動機付けとなっており、日本物理学会論文賞に相応しいものである。
論文題目 Superconductivity Induced by Bond Breaking in the Triangular Lattice of IrTe2
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. 81, 053701 (2012)
著者氏名 Sunseng Pyon, Kazutaka Kudo, and Minoru Nohara
授賞理由 近年の超伝導研究は、電子格子相互作用に基づくBCSメカニズムを越える新たなメカニズムの探求に多くのエネルギーが割かれてきた。銅酸化物の高温超伝導は、その典型例である。しかしながらフォノン以外のメカニズムについては、多くの理論的提案があるものの、実験的確証が得られたものは少ない。
本論文は、層状遷移金属化合物IrTe2に僅か3.5%のPtをドープすることで超伝導が発現することを報じたものである。IrTe2は高温でIr-Irの2量体形成を伴う特異な構造相転移を示すことが知られていたが、著者らはPt置換によってIr-Ir化学結合を切断することで、超伝導を発現させた。電子を局在させる何らかの秩序状態を抑制することで、超伝導が発現する仕組みは、多くのエキゾチック超伝導体に共通するものであり、"量子臨界点近傍"の量子揺らぎを媒介としたクーパー対形成がなされると考えられている。この考えに基づけば、Irの軌道秩序による構造相転移が消失したときに出現した本物質の超伝導は、軌道揺らぎを媒介としたものである可能性がある。新しい超伝導メカニズムの可能性を示唆した論文として、その価値は高く評価できる。
その他、化学結合の切断によって超伝導化するという物質設計指針を示した点、広い5pバンドを有するテルル化物は単純な金属になるという従来の常識を覆し、重遷移金属の5dバンドとの混成による新たな物性開拓の可能性を示した点など、本論文は後の研究に大きな影響を与えたものであり、日本物理学会論文賞に相応しい業績と認められる。
論文題目 Observation of tau neutrino appearance in the CNGS beam with the OPERA experiment
掲載誌 Prog. Theor. Exp. Phys. 2014, 101C01 (2014)
著者氏名 OPERA Collaboration
N. Agafonova, A. Aleksandrov, A. Anokhina, S. Aoki, A. Ariga, T. Ariga, T. Asada, D. Bender, A. Bertolin, C. Bozza, R. Brugnera, A. Buonaura, S. Buontempo, B. Büttner, M. Chernyavsky, A. Chukanov, L. Consiglio, N. D'Ambrosio, G. de Lellis, M. de Serio, P. Del Amo Sanchez, A. Di Crescenzo, D. Di Ferdinando, N. Di Marco, S. Dmitrievski, M. Dracos, D. Duchesneau, S. Dusini, T. Dzhatdoev, J. Ebert, A. Ereditato, R. A. Fini, T. Fukuda, G. Galati, A. Garfagnini, G. Giacomelli, C. Goellnitz, J. Goldberg, Y. Gornushkin, G. Grella, M. Guler, C. Gustavino, C. Hagner, T. Hara, T. Hayakawa, A. Hollnagel, B. Hosseini, H. Ishida, K. Ishiguro, K. Jakovcic, C. Jollet, C. Kamiscioglu, M. Kamiscioglu, T. Katsuragawa, J. Kawada, H. Kawahara, J. H. Kim, S. H. Kim, N. Kitagawa, B. Klicek, K. Kodama, M. Komatsu, U. Kose, I. Kreslo, A. Lauria, J. Lenkeit, A. Ljubicic, A. Longhin, P. Loverre, M. Malenica, A. Malgin, G. Mandrioli, T. Matsuo, V. Matveev, N. Mauri, E. Medinaceli, A. Meregaglia, M. Meyer, S. Mikado, M. Miyanishi, P. Monacelli, M.C. Montesi, K. Morishima, M. T. Muciaccia, N. Naganawa, T. Naka, M. Nakamura, T. Nakano, Y. Nakatsuka, K. Niwa, S. Ogawa, N. Okateva, A. Olshevsky, T. Omura, K. Ozaki, A. Paoloni, B. D. Park, I. G. Park, L. Pasqualini, A. Pastore, L. Patrizii, H. Pessard, C. Pistillo, D. Podgrudkov, N. Polukhina, M. Pozzato, F. Pupilli, M. Roda, T. Roganova, H. Rokujo, G. Rosa, O. Ryazhskaya, O. Sato, A. Schembri, I. Shakiryanova, T. Shchedrina, A. Sheshukov, H. Shibuya, T. Shiraishi, G. Shoziyoev, S. Simone, M. Sioli, C. Sirignano, G. Sirri, M. Spinetti, L. Stanco, N. Starkov, S. M. Stellacci, M. Stipcevic, P. Strolin, S. Takahashi, M. Tenti, F. Terranova, V. Tioukov, S. Tufanli, A. Umemoto, P. Vilain, M. Vladimirov, L. Votano, J. L. Vuilleumier, G. Wilquet, B. Wonsak, C. S. Yoon, I. Yaguchi, M. Yoshimoto, S. Zemskova and A. Zghiche
授賞理由 ニュートリノ振動とは、特定のフレーバー(電子型、ミューオン型、タウ型のいずれか)のニュートリノが時間とともに別の種類のニュートリノに周期的に変換する現象をいう。実験のタイプとしては、生成されたフレーバーのニュートリノ数がある距離を飛行した後に減少したことを観測する振動減少実験と、ある距離を飛行した後に別のフレーバーのニュートリノが生じたことを直接観測する振動生成実験がある。本研究論文では、国際共同実験OPERAの振動生成実験により、ミューオンニュートリノビーム中にタウニュートリノが有意な信頼度で生じたことを確立した結果が報告されている。他の振動生成実験としては、ミューオンニュートリノが電子ニュートリノに振動したことを観測した日本のT2K実験があるのみである。
2015年のノーベル物理学賞の対象は大気ニュートリノや太陽ニュートリノなど自然界からのニュートリノであったが、本研究では加速器で生成したミューオンニュートリノが使用された。欧州ジュネーブにあるCERNのCNGSビームラインを用いてミューオンニュートリノのビームを生成し、それらを732km離れたイタリアのGran Sasso研究所で検出する。それらのデータの中に、過去に発表されたデータを含め、タウニュートリノの存在を示す合計4事象を観測した。これにより、ミューオンニュートリノからタウニュートリノへの振動現象を4.2シグマの統計的信頼度で初めて確立した。この実験における挑戦的課題は、多くのミューオンニュートリノ背景事象から、短い飛行距離しかないタウレプトンを通してタウニュートリノ事象を選別することであった。このため、高い位置精度で短い飛跡も測定できる原子核乾板技術が採用されたが、これは名古屋大学を中心とするグループが長年開発し続けている独創的な実験測定技術であり、これ無くしてはこの実験は実現できなかった。
以上のように,本論文は、ミューオンニュートリノからタウニュートリノへの振動現象が4.2シグマの信頼度で確立したものであり、素粒子物理学における重要な課題であるニュートリノ質量やニュートリノ振動の解明を進めたものとして、日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。
論文題目

The Nature of Primordial Fluctuations from Anisotropic Inflation
掲載誌 Prog. Theor. Phys. 123, 1041 (2010)
著者氏名 Masa-aki Watanabe, Sugumi Kanno and Jiro Soda
授賞理由 インフレーション宇宙のシナリオは、宇宙の一様性と等方性を説明するものと考えられてきた。近年の宇宙背景輻射の詳細な観測によって、宇宙の晴れ上がり時期の地平線を超えた距離においても宇宙背景輻射の温度揺らぎが相関を持つことが明らかとなり、初期宇宙における加速膨張 (インフレーション)の存在はほぼ確実となった。一方、これまで数多くのインフレーション模型が提唱されているが、観測可能な物理量の数が限られていたため、現在のところ特定の模型が選択されるには至っていない。2008年頃より、本論文の著者達によって、一様だが非等方性が減衰しない非等方インフレーションが可能であることが指摘され、インフラトンとベクトル場が結合した整合的な非等方インフレーション模型が初めて構築された。さらに、インフレーション時に生成されるゆらぎを宇宙背景放射や重力波を用いて観測することにより、インフレーションの背後にある基礎理論についての情報を得る可能性が明らかにされた。
本論文は、非等方インフレーション模型の観測的予言を定量的に計算した最初の論文であり、非等方インフレーションによりスカラー型・ベクトル型・テンソル型ゆらぎの間の変換、曲率ゆらぎと原始重力波の相関、原始重力波の偏光など、将来観測可能な興味深い効果が生み出されることが予言されている。論文発表後、WMAP 観測に続き、Planck 衛星による CMB 観測でもゆらぎの非等方性を示唆する結果が得られ、非等方インフレーション模型は大きな注目を集めるようになった。本論文は,今後の宇宙背景放射偏光観測や重力波観測によるインフレーション研究におけるマイルストーンとして,今後もその重要性が増すと考えられ、日本物理学会論文賞として相応しい業績である。本論文の発表は2010年で5年以上経過しているが、その重要性は顕著である。

日本物理学会第21回論文賞授賞論文選考経過報告

日本物理学会第21回論文賞選考委員会*

本選考委員会は2015年6月の理事会において構成された。日本物理学会論文賞規定に従って、関連委員会等に受賞論文候補の推薦を求め、11月下旬の締め切りまでに、25件18編の論文の推薦を受けた。18編の論文については、原則として選考委員1名と外部委員1名の2名による閲読を依頼したが、選考委員に適任者が見当たらないものについては外部委員2名に閲読を依頼した。
2016年2月13日の選考委員会では全選考委員が出席し受賞候補論文の選考を進めた。それまでに提出されていた閲読結果に基づき、各論文の業績と物理学における貢献について詳細に検討した。その際、対象論文の発表された時期及び種別について、論文賞規定に記述されている原則と例外規定についても検討がなされた。その結果、上記5編の論文が第21回日本物理学会論文賞にふさわしい受賞候補論文であるとの結論を得て理事会に推薦し、同月の理事会で正式決定された。


*日本物理学会第21回論文賞選考委員会

委員長:初田哲男
副委員長:常行真司
幹事:柴田利明
委員:太田隆夫, 梶田隆章, 勝本信吾, 加藤礼三, 久野良孝, 田口善弘,田島節子, 平野琢也, 細谷裕