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2016年ノーベル物理学賞は、「トポロジカル相転移および物質のトポロジカル相の理論的発見」の業績により、David J. Thouless教授(ワシントン大学、アメリカ合衆国)、F. Duncan M. Haldane教授(プリンストン大学、アメリカ合衆国)、J. Michael Kosterlitz教授(ブラウン大学、アメリカ合衆国)の3氏が受賞することに決定。(10/4,5分更新)

【解説】

物質は、たとえば水(H2O)が温度の違いによって氷(固体)・水(液体)・水蒸気(気体)とその姿を変えるように、温度や圧力等の条件によって様々な異なった状態を取る。これらは物質の「相」と呼ばれる。また、液体の水が摂氏零度で凍って固体の氷に変わるように、ある相が別の相に移るときには急激な変化をともなう。このような急激な変化は「相転移」と呼ばれる。今年のノーベル物理学賞を受賞するサウレス、ハルデーン、コスタリッツの3博士は、数学的な「トポロジー」概念に立脚し、自然界における新しいタイプの相と相転移の存在を理論的に見出し、人類の物質観に新たな視点を提供した。

数学分野のトポロジーとは、連続的な変形によって影響されない図形の「不変な」指標に着目するものである。たとえばドーナツやコーヒーカップには穴が1つあるが、野球のボールには穴はない。この場合の1と0という不連続な指標は変形によって変化しない。物質の「トポロジー的な(=トポロジカルな)」性質も、物質の状態が連続的に変化しても、その変化に影響されない「不変な」指標を与える。3氏は、このような物質のトポロジカルな性質を見出し、それに着目することにより、様々な物質が示す相と相転移に関する我々の理解を飛躍的に深化させた。さらに新たな相や相変化の発見に導く理論的基礎を築いた。1970年代初期に、コスタリッツ博士とサウレス博士は共同で、超流動体、超伝導体、磁性体の薄膜等が、当時知られていなかったタイプの「トポロジカルな相転移」(コスタリッツ-サウレス転移)を示すことを明らかにし、薄膜では相転移は起きないであろうという考えが主流であった当時の学界に大きな驚きを与えた。この理論では、トポロジカルな存在である「渦」状の励起が決定的な役割を果たしている。両氏による理論的な予言は実験によって確認され、その後の相転移概念の拡大につながった。またサウレス博士は1980年代に、強磁場下の半導体界面のホール伝導度が物理定数の組み合わせで得られるある値の整数倍の値しか取らない― 即ち「量子化されている」― という実験結果(量子ホール効果)を、背後に存在する電子系のトポロジー的な性質を明らかにすることによって解明した。ハルデーン博士は、比較的単純な平面状のモデルを用いて、磁場がなくても量子ホール効果が実現されうることを理論的に示した。また、ハルデーン博士は、量子効果を受ける鎖状の磁性体において、磁性体の構成要素である「スピン」自由度に由来したトポロジー的な性質が磁性体の低温での性質に顕著な影響を与えることを理論的に見出した(ハルデーン予想)。その後の実験によりハルデーン博士の理論的予想が確認され、強い量子効果を受ける磁性体に関するその後の研究の発展の端緒となった。

3氏の理論的仕事は薄膜(2次元)や鎖状(1次元)のような「低次元」物質に関するものであったが、その後の研究の進展により、今や多くの「3次元」物質においてもトポロジカルな相や相転移が重要な役割を果たすことが明らかになってきた。この点で、3氏の業績は、現在非常に活発に研究されているトポロジカル絶縁体の研究の礎となったといえる。量子コンピュータを含む将来のエレクトロニクス・超伝導技術への応用に向けた期待もあるが、何よりも、自然界における物質のエキゾチックな存在形態に対し新しい光を当てたという意味で、我々の物質観に大きな影響を与えた特筆すべき成果と言えよう。
(大阪大学大学院理学研究科 川村光)

【受賞理由に関連した過去の日本物理学会誌記事】

1. 「トポロジカル秩序とベリー位相」 初貝安弘 (2013) 68巻1号

2. 「2次元超流体の渦と相転移」 恒藤敏彦 (1980) 35巻6号

3. 「微小トンネル接合のネットワークにおけるKosterlitz-Thouless転移」
 神田晶申, 八木隆多, 山田廉一, 小林俊一 (1995) 50巻8号

4. 「微小接合をならべると」 勝本信吾 (1995) 50巻8号

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日本物理学会は,今後,受賞業績に関する情報をホームページ,日本物理学会誌を通して発信していく予定です。また,受賞理由のより詳しい解説がノーベル財団のサイトで見られます。