会誌Vol.66(2011)「新著紹介」より

このページでは、物理学会誌「新著紹介」の欄より、一部を、紹介者のご了解の上で転載しています。ただし、転載にあたって多少の変更が加わっている場合もあります。また、価格等は掲載時のもので、変動があり得ます。

プラズマ物理学; 基礎物理からプラズマ工学へ

原著者:東辻浩夫

朝倉書店,東京,2010, ix+184 p, 21×15 cm, 本体3,200円(物理の考え方4)[学部向]
ISBN 978-4-254-13744-6

紹介者:高 橋   努(日大理工)

物理学を学んだ学部生向けのプラズマ物理学の教科書を捜していた時に出会ったのが本書である.プラズマ物理学の教科書と言えば,核融合やプラズマの工学的な応用を念頭においた教科書がほとんどである.本書を一読してみると,それらの本と異にするところを数多く感じられ,プラズマ物理学の学問大系の広さに驚かされた.本書は,三部から構成される. Iプラズマ物理学入門, IIプラズマ中の波動, III強結合プラズマの世界である.この構成には,著者の本書の執筆に至った思いが感じられる.第一部では,力学,電磁気学,熱・統計物理学,原子物理学,物理数学など基礎知識を基にプラズマの性質の解説が行われる.第二部では,プラズマを誘電体と見なした波動伝搬の解説が行われる.線形応答理論と物質中の電磁気学の概念を基に解説が進む.第三部は,プラズマ物理学の最新の話題である強結合プラズマが,統計,量子,物性物理学の基礎概念を基に展開される.驚かされることは,各章で採り上げられる話題の多彩さである.これは,著者のこれまでの研究経歴の広さに由来すると思われる.物質の4態としてのプラズマ状態,放電,プラズマプロセスのためのプラズマ生成法,日本語の教科書の題材としては皆無の非中性プラズマ,ダストプラズマ,イオントラップ,レーザー冷却,プラズマ結晶….核融合の話題ももちろん採り上げられているが第一部の中で,磁場閉じ込め,慣性閉じ込め,コラムでは,常温核融合まで紹介される.副題「基礎物理学からプラズマ工学へ」に掲げられているように,各章にも工夫が見られる.背景にある「物理の考え方」の説明から始まり,プラズマの話題へ展開し,最後には話題に関する応用の話へと発展する.そして各章末に用意される演習問題で完結する.問題は,式の導出のみならず,話題の背景にある物理を理解する課題,プラズマ工学への応用問題などが用意され,問題を解くことによって背景にある「物理の考え方」がさらに深められていく.この展開の中に,本書のシリーズ名になっている「物理の考え方」を理解させるという大きな流れが活きづいている.本書では,キーワードが太字で示されている.用語の定義のみならず背景の物理/数学の考え方も示され,初学者にもその流れを理解できるよう工夫がなされている.このように本書を,プラズマ理工学を初めて学ぶ学部生に必要となる「物理の考え方」を学ぶプラズマ物理学の教科書として,また,学部生がプラズマを題材として「物理学を総合的に理解する」ための演習書として使ってみてはいかがか.核融合プラズマの研究者には少々物足りなさを感じる方もおられると思うが,読んでみるとプラズマ物理学の奥深さが感じられる1冊ではないかと思う.
(2011年5月29日原稿受付)



ページの頭に戻る



量子の海,ディラックの深淵

原著者:グレアム・ファーメロ著,吉田三知世訳

早川書房,東京,2010, 564+56 p, 22×16 cm, 本体3,300円[学部・一般向]
ISBN 978-4-15-209160-4

紹介者:仲   滋 文(日大理工)

本書は内容も形態も大部な,参考文献・原注を含めて620頁のずっしと持ち重りのする本である.日本語の表題はやや表象的であるが,原題はより率直に THE STRANGEST MAN; The Hidden Life of Paul Dirac, Quantum Genius であり,これまで表に出ることの少なかった,ディラックの人間性と私生活に焦点を当てたものであることがわかる.本書の読者の多くは,すでにディラックの科学業績についての理解があり,著者の狙いが何であれ,本書から天才の閃きの秘密を知りたいと思う方ではないだろうか.本書は,その秘密を解き明かすヒントとなる家族間の葛藤,就学時代,研究者としての黎明期,天才性の発揮,研究上の競争,研究所・大学における立場,政治・宗教の信条,結婚生活,さらにはディラック自閉症説など,生涯にわたる興味ある話題が満載されている.著しいことに,本著ではディラックの科学論文を基本的に参考文献として扱わず,代わりに膨大な書簡の調査が “事実” を支えていて,この意味で本書はサイエンス・ノンフィクションを謳ったディラックの伝記である.さて,ディラックが工科系の中で数学を学び,物理で必須の知識を後追いで学んだことなどは,しばしば安易に独創的発想に結び付けて語られる.しかし本書は,その時代を豊富な書簡をもとに緻密な物語として再現して見せることにより,ディラックが奨学金を得てケンブリッジで研究を始めた頃には,既に何かやると期待される第1級の存在であった事実を,まず明らかにしている.これが1923年のことで,10年後に33歳でノーベル賞を受賞した件で本書にはまだ残り半分の章が控えており,そこにはQ.E.D. に抵抗をし続け,重い荷を担って長い坂を登る後半生が記載されている.この時代から,ディラックは自身の創造の秘密を語り始め,講演では「方程式の美しさ」を強調するようになる.しかし,ペンローズが「射影幾何学を学んだことが役立った」と言うディラックの真意を引き出そうとしても沈黙のみであったことが記載されていて, “秘密” の奥深さに唸ってしまう.本書の前半は比較的知られた内容であるが,最盛期の10年が少しずれていたらと言う「もし」の思いがよぎる.また,これまで知られなかった人間ディラックを掘り下げた後半部も大変に興味深く,読むに従い原題の“変人”が実は周囲の人達のように思われてくる.ともあれ,これほど膨大な原書をこなれた日本語で読めるようにして頂いた訳者には,感謝しなくてはならない.本書の本質が,著者の創作を交えた伝記ではあっても,限りなく実像に肉薄しようとしたディラックの紹介であることは間違いない.
(2011年5月23日原稿受付)



ページの頭に戻る



ソフトマター物理学入門

原著者:土井正男

岩波書店,東京,2010, ix+275 p, 22×16 cm, 本体3,800円[専門~学部向]
ISBN 978-4-00-005616-8

紹介者:古 川   亮(東大生産研)

本書は,物理を専攻する学部生以上,あるいは学際領域にある他専攻の大学院生,研究者向けに書かれたソフトマター物理の入門的教科書である.著者の土井正男・東大教授はこの分野を牽引してきたリーダーの一人である.また既に幾つもの優れた教科書を世に出されており,この分野を志す研究者の必読の書となっている.ソフトマター物理は近年,物性物理の大きな一分野に成長した.固体物理は量子力学以降の長い歴史があり既に初学者向けの名高い総合的入門書が多く出版されている.しかし,比較的若い分野であるソフトマター物理では,分野の全貌を概観した上で通底する概念まで学ぶことができる入門書は海外図書を含めてもなかったように思う.それゆえ本書が出版された意味は大きい.ソフトマターの最大の特色は顕著な非線形性・非平衡性にある.それは有り体には,対象となっている系の構成要素,あるいは構成要素が形成する凝集構造,協同性がミクロよりかなり大きい(メソスケール)ということに由来する.このことは現在のソフトマター研究の共通認識となっているが,本書でも繰り返し強調される.本書の前半部では代表的なソフトマターであるコロイド,高分子・ゲル,液晶,界面活性剤の静的な性質が解説される.これらは内部自由度の複雑さの加減に関連して章立てられており,背後にある横断的な視点を意識しながら読むことができる.後半部では動的な性質について基礎的な事柄が丁寧に解説される.特にソフトマターのダイナミクスを記述するランジュバン方程式や流体方程式(力と散逸の線形バランス)について「オンサガーの変分原理」を用いて,その形式を整備している.これにより,動的な基礎方程式に共通する原理・原則の存在について,初学者にも見通しが良い.前書きにあるように本書は統一的な視点で解説することで首尾一貫している.この点,各論的になりがちな他のソフトマターの入門書と一線を画しており本書の出色な点であろう.著者の他の教科書でも強く感じることだが,筆致は系統的で透徹しており,多くの計算も導出を含めて丁寧に追えるようになっている.初学者や分野外の研究者に入門的な教科書を提供するという著者の意図は十二分に達成されたと思う.ソフトマター物理には統計力学の重要概念(粗視化, 階層性, 自己組織化等)がまさに物に即して顕在化する.これらは物理や自然認識一般に重要であるにも関わらず通常の教程で触れられることはほとんどない.本書は入門書だが,著者ならではの含蓄ある記述が随所に見出される.ソフトマターに興味を持つ向学心溢れる若い学生さんには,是非とも行間を埋めるような密度の濃い読み方をしてもらいたい,そんな一冊だと思う.
(2011年5月11日原稿受付)



ページの頭に戻る



Crafting the Quantum; Arnold Sommerfeld and the Practice of Theory, 1890-1926

原著者:S. Seth

MIT Press, Cambridge, 2010, vii+377p, 24×19cm, $32.00[大学院・一般向]
ISBN 978-0-262-01373-4

紹介者:今 野 宏 之(別府大)

前期量子論の時代に活躍した数理物理学者A. Sommerfeldのことを知っている若い世代の物理学者はどれだけいるだろうか.しかし年配の人なら,彼の著書 『原子構造とスペクトル線』 や 『理論物理学講座』 の邦訳を読んだことがあるかもしれない.本書は量子論の「職人」としてのSommerfeldを3部構成で論じている:第1部は優れた教育者の姿を,第2部ではM. Planckの黒体輻射と作用量子の問題にかかわって論じられる.第3部は原子構造とスペクトル線に関してN. Bohrの研究をより一般的な形に発展させた研究が扱われる.教育者として彼は, 1906 年からミュンヘン大学で2世代にわたる物理学者を育てた.そのうち8人はノーベル賞を受賞している. その中には P. Debye, W. Heisenberg, W. Pauli, H. Betheらがいる.彼ら教え子たちの回想からSommerfeldの人物像が生き生きと描き出される.たとえばプロイセン的な風貌にもかかわらず,けっして権威主義的ではなく,学生時代の決闘でついた頬の傷を見せびらかすような茶目っ気のある教師だった.そのような師に対して, Pauli のような, 人を人とも思わないところがあった門下生でさえも,けっして“du"と呼び捨てにはせずいつも“Sie"を使っていたという.Sommerfeldの教え方は,当時のドイツで主流だった公理主義的なものではなく,ひたすら具体的な問題を解かせる演習方式だった.問題を数多く解かせることによって解法の秘訣を体得させるのが狙いだった.彼自身も超音速で生じる衝撃波という具体的問題から高速電子の制動放射を思いついている.また多自由度の位相空間から量子条件を求めたPlanckの公理主義的導出法に対して,彼の場合バルマー系列の具体例から量子条件を導いている.Heisenbergの行列力学やPauliの排他原理の発見については,従来の歴史研究ではコペンハーゲン学派の影響ばかりが強調されている.これに対して著者はミュンヘン学派の「実践的理論」という方法論が,彼ら教え子たちに影響を与えたことを明らかにしている.本書の内容は,その題名が示しているように1890-1926年の期間に限定されている.そのため量子力学が登場した後のSommerfeldが果たした役割についてはあまり取り上げられていない.また第一次大戦のときは「皇帝の物理学者」として戦時研究に従事した彼だったが,第三帝国下ではどのようなスタンスをとったのか知りたいところだ.
(2011年5月16日原稿受付)



ページの頭に戻る



物理学におけるリー代数; アイソスピンから統一理論へ [原著第 2 版]

原著者:H.ジョージァイ著,九後汰一郎訳

吉岡書店,京都,2010, xi+330 p, 21×15 cm, 本体4,600円(物理学叢書107)[大学院・学部向]
ISBN 978-4-8427-0357-2

紹介者:川 野 輝 彦(東大院理)

この本は,素粒子論屋には,言わずと知れた「ジョージァイ」の第二版の和訳である.この本は,量子力学での角運動量でやったのと同じ「ノリ」で,単純リー代数とその表現について物理屋向けにわかりやすく説明しており,学部3年生でも理解できるように書かれている.実際に僕が学部3回生の時に訳者の九後先生に「ジョージァイ」を基にした授業で習っており,授業を聴いてから第一版の原版を読んでいた(まだ訳本が出ていなかった) が, 非常にわかりやすかった.もともと「ジョージァイ」の第一版も同じ吉岡書店から同じ訳者である九後さんが訳したものが出版されており,訳が自然で読みやすく,多くの素粒子論屋がお世話になってきたことと思う.今回, 「ジョージァイ」 の第二版が内容の大幅な増補が施されて出版されたため,和訳の方もそれに対応する形で出版されたのであろうと推察する.実際に,和訳の第一版は191ページあったものが,第二版では322ページにまで増えている(ちなみに1ページあたりの文字数はほぼ同じである).全部で25章という章立ては変わっていない.ただ,各章の名称が微妙に変わっている(また,用語の訳が,例えば,「根」が「ルート」になるなどのよりこなれた感じになっている)し,各節には番号が新たに付されており,章の中には節が増えたものもある.これによって,重要な概念に対して一つの節をきちんと作ることになり,読者は節毎に一呼吸おけるようになった.そのため,節毎の説明が詳しくなったことから全体的なページ数が増えている.また,話の流れをスムーズにするために,場所を移動した話題も(多くはないが)あるし,全く新しい話題を取り入れられている章もある.その最たるものが第1章である.もともとのタイトルだった「群と表現」を節に降格させて, 「有限群」 という新たなタイトルになり,5ページから43ページに増やして,有限群の内容が取り入れられている.また,第2章「リー群」, 第8章「単純ルート」, 第10章「テンソル法」 は, 比較的大幅に増えた章である.逆に,第17章であるハドロンを構成子クォークを用いて群論的に説明する章のページは減っている.「ジョージァイ」 の第一版は, 本自体が薄いということも大きな魅力の一つだったので,今回の増補は賛否両論あるところだと思うが,第一版のリズム感のある説明はそのままなので,初めて読む人にはあまり負担ではないかも知れない.また,一度読んだ人も新しい部分をどうジョージァイが説明しているかを確かめてみるのも,「亦, 説バシカラズヤ」ではないかと思う.
(2011年5月16日原稿受付)



ページの頭に戻る



環境問題の数理科学入門

原著者:J.ハート著,小沼通二,蛯名邦禎監訳

シュプリンガー・ジャパン,東京,2010, vii+299 p, 21×15 cm, 本体2,700円[大学院・学部向]
ISBN 978-981-256-955-4

紹介者:原 田 和 男(くらしき作陽大)

物理学を学んだ者が複雑な環境問題の現場にどう足を踏み入れればよいか.原著は20年以上前に発行されたものだが,なおこの問に十分応え環境問題への数理科学的導入の役を果たしている. 著者は, 15 年の講義を通して 44 の課題を精選している.筆者が,紙と鉛筆と電卓を片手に本書を一読したとき,学生時代に読んだファインマンの教科書と似た良質のプラグマチズムを感じた.I章は,パズルを解く感覚で気楽に取り組める. II章の道具箱は, 環境問題の複雑な現実をくぐって,基本概念を選び抜いている.現実の課題にそれらをたくみに適用していくその思考の展開には迫力がある.III章へ進むと,I章の知的ゲームの段階,II章の道具の使い方の訓練の段階から,現実の世界に足を踏み入れる段階になる.著者がIII章の序で「モデルの方があなたに対し問いを発するようになる」と自らの経験を語っている.モデルづくりは,現実との対話なのである.このことが先に述べた良質のプラグマチズムを生み出している.この認識は,環境問題に数理的に接近する場合,非常に重要である.将来はともかく,現時点の環境物理学の情況において力学のような演繹的体系性にこだわると,本書が数理の視点から環境と対話する方法の提示であるという本質を見失うであろう.最後の「付録 役にたつデータ集」は広範な分野から適切なデータを収集整理している.筆者もかつて環境問題の研究機関に在職していたので,付録のデータが広範な領域からしかも信頼性を斟酌しながら収集されていることが想像できる.このような作業は多くの専門家の協力なしには難しい.翻訳はかなりの予備知識を必要としたであろう.さて,二つだけ筆者の研究経験と重なる点に触れておきたい. まず II 章のボックスモデルは,環境問題の現場では筆者の知る限り30年以上前から利用されてきた.ハートはそのボックスモデルを自由自在に多様な環境問題の現場に応用してみせる.筆者もボックスモデルを使って内湾の水質を再現したこともあるだけに,ハートがモデルを駆使するときの思考の柔軟性と強靭さには感心させられる.環境問題の現場にボックスモデルを応用するには,豊富な試行錯誤の経験と必要かつ信憑性のあるデータをどこに求めればよいかを知っていなければならない.二番目に指摘したいことは,本書には研究者にとっても有用なデータが掲載されていることである.例えば,「I.6 私たちが食べる野菜」に出てくるバイオマスの「分子式」は,水循環とバイオマスの対応関係を研究している筆者にとってただちに利用できる情報である.実は,筆者は必要に迫られて素粒子論から環境問題に転身した.当初は環境問題のよく言えば多様性,しかし伝統的物理学から見れば体系性の欠落に苛立ちを覚えた時期もあった.しかし,今では環境問題は,新しいタイプの数理科学の創造をうながしていると思うようになった.この10年来日本人の物理学者による環境問題の教科書も出版されてきた.本書と合わせて,非平衡開放系の熱力学に基礎を置く環境論へも関心を向けて欲しい.物理学から環境問題を把握するには,ハートの数理科学的接近法と熱力学的接近法のいずれも必要である.今後は本書を入り口として数理科学的嗜好の強い若者が環境問題に関心をもち,環境物理学の創造に積極的に参加して欲しい.
(2011年5月6日原稿受付)



ページの頭に戻る



Fundamentals of Nuclear Models; Foundational Models

原著者:D. J. Rowe and J. L. Wood

World Scientific, Singapore, 2010, xxiv+652 p, 25×17 cm, US$120/£79[専門・大学院向]
ISBN 978-981-256-955-4

紹介者:松 柳 研 一(理研仁科セ)

最近の40年間で原子核構造の研究は著しい進展を遂げた.高スピン状態,高励起状態,中性子ドリップ線近傍の不安定核など研究のフロンティアは著しく拡大した.このような進展を取り入れた現代的な核構造物理学の教科書の出版が待たれていた.本書は現代の核構造理論の基本概念を若い世代に伝えたいとの情熱を込めて書き上げられた大変な労作である.ただし,最近の進展の包括的な解説は目的としていない.むしろ,核構造研究の土台となる 4 つの基本的モデル (A. Bohr の集団モデル,シェルモデル,対結合モデル,平均場モデル)の実験的および数学的基礎,成立条件と適用限界,これらの相互関係を現代的な観点から明快に解説することに主眼を置いている.創発 (emergent) 現象としての核構造を理解するためにはモデルが失敗する現象を同定することが重要である,と著者は力説する.強く相互作用する中性子と陽子の量子多体系として核構造を記述する微視的理論の進展によって,これらの基本モデルの微視的基礎と相互関係を論じることが可能になってきたのである.本書は2巻構成の第1巻であり,第2巻ではより一般性のある微視的アプローチを導入し,1粒子運動と集団運動,原子核の微視的描像と巨視的描像をより統一的に記述すると予告されている.本書の第1章では多様な実験データからどのようにして物理的解釈と現象論的モデルが引き出されたか概説している.球形シェルモデルの閉殻周辺での変形共存現象の発見を典型例として,伝統的な描像を見直す必要性が示唆されている.第2章で低励起状態の振動・回転スペクトルを記述するA. Bohrの集団モデルの最も簡単なバージョン,第3章でリー代数と動力学的対称性の初歩を説明した後,第4章では集団モデルの代数的構造を分析し,Bohrモデルに対応する集団部分空間が膨大なシェルモデル状態空間の中にどのように埋め込まれているか懇切丁寧に説明している.第5章のシェルモデルではSuzuki-Okamoto理論をはじめ最近の有効相互作用理論の進展も詳しく紹介されている. 第 6 章では超伝導の BCS 理論の核構造への適用(対結合モデル)をはじめ中性子-陽子対相関への拡張も紹介されている.第7章で平均場理論,第8章では時間変化する平均場への拡張が解説されている.ここでは量子多体系である原子核に平均場近似を導入することの物理的意味が(一般化された)コヒーレント状態の概念を仲立ちとして量子-古典対応の観点から深く掘り下げて論じられている.平均場の平衡点近傍の小振幅ゆらぎを越えた大振幅の集団運動を記述可能な微視的理論はまだ発展途上の段階にあるが,この章に要約されている現在までの到達点は将来への確かな基盤となる.原子核について解説した教科書には,色々な核現象を並列し個々の現象を異なった概念で解釈し相互の矛盾にはお構いなし,といったものも少なくない.本書は,そのような知識の羅列と表面的な理解を越えて,豊富な核現象の統一的で深い理解を目指すスタンスが際立っている.第2巻の刊行が待たれる.
(2011年5月8日原稿受付)



ページの頭に戻る



マーミン 量子コンピュータ科学の基礎

原著者:N. D.マーミン著,木村 元訳

丸善,東京,2009, x+264 p, 21×15 cm, 本体4,800円[専門~学部向]
ISBN 978-4-621-08146-4

紹介者:石坂 智(広大院総合)

著者はマーミン・ワグナーの定理で有名なN. D.マーミンである.また,固体物理学のバイブル的教科書,いわゆる「アシュクロフト・マーミン」の著者の1人でもある.マーミンの明快な解説には定評があり,多くの啓蒙書も手掛けている.本書はそのマーミンによる量子計算の入門書の和訳である.量子力学の原理を本質的に利用することで,従来の計算機より桁違いに速い量子計算機が可能になる.本書は,量子計算機のハードウェアの実現という技術的側面は抜きにし,主に量子アルゴリズムの理論的な解説をしている.「それが実用的な技術であろうとなかろうと,量子計算の理論の美しさには変わりなく…」とは著者の弁である.第1章で,量子ビット,量子ゲート,量子回路図などの基礎事項が説明され,更に測定ゲートを導入し量子力学におけるボルンの確率規則が解説される.第2章から第4章で,ドイチュ,ベルンシュタイン・ヴァジラニ,サイモンの各問題を解く量子アルゴリズム,素因数分解とグローバー検索の量子アルゴリズムが解説される.マーミンの著作ということもあって,アルゴリズムの動作についての今までにないユニークな解説を少しばかり期待したのだが,比較的スタンダードな解説である.しかし,ツボは良く押さえられており,頭に素直に入ってくるのは著者ならではだろう.第5章で量子誤り訂正が解説される.入門書では省略されてしまうことが多いトピックスだが,スティーンの7ビット符号という細部まで,極めて分かりやすく解説されている.本書は計算量理論のような計算機科学の詳細にまでは踏み込まない.その代わり,量子暗号や量子テレポーテーション,エンタングル状態の性質なども第6章で扱っており,量子情報科学の多くの話題に触れられるようになっている.量子アルゴリズムを理解するのに必要な数論や群論についても平易に解説されており,付録も十分に用意されているので,予備知識を持たずとも読むことができるだろう.第1章と付録Aを読むことで,量子力学の基礎も習得できるようになっており,量子力学の予備知識すら必要ない(複素ベクトル空間の線形代数を多用しているので,その基礎知識ぐらいは必要であるが).レベル的には学部4年生程度で読破できるだろう.本書には,量子力学の不思議な性質についての記述が溢れており,量子アルゴリズムの動作を理解したい人だけでなく,基礎科学的なことに興味を持っている人にもお勧めできる.是非とも様々な分野の学生や研究者に読んでいただきたい.最後に一つだけ注文を付けると,直訳で読み難い文が散見するので,改訂版で修正されることを期待したい.
(2011年4月22日原稿受付)



ページの頭に戻る



目で見る美しい量子力学

原著者:外村 彰

サイエンス社,東京,2010, 32+vii+249 p, 22×16 cm, 本体2,800円[大学院・学部向]
ISBN 978-4-7819-1263-9

紹介者:前田 京剛(東大総合文化)

本書は,電子顕微鏡を用いて量子の世界を写真や動画で捉えることに挑戦し続け,二重スリットの実験,AB効果の検証実験や超伝導体磁束量子のリアルタイム観察など,数々の歴史に残る実験を成し遂げた外村 彰博士が自ら語る一大研究史である.最初に本書のタイトルだけを目にしたときは,外村博士の珠玉の成果をふんだんに用いた新しいスタイルの量子力学の教科書かと思ったのだが,実際内容を見てみると,「いつの日か量子力学の基本に触れる実験をして,この神秘をこの目で見たい」と思い続けた外村博士自身の,量子の世界との壮絶な戦いの歴史が熱く語られた書であることが直ちにわかった.記事は「数理科学」に連載されていたものを一冊に纏めたものであり,20の章から成り立っているが,どの章も,読み始めると,そのものすごい迫力にたちまち引き込まれてしまう. 本書のいたるところにちりばめられているすばらしい電顕写真は,学部学生・大学院生にとって量子力学の理解の助けになることは言うまでもなく,極めて質の高い副教材になる.私も,量子力学の教科書の最初にでてくる二重スリットの思考実験の分かりにくい説明から受けたとらえどころのない難解な感じが,外村グループのこの実験を見て氷解したのをはっきりと覚えている.だが,本書の最大の魅力は,外村博士が自らの生き様を通して熱く語る,研究者,特に実験研究者としてのあるべき姿について多くのことを学ぶことができるということではないかと思う.本書のどの部分をとっても,根底に流れているのは,量子現象への疑問,こだわり,そしてそれを確かめるための装置の開発,改良,工夫,或いは場合によってはそれらを実現するための環境整備や予算獲得,さらには,得られた結果から生まれ出ずる新たな疑問,そしてそれを再び実験で明らかにするためのあくなきチャレンジ,この無限ループである.あらゆる階層の研究者にとって本書は大きな刺激になり,私などは,大いに反省させられること頻りである.さらに,英国王立協会での金曜講話,フランクリン賞の受賞祝賀会,ISQM(量子力学と先端技術の国際会議)等での様々なスナップ写真など,歴史的な成果を残したものだけに許される体験の貴重な写真も数多くちりばめられており,本書の独自性をさらに際立たせている.朝永振一郎 『スピンはめぐる』(みすず書房)も,量子力学の発展が,それを建設した天才たちと同じ目線で書かれており,他の人には絶対に真似の出来ない名著として,学生にもいつも推薦しているが,本書は,そういった書物の実験家版として,今後あらゆる階層の物理関係者に読んでいただきたい書物である.
(2011年4月19日原稿受付)



ページの頭に戻る



Nuclear Reactions for Astrophysics; Principles, Calculation and Applications of Low-Energy Reactions

原著者:I. J. Thompson and F. M. Nunes

Cambridge Univ. Press, New York, 2009, xiii+466 p, 25×18 cm, £48[大学院向]
ISBN 978-0-521-85635-5

紹介者:緒方 一介(阪大核研セ)

本書は,宇宙における元素合成反応,いわゆる天体核反応の実体を理解し,様々な反応の反応確率を実際に決定できるようになることを目的として,原子核反応論について解説した教科書である.主たる読者は大学院生であるが,原子核物理学の専門家にとっても十分有意義な内容であると思われる.天体核反応の物理は,原子核反応論が活躍する最も華々しい舞台のひとつであり,筆者も学部学生の勧誘時によく使用するキーワードである.まず冒頭 (第1章), 宇宙進化の過程で,様々な元素がどのようにして合成されたのかが概観される.そしてそれ以降,第10章まで,元素合成の実体である原子核反応の解説が続く.次に天体核反応が前面に出てくるのは第 11 章であり, それまで興味を持って読み進められるかどうかが,ひとつのポイントになるだろう.もっとも,純粋に原子核反応論の教科書として見ても,本書は優れた特徴を持っている.中でも,角運動量やスピンの処理が非常に丁寧に書かれていることは特記すべき点である.反応率(または断面積)を実際に計算する際,プログラムにそのまま使える式が示されていると言えばその意義が伝わるだろうか.教科書全体でシンボルの定義が統一されており,巻末の表に纏められている点も,読者にとって嬉しい配慮である.また,通常の教科書ではほとんど触れられない,原子核実験(施設や測定装置)の解説や,実験データの解析についても,それぞれ章が割り当てられている.近年,天体核反応の物理は,天然には存在しない不安定原子核(不安定核)が関与する反応に興味の中心を移しつつある.そのような反応の反応率は,不安定核を用いた反応実験と,その反応を精度良く記述する理論との連携によって初めて決定できる.実験との連携を強く意識した本書の登場を歓迎したい.ただその一方で,核反応論の原理的な問題(例えば散乱波の規格化など)については,非常に簡単にしか触れられていない.また,不安定核の分解反応を記述する標準的な模型である離散化チャネル結合法についても,歴史的な記述(特に最近の進展や理論的基礎付け)に過剰な簡略化が見られる.これらは,教科書の設計上やむを得なかったものと推察されるが,多少残念な点ではある.最後に,本書では,取り扱った話題に関する数値計算を実際に行うことによって,学習内容の理解の深化が図られている点に言及しておく.これは,核反応研究を志す者にとって,極めて重要なプロセスであると思われる.巻末の付録では,著者のひとり(I. J. Thompson)が開発した計算コードFRESCOの入手先・使用法が例題付きで解説されている.FRESCOを用いて,各章の練習問題に実際に取り組んでみられてはいかがだろうか.
(2011年4月22日原稿受付)



ページの頭に戻る



量子力学の基礎

原著者:北野 正雄

共立出版,東京,2010, vii+244 p, 26×18 cm, 本体3,000円[大学院・学部向]
ISBN 978-4-320-03462-4

紹介者:筒井 泉(KEK)

斬新で興味深く,少々取り扱い注意-これが本書に対する評者の読後感である.量子力学の教科書は数多あり,名著も少なくない.ディラック,シッフ,メシア,ランダウ・リフシッツなどのほか,和書にもいくつか定番がある.これらに加え, 90年代, 量子情報科学の勃興と量子論そのものへの関心の高まりとともに,新しい型の教科書が登場する.アイシャムやペレスのものがその嚆矢であり邦訳もされたが,和書にも清水明氏のものなどがあっていずれも評判が高い.これらの新しい教科書では,それまで等閑視されていた量子力学の基礎についての議論が充実しており,量子もつれやベル定理なども扱われる.一方で,波動方程式を解くより量子力学の本質の理解を重視したいという判断から,水素原子など従来の必須項目の一部が割愛される.本書はこの新しい型の範疇に入るが,内容的には幅広く,量子の発見から量子力学の数学的基礎,状態の時間発展,物理量と測定,角運動量といった標準的項目に加え,量子もつれ,測定の量子論,ベリー位相にまで話題が及ぶ.水素原子や固体中の電子こそ省かれるが,電磁場や物質場の量子化なども扱われ,やや進んだ読者への配慮もなされている.しかし何より見逃せないのは,全巻を通して著者の創見が溢れていることである.それは古典的波動から説き起こして量子的波動を導き,その粒子的振舞に至るという量子力学導入の基本構想にも現れており,その題材として複合共振回路が縦横に用いられる.これが嚥下しやすいかどうかは人によるだろうが,古典論との繋がりを模索する人や,回路が身近な方々には福音となるに違いない.また不確定性原理や正準交換関係の意味などには,類書に無い著者ならではの見方が展開される.素直に受け容れ難いところは,応分の距離を保って味読し自問することが求められる.先に取り扱い注意と書いたのはこれがためである.しかし人でも本でも,そのようなものでなければ毒にも薬にもならない.なお,項目によっては著者の独創的な解説がやや舌足らずで,もっとじっくり聞きたいと思わせる部分もある.またベリー位相などの幾何学的な項目には,図など加えてより判り易くすることもできるだろう.紙幅のため端折らざるを得なかったのではと察するが,版を改める機会に拡充を望みたい.「まえがき」 で著者は, 本書とともに別の教科書を手元に置いて勉強することを勧めている.初学者への示唆として評者も同意見であるが,量子力学を一通り学んだ者にも得るところの多い,ユニークな教科書である.
(2011年3月29日原稿受付)



ページの頭に戻る



超伝導ハンドブック

原著者:福山 秀敏,秋光 純編

朝倉書店,東京,2009, ix+312 p, 22×15 cm, 本体8,800円[専門・大学院向]
ISBN 978-4-254-13102-4

紹介者:藤田 敏三

この四半世紀の超伝導研究は,新しい物質の掘り起こしに先導されて,目覚しい進展を遂げ,超伝導物質に対する認識は一新された.物質掘り起しにわが国の寄与は際立っている.本書は,47名の研究者が執筆した最新情報を,分野の理論と実験における2人の第一人者が取りまとめたユニークなハンドブックで,2009年末に出版された.内容的には,第1章に,ほぼ確立している “超伝導の基礎” 事項をまとめ,第2章で “超伝導物質の物性”, 第3章で新たな “超伝導発現機構” について検討し,第4章では “超伝導物質の材料特性” に関する最新技術と応用の概要を紹介している.上で “…” 内に示した章名だけでは,従来の超伝導の教科書や参考書とあまり変わらないように思われる.しかし,300頁あまりの本書で,第2章だけに200頁も割き,そこには,関与する電子の軌道状態によって分類した超伝導物質が数多く紹介されている.分子性結晶,炭素系化合物から始まり,MgB2や銅酸化物はもちろん,未確認超伝導物質まで,具体例をあげて,物質ごとに特徴と超伝導特性がどこまで解っているかを簡潔に紹介しているのは,本書が初めてであろう.新物質では,まだ研究中のものが多く,ほとんどの項目に,現時点での課題と展望が付け加えられている点もユニークである.更に,銅酸化物超伝導発見以前の金属や合金の超伝導は, 「夜明け前」と位置づけて, 第4章で触れる程度にし,全体として「室温超伝導」実現に向けた研究手帳の色彩を明瞭にしている.研究途上の情報が多人数で執筆されたので致し方ないが,記述レベルの項目による不揃いが多少見られる.また,頁数の制限によるものか,個々の点については簡潔すぎて,細かい説明が省略されている場合もあるので,初心者や分野外の人には難解かも知れない.しかし,それを補うために,各項の最後に参考文献が丁寧にリストアップされているので,超伝導専攻の大学院生や専門家には,分野全般にわたる現状把握と今後の研究方針策定の資料として役立つ一冊であろう. 2011 年春の現時点で欲を言えば,鉄ニクタイド系超伝導体について,もう少し知りたいところではあるが,これも,執筆が発見直後であったので,文献リストを頼りに各自調べるのも,日進月歩の分野ならではの喜ばしい労と言えよう.
(2011年3月21日原稿受付)



ページの頭に戻る



同期現象の数理; 位相記述によるアプローチ

原著者:蔵本 由紀,河村 洋史

培風館,東京,2010, vii+293 p, 22×16 cm, 本体6,100円(非線形科学シリーズ6)[専門~学部向]
ISBN 978-4-563-02346-1

紹介者:宮崎 淳(阪大生命機能)

自然界では生物,無生物を問わず多くの自発的なリズムを刻む素子が存在し,それらが集まると,同期現象として知られる多様な動的秩序をつくる.特に生物ではその秩序は生命維持に必要な高度な機能を司ることが知られている.本書は非線形科学について先駆的な研究を行ってきた著者らが,近年,生命科学,化学,工学等,様々な分野に渡り広がりを見せる同期現象についてまとめたものである.同期現象に関する著書として,著者の一人である蔵本氏が1984年に著したChemical Oscillations, Waves, and Turbulence (Springer)が広く知られているが,本書は最新の成果を加えて研究の集大成として新たに書き下ろされている.本書の構成は次のとおりである.まず第一章では自然界でみられる振動子と同期現象の具体例,振動子の力学モデルが説明される.第二章では振動の発生と縮約理論の一つである逓減摂動法について述べ,第三章ではこの方法を基に振動場のパターンダイナミクスを説明する.第四章ではもう一つの縮約法である位相縮約の解説,第五章と第六章では振動子集団のダイナミクスへの適用を述べる.本書の特徴は発展方程式の縮約が,自然界でみられる振動子や同期現象といった多様な非線形現象を理解するのにいかに有用か述べられている点である.さらにこれらの概念が個別の事象の説明に留まらず,普遍的に現象を記述する新しい方法であることを示している.縮約理論はともすれば抽象的で,従来の物理を学んだ研究者にとって必ずしも馴染み深いといえないが,基礎から詳しく丁寧に説明されているため,じっくり読み進めることができる.また適宜挿入されている図が,概念を具体的にイメージするのに役に立つ.もう一つの特徴は,理論の展開に重点を置きながらも数多くの実験との接点が紹介されている点である.例えば神経振動子のノイズによる同期・非同期現象など近年盛んなテーマについても取り上げられており,この分野に興味を持つ実験系の研究者にとっても発展の契機になるのではと思う.巻末の多くの引用論文目録が最新の研究成果を知るのに役に立つ.一方,振動場のパターンダイナミクスに関しては,従来多くの理論・実験的研究が行われ本質的な理解も進んでいるが,未だ両者の対応が取れておらず,これまでの蓄積をどう繋げていくのかが,今後の発展の鍵だと思わせる.一見複雑な自然界の現象に対して,非線形科学の立場からどのように向き合うのかについて,本書全般を通して著者らの意気込みを読み取ることができる.優れた著作との出会いは,その後の研究方向を決定するほどの影響を持つ.その意味でこの分野の専門の研究者のみならず非線形科学を志す学生にもお勧めしたい一冊である.
(2011年3月22日原稿受付)



ページの頭に戻る



現代宇宙論:時空と物質の共進化

原著者:松原 隆彦

東京大学出版会,東京,2010, ix+385 p, 21×15 cm, 本体3,800円[大学院向]
ISBN 978-4-13-062612-5

紹介者:高田 昌広(東大IPMU)

本書は宇宙論の教科書である.著者の松原隆彦氏は,宇宙の構造形成の理論研究の第一線で活躍している研究者である.最近の宇宙論は,宇宙観測の技術の発展や新しい観測結果が日々報告され,その進展は目覚ましいものがある.例えば,宇宙マイクロ波背景放射の精密な測定結果と宇宙理論との比較から,現在の宇宙の年齢が約10%の精度で137億年であることが分かっている.また一方で,現宇宙のエネルギー組成の約96%が,正体不明のダークマターとダークエネルギーという暗黒成分で占められているという問題も明らかになっている.これら宇宙論の観測結果は,一般社会にも関心が高く,啓蒙書・講演会などを通して大きいインパクトを与えている.本書は,このように進展著しい現代宇宙論を基礎から丁寧に説明することを目的としている.含まれる内容も幅広く,第1, 2章の導入からはじまり,膨張宇宙の力学 (第3章), 宇宙の熱史(第4章),初期宇宙とインフレーション(第5章),構造形成の基礎(第6, 7章), 非一様宇宙の観測量 (第 8 章), 宇宙の大規模構造と重力レンズ (第 9 章), 宇宙マイクロ波背景放射の非等方性(10章)となっており,初期宇宙から現宇宙の階層的大規模構造の解析手法まで網羅されている.また,随所に内容の理解を助けるグラフ,最新の観測結果などの図もちりばめられており,読んでいく上で飽きさせない構成に工夫されている.本書を読むために読者に必要とされている予備知識は,学部3年生程度までの基礎的な物理の素養と一般相対性理論の初歩的知識である.特に,本書に現れる式のほとんどは読者自身が導出できるように書かれており,数式の背後にある物理的状況が丁寧に説明されている.本書を読破すれば,宇宙論の研究分野へとさらに進むだけに必要な予備知識は十分に備わる良書となっている.欲を言えば,各章末に理解度を確かめる章末問題などあれば,さらに教科書としての完成度が高かったかもしれない.以上まとめると,本書は,最新の現代宇宙論を日本語で理解することができる教科書として,大変おすすめできる良書である.
(2011年2月28日原稿受付)



ページの頭に戻る



光学実験・測定法I /光学実験・測定法II

原著者:D. Malacara編,成相恭二,清原順子,辻内順平訳

アドコム・メディア,東京,2010, xiv+427 p, 24×16 cm, 本体5,000円[大学院・専門向]
ISBN978-4-915851-38-4
アドコム・メディア,東京,2010, xiv+419 p, 24×16 cm, 本体5,000円[大学院・専門向]
ISBN978-4-915851-38-1

紹介者:吉川 正志(筑波大院数理物質)

本書は,光学実験書であり,特に,光学素子の評価のための測定法が解説されており,光学システム設計を進める上で心に留めておくとよい注意点等が詳しく述べられている.光学システム検査の現場で使われる測定法はほとんどすべて網羅されているといってよい.原著はOptical Shop Testingの第3版で, 2007 年に出版されたものの翻訳版である.初版は1976年に米国で刊行されているが,第3版では当時の内容が大幅に改定されており,また,翻訳の段階で,原著書の本文の誤りや誤植等の改訂も行っており,さらに,光学用語に対してもJIS規格に統一している.その結果,日本人のわれわれにとっては,非常に分かりやすくなっている.ただ,翻訳時の日本語が原著に即して訳されているためか,ところどころ読みにくい点があるので,次回の改訂時には改良していただけるとありがたい.本書は,通常,研究者はあまり意識しない細かな,しかし非常に重要な基本的な光学部品の精度を測定するための技術が記されており,光学システムを構築する上で重要となる事柄が示されている.本書を読んで,自分の使用している光学レンズやハーフミラー等の精度について,再度カタログなどを見返してみたりすると楽しい.精度よく光学部品を測定するための技術としていろいろな干渉測定法が示されているが,この干渉法の技術は,いろいろな分野で応用されている非常に重要なものである.特に,位相シフト干渉法(第二巻14章)の原理などは,プラズマの密度測定にも一般的に応用されているものであり興味深い.本書の構成は,ニュートン干渉計に始まり,基本的な干渉法の説明からより高精度な光学測定法への発展が述べられている.使用する光源も,ナトリウムランプ等からレーザー光源へと変遷していく.また,光学検出器やデータ処理に関してもより高時間分解が可能なものへとシステム全体が改良されていく過程が示されている.それぞれの章で紹介されている干渉法の特徴,簡単な歴史なども記述されており,また,大量の参考文献も示されており,光学を研究する初学者にとっても読みやすくなっている.参考文献をPDF化してCD-ROMとして添付してあり,各章毎に検索もできるようになっているのでありがたい.また,LabVIEW (National Instruments)で作られた干渉縞のシミュレーション参考プログラムなどもついているので測定に対する理解の手助けになると思われる.
(2011年2月24日原稿受付)



ページの頭に戻る



なぜ科学を語ってすれ違うのか--ソーカル事件を超えて

原著者:J. R. Brown

みすず書房,東京,2010, xxiv+376 p, 19×14 cm, 本体3,800円[一般向]
ISBN978-622-07558-5

紹介者:国府田 隆夫

二十世紀後半の科学は,高度技術化や専門の細分化によって大きく変貌した.それに伴って,かつては平和共存的だった科学論に潮流の変化が生じ,両者の間で多方面にわたる熾烈な論戦(Science Wars)が巻き起こっていた.その渦中で起きたのが「ソーカル事件」である.米国の理論物理学者,Aran Sokal がフランスのポストモダン主義者たちの無軌道な言説に憤り,これに報いるに,たしなみを欠いた “でっちあげ” 論文を科学論誌に寄稿し,そのまま掲載されたのである.とうぜん激しい応酬が両陣営の間でまき起こった. 1996年のことである. それ以来,この出来事は「ソーカル事件」と呼ばれている."1本書は,その戦塵が収まりかけた 2001 年に米国で出版された. 著者はカナダの科学哲学者で,論戦の子細だけでなく,将来の科学に対する著者独自の信念が披瀝されている.本文(348ページ)は第一章「サイエンス・ウォーズの情景」で始まり,第九章「社会的行動計画」で終わる.主題とするサイエンス・ウォーズには, “科学, 認識論,政治という三つの要素が,からまりあっている” (p. 2). 科学哲学に不慣れな一般読者のため,著者による冒頭の 「はじめに」 (6ページ) と巻末の 「おわりに」(9ページ)に,本書の全貌が鳥瞰的に解説されている.さらに加えて,「訳者あとがき」(10ページ)が,日頃親しんでいる理系の文献や参考書とはかなり異質の(テツガクッポイ)本書に取り組もうとする一般読者を励ますように巻末に付記されている.本書の細部に触れる余裕はないので,ここでは第八章「科学の民主化」と前記の最終章(第九章)で述べられている結論と著者の主張を要約しておこう.それは,概略して以下のごとくである.科学は専門的な科学者だけが支配するものではない.技術化社会の中で抑圧されている民衆が支配するべきものである.そのためには代表制民主主義に拠らねばならない.これまで科学者達の多くは,客観的,普遍的な真理を追究する純粋な態度を信条としてきた.このアカデミックな指向性は,科学に特定の価値"2 を負わせることと反目する.しかし,この両者(価値中立的であることと価値負荷的であること)は実際には両立させうるし,両立させなければならない.原題は, “WHO RULES IN SCIENCE: An Opinionated Guide To The Wars?"だった.直訳すれば, “誰が科学を支配するのか? 科学戦争についての頑固一徹なガイド” となろう.かなり挑戦的なタイトルである.「事件」から15年経って翻訳された本書では,その表題が “なぜ科学を語ってすれ違うのか--ソーカル事件を超えて” に翻案された. “すれ違う” のは, いうまでもなく本誌の読者を含む理系人種と科学哲学者を含む文系人種とである.二十一世紀の科学と科学者のあり方を考えるうえで,両者の間の高い壁を超えた視点がますます重要になってきた.文理横断型,連携型の領域に将来の活動の可能性を求めようとする読者にとって,本書は貴重な文献となるだろう.専門や年代を問わず広く会員読者の一読を勧めたい.
(2011年1月28日原稿受付)



ページの頭に戻る



もうひとつの一般相対論入門

原著者:須藤 靖

日本評論社,東京,2010, vii+185 p, 21×15 cm, 本体2,400円[大学院・学部向]
ISBN 978-4-535-78634-9

紹介者:向山 信治 (東大IPMU)

本書は,オーソドックスな一般相対論の教科書と趣を異にし,具体的な時空や問題を取り扱うことで知識や計算手法を身につけるという,斬新なスタイルの教科書である.本書以外でこのようなスタイルの教科書は,James B. Hartle 著 Gravity: An Introduction to Einstein's General Relativityがある. しかし,一般相対論を初めて学ぶ者にとっては,英語が障壁になる場合も多いであろう.その点,日本語で,しかも分かりやすい文章で書かれている本書に軍配が上がる.一般相対論の基礎方程式は,物質・エネルギーがどのように時空を曲げるかを決定するアインシュタイン方程式である.したがって,従来の教科書では,この方程式を定式化するのに必要な数学的準備から始まることが定石であった.しかし,一般相対論の本質は,物質・エネルギーが時空を曲げるということだけではない.本書は,もう一つの本質,即ち時空の曲がり具合が重力を表すということから先に教えている.この方が,本質に至るまでの数学的準備が少なくてすむことは明らかであり,実際,5頁目にして既に,シュワルツシルド計量と呼ばれる球対称時空の説明が始まる.1章を読んだだけで, GPS システムにおいて一般相対論が果たす役割が理解できるようになっているのは見事だ.本書の他の特色としては,全ての例題に詳しい解答があるという点が挙げられる.これは,初学者が一般相対論を習得するのに大いに役立つだろう.また,脚注が多いのも特色と言える.ひっかかりやすい部分の解説だけでなく, 著者の人生観 (“一般相対論=人生論” など)や出版界への物言いなどもあり,脚注だけでもなかなか楽しめる.現代物理学の金字塔の一つとも言える一般相対論は,宇宙論や弦理論などを学ぶ者にとっての必須科目であるだけでなく, GPS システムにとって欠かせないなど,実用的な役割も果たしている.本書の実践的スタイルは,後者を視野に入れた初学者にとって,非常にありがたいものであろう.また,前者を志す者にとっても,必要に応じて他の教科書と組み合わせることで,一般相対論についての理解を深めることができるだろう.
(2010年11月20日原稿受付)



ページの頭に戻る



Rheophysics; The Deformation and Flow of Matter

原著者:P. Oswald

Cambridge Univ. Press, Cambridge, 2009, 640 p, 25×17 cm, £85.00[専門向]
ISBN 978-0-521-88362-7

紹介者:奥村 剛 (お茶の水大理)

この本のタイトルはRheophysics(レオフィジックス)という聞きなれない言葉である.これには,著者の特別な思いが込められている.レオロジーという言葉は1928年にE. C. Binghamによって作られた言葉で,翌年,「物質の変形と流れ(のすべて)」を対象とする学問としてアメリカレオロジー学会設立時に採用された.にもかかわらず,現在,レオロジーという言葉は,通常の液体と完全弾性体の中間の振る舞いをする「液体」,あるいは「複雑液体」の学問としてより狭い意味で用いられている.そこで,本書は,レオフィジックスという言葉を本来の「物質の変形と流れ(のすべて)」の学問として定義しようという意図を持って書かれている.そのため本書の扱う対象は極めて広範である. 第1章は,本書(あるいはレオフィジックス)で扱う対象についてのイントロダクションである.具体的には,フック弾性とニュートン液体,塑性固体と非ニュートン液体,粘弾性液体,粘弾性固体,そして液晶へのざっくりとした概観が与えられる. 第2章は,フランスの教科書によくみられるやや独特な記法を使った連続体力学の概観.第3章は流体力学の章であるが,基礎的な内容から,基礎的な教科書にはあまり記述されていないような話(微生物の推進,詳細なサフマン・テーラー不安定性の議論,レオメーターの原理など)までが含まれている. 全章にわたり,この第 3章と同様に基礎+アルファというスタイルであるが,基礎の部分に「+アルファ」がまぎれこんでいたり, また 「+アルファ」の部分は普通の教科書に書いていないことを掘り下げて扱っていたりしている.この意味で,この本は,初学者には少し読みにくいかもしれない.むしろ,ソフトマターを含む広い意味での物質科学の研究者(大学院生を含む)が,自分のあまり知らない部分を概観するために役立つと思われる.さらに,充実した「+アルファ」の部分は,その分野の専門家でも興味深い部分が多くあるであろう. こうしたスタイルで,第4章には弾性体が,第5章には固体に関する欠陥・塑性・破壊が扱われている.第6章は,いわゆる現代的な意味でのレオロジーのマクロな立場からの粘弾性体の記述,第7章にはそのミクロな立場からの記述,あるいは近代的な高分子物理学的な記述がなされており,最終章は,液晶のレオロジーで締めくくられている. 本書は,以上のように,かなり特徴のある本である.さらに,全般に,ミクロな見方,マクロな見方,実験の見方,すべてを取り込もうとしている.幅広いテーマを幅広い見方で扱い,かつ一冊の本に仕上げたため,テーマごとのバランスは必ずしも保たれているとは言えない.しかし,広い意味での物質科学の研究者の手元にあれば,周辺の関係分野を概観したり,レファレンスとして参照したりするなどして重宝すると思われる.
(2010年10月29日原稿受付)



ページの頭に戻る



Nonlinear Science; Challenge of Complex Systems

原著者:Z. Yoshida

Springer, Heidelberg, 2010, xii+211 p, 24×16 cm, 99.95[大学院・一般向]
ISBN 978-3-642-03405-3

紹介者:福本 康秀 (九大数理)

80年代末ぐらいから,複雑系という概念が自然や生命現象のみならず経済や社会現象までを飲み込む形で科学の対象となり,今や非線形数理モデルによる現象の記述や予測は当たり前のように行われている. 本書は,「現実のリアリティをいかに再現するか?」という問いかけをもって,デカルトの要素還元主義に根をもつ自然現象の抽象的モデル化から説き起こして,複雑系を扱えるまでに進化した非線形科学の大きな流れを読み解いた意欲作である.著者はプラズマ物理学の専門家であるが,哲学者や社会学者との交流を盛んに行って科学史や哲学に対する造詣も深く,理系・文系の壁を越境して学際的融合研究を実践する吉田ワールドのエッセンスが凝縮している.本書の最大の特徴は関数解析を含む厳密な数学を背景としている点である.非線形理論の数理構造に深い分析を加え,「非線形とは何か」に一つの解答を与えている点が他書との違いを際立たせる.本書が扱う複雑性は,生物のようにプログラム(=遺伝子)によって生成されるものではなく,大きな自由度をもつ要素間の相互作用によって自己組織的に生み出されるものである.「非線形科学の目的は線形科学のdeconstructionである.」という視点を明確に打ち出している.自然を要素に分解/合成する出発点として比例関係の高次元としての線形関係があり,線形理論の幾何学的構造を丁寧に解説して,それが一通りではなく破綻する状況を分析・分類する.新しい理論が古い理論を包みこむ形で誕生するとき,必ずスケールを含む.本書ではスケールと特異摂動が強調される.相互作用する「スケール階層」こそが複雑系の正体で,秩序と無秩序の共存を可能にする.異なる階層は独立な法則によって支配され,階層間をつなぐもの非線形性であること,非線形項が細かなスケールを紡ぎだすが,特異摂動が小さいが有限のスケールを持ち込んで特異性の形成を妨げることが乱流など的確な例を用いて示される.本書は4つの章からなる.第1章「What is Nonlinear?」で,線形理論と対比させる形で非線形性の数学的特徴を概観し,第2章「From Cosmos to Chaos」で,力学的世界観の発達をたどりながら,可積分性(コスモス)の対立概念として,カオスの本質である分解不可能性 (inseparability)の内容を解き明かす.無数の要素が結合するマクロな系では非可積分性は自明である.第3章「The Challenge of Macro-Systems」では,予測不可能性を鍵として,多粒子系の集団運動をランダムネスをもつマクロモデルとして記述する統計的枠組みや確率過程について述べる.マクロ系はミクロ系の単純な合成ではない.第4章「Interactions of Micro and Macro Hierarchies」では,観測の役割にも目をやりながら,スケール階層という概念を導入して,階層間をつなぐ非線形性の役割,マクロな階層にミクロスケールの効果が特異摂動として息づいていることが解説される.数学が背景にあることを強調したが,本文では込み入った数式は注意深く避けられて,平易かつ最も効果的な例のみが用いられている.進んだ内容は脚注やノートにまわされ,理解を深めるための演習問題も設けられて(解答付),学部学生や専門外の研究者にも十分読めるよう配慮が行き届いている.本書では哲学の専門用語が随所に用いられている. 2007 年末に出版された日本語の単行本 『非線形とは何か:複雑系への挑戦』(岩波書店)の英訳の格好であるが,英語の方が著者の意図が正確に表現できているように思われる.英語版では,新たに,各章末に充実した参考文献リストが付け加わった.本文中の該当箇所で,それらがときに寸評を加えられながら引用してあるのは,深い内容を汲み取るための助けとなる.現在も成長を続ける非線形科学への骨太の手引きとして多くの研究者や大学院生に推奨したい.
(2010年11月11日原稿受付)



ページの頭に戻る



サクライ「上級量子力学」第I巻; 輻射と粒子・サクライ「上級量子力学」第II巻; 共変な摂動論

原著者:J. J.サクライ著,樺沢宇紀訳

丸善プラネット,東京,2010, xii+232 p, 21×15 cm, 本体4,000円[学部・大学院向]
ISBN 978-4-86345-047-9
丸善プラネット,東京,2010, vi+194 p, 21×15 cm, 本体4,000円[学部・大学院向]
ISBN 978-4-86345-048-6

紹介者:坂井 典佑 (東京女子大情報理学)

本書は,非相対論的な量子力学の標準的な教科書と,ファインマン図形を駆使する相対論的な場の量子論との間を埋める古典的な名著である.第I巻はディラック方程式などの相対論的量子力学まで, 第 II 巻でファインマン図形を中心とする共変的な摂動論を扱っている.物理的な思考を重視しており,味わいのある考察が随所に述べられている.サクライ氏の他の教科書同様に,論理は明晰で,細部にまで行き届いた説明がある.また,翻訳も読みやすい.第I巻では光速度やプランク定数を省略しないが, 第II巻ではそれらを1とする自然単位系を採用している.これは,非相対論的量子力学から相対論的な場の量子論への移行を穏やかに,分かりやすくするための良い方法だろう.散乱振幅の計算でも,余り省略せずに,読者に親切な記述がされている.しかし,非相対論的量子力学での摂動論から始めて,次第に相対論的な場の量子論へ進む形をとるので,第I巻のラムシフトやくりこみの計算などは手間がかかって美しくはない.本書を読むには,手間をかけることも物理の理解には重要だという認識が必要だろう.第II巻でも非相対論的な摂動論から始め,いくつかの項を組み合わせて簡単化すると,時空間での伝播関数という概念に到達し,ファインマン流の相対論的に共変な摂動論が得られることを示している.最後の節で,1ループの例で質量と電荷のくりこみの必要性を示し,くりこみによって,発散の問題に対処できることを示して終わっている.名著であるが,原著が1967年の出版なので,デメリットも少しある.たとえば, 現在では国際単位系 (MKSA) が電磁気学の単位系としてほぼ完全に行き渡っているが,本書は有理化ガウス単位系である.また,4元ベクトルとして,時間を虚数にとりユークリッド計量であるかのように扱う方式を使うが,これも,現代では余り見かけなくなった.最小の労力でファインマン図形の計算ができることだけを求める人や,数理物理的側面に関心が向いている人には,本書は必ずしも適切ではない.むしろ,具体的な輻射や散乱の問題で,物理的考察を深めながら内容を良く理解したい人に向いている.また,英語の原著を読む方が大学院生には有用かもしれない.しかし,この名著が翻訳されたことで,今まで以上に学部学生にも親しみやすくなることを期待したい.
(2010年10月8日原稿受付)



ページの頭に戻る



ポストドクター問題--科学技術人材のキャリア形成と展望

原著者:国立教育政策研究所,日本物理学会キャリア支援センター編

世界思想社,京都,2009, iv+300 p, 21×15 cm, 本体2,300円[一般向]
ISBN 978-4-7907-1416-3

紹介者:堀田 健司 (北大院理)

本書は,国立教育政策研究所と日本物理学会キャリア支援センターが,日本におけるポストドクター問題について,特に問題が顕著な素粒子・原子核理論分野を採り上げ,研究調査したことをまとめたものです.この分野は,ノーベル物理学賞受賞者として,湯川秀樹氏や朝永振一郎氏,南部陽一郎氏,小林誠氏,益川敏英氏を輩出しています.理系の中でも非常に成績優秀な学生が集まってくる分野です.こう書くと,何の問題があるのかと思われるかもしれませんが,それにもかかわらず深刻な問題に直面しています.それが何故かを本書で知ることができます.ポストドクターというのは,博士号取得後,大学・研究所等における常勤学術研究職に就くことができずに研究を続けている人を指し,ポストドクター問題というのは,博士号取得者数と,常勤学術研究職数との著しいミスマッチによる就職難の問題です.ポストドクターは年々増加し,高年齢化していっています.このような状況から,私が現在所属している北海道大学の素粒子論研究室では,多くの大学院生が学術職への就職をあきらめ,一般企業への就職を目指すようになっています.他の大学の方たちに聞いても,このような傾向があるようです.こうなってくると,本書にも書かれているように,単にポストドクター達個人の問題ではなく,コミュニティー全体の問題であると思われます.このままでは,特定の年代の研究者が欠落し,大学教員の年齢分布にひずみを生じてしまう恐れもあります.本書では,このような問題が起こった歴史的背景について述べるとともに,素粒子・原子核理論のポストドクター・大学院生へのインタビューやアンケートで得られたデータに対して様々な角度から分析を加えています.また,調査から浮かび上がった,ポストドクターたちの性格傾向,研究生活,就職に対する考え方等が事細かに書かれています.就職を目指すポストドクターが,どのような就職支援を望んでいるか,就職支援するために日本物理学会キャリア支援センター等がどのような活動を行っているかについても書かれているので,当事者であるポストドクターや大学院生,及び指導者であるスタッフだけでなく,ポストドクターを受け入れ得る教育界,医学界,産業界の方々にも知って頂きたい.ポストドクター達が,決して「使いづらい」「コミュニケーション能力に難がある」人達ではなく,優れた論理的思考力を持ち,適応能力の高い人材であることが,分かって頂けると思います.この問題の解決のためにも,是非幅広く多くの方々に読んで頂きたい一冊です.
(2010年10月1日原稿受付)



ページの頭に戻る



宇宙の謎に挑むブレーンワールド

原著者:白水 徹也

化学同人,京都,2009, 182 p, 19×13 cm, 本体1,400円(DOJIN選書026)[一般向]
ISBN 978-4-7598-1326-5

紹介者:今村 洋介 (東工大院理工)

喫茶店でこんな話が聞こえてきた.「宇宙は5次元なんだそうだよ.」「なんだいそれ.」隣に座っていたご老人の会話である.ブレーンワールドモデルのことを話しているようだ.宇宙に関する最新科学は多くの人の心を引きつけるものらしい.ブレーンワールドとは,宇宙は我々が知っている4つの次元(空間が3 つと1つの時間)だけではなく,余剰次元と呼ばれる我々の知らない広がりを持っており,我々はその中に浮かんだ膜(ブレーン)の上に住んでいる,とする理論である.本書は,なぜそのようなアイデアが現在注目され,活発に研究がなされているのか,という動機や,そのようなモデルを構成する際に必要となる,一般相対論に基づいたからくりなどについて,できるだけ専門的な用語を使わずに解説した本である.本書には四則演算程度を含む「式」しか現れない.もちろん,重力理論を理解しようと思えば,テンソルを含む微分方程式を扱わなければならないが,本書ではそのような式は「図」として掲載されている.「図1-2 アインシュタイン方程式」といった具合である.そのような式については詳細の説明は省かれているが,各項の物理的な意味がことばで説明されており,その方程式の意味合いを何となくイメージすることができる.これは言葉だけで説明しようとするよりも,物理の数式(どのようなものであれ)に慣れ親しんだ読者にとってはよい方法であると思う.本書の大きな特徴は,著者がまえがきで敢えてそうしたと述べているように日本人研究者のこの分野での活躍が多く出てくることである.数えたわけではないが,外国人研究者の名前よりも,日本人研究者のほうが多く出てきている印象である.この分野における未解決の問題(ダークエネルギーの正体といった大問題をはじめ,高次元ブラックホールの対称性の問題など,少し専門的なものまで)がいろいろと書かれていることと併せて,今後この分野へ進もうとする日本の学生にとっては,やる気が出てくる情報ではないだろうか.同様にブレーンワールドを扱った啓蒙書にリサ・ランドール著 『ワープする宇宙』 があるが,これら二冊の本では想定されている読者の層がやや異なるように思われる.『ワープする宇宙』 はブレーンワールドを中心としつつも,その周辺にあるさまざまな話題,素粒子論の標準模型や加速器実験の話,さらには相対性理論や量子力学といったことにまで,かなりのページを割いて詳しく説明している.従って,物理を学んだことのない人が,ブレーンワールドを中心とした素粒子論全体について概観するのに適した本である.これに対して本書はブレーンワールドと関係する重力の話,たとえば高次元ブラックホールやインフレーション等に的を絞っている.そのため全く物理に縁のない読者が読むには少し敷居が高いかもしれないが,長さは200ページ足らずに抑えられており,物理学会員であれば気軽に読むことができる.一般相対性理論や弦理論のアイデアが最先端の宇宙論研究にどのように利用されているのかを手軽に知りたい学生や他分野の研究者などに本書を薦めたい.
(2010年9月10日原稿受付)



ページの頭に戻る



ソフトマター物理学

原著者:T. A.ウイッテン,P. A.ピンカス著,好村滋行,福田順一訳

吉岡書店,京都,2010, xiv+402 p, 21×15 cm, 本体4,700円(物理学叢書106)[大学院向]
ISBN 978-4-8427-0355-8

紹介者:松山 明彦 (九工大情報工)

本書はウイッテンとピンカスによるStructured Fluidsの翻訳本である.両氏ともスケーリング的なアプローチを使った高分子などの研究で有名な物理学者である.訳者は,ソフトマター物理学の第一線で活躍している好村と福田である.訳本の題目は「構造流体」ではなく,「ソフトマター物理学」とあえて変えてあるところが,訳者のこの分野への思い入れが伝わる.高分子,液晶,界面活性剤,コロイド,ゲルなどのソフトマターにおける,自己組織化とダイナミクスの基本概念について詳しく書かれている.特に動的現象の本質を理解するための日本語で読める良い教科書となっている.簡単に内容を紹介しておく.1章(はじめに)では, この本で扱う, 構造流体である高分子,コロイド,界面活性剤についての説明が簡単に紹介されている.2章(基本概念)では,統計力学の基礎から始まり,構造流体中の協同現象の特徴である力学応答について紹介されている.すこし,説明不足で初学者にはわかりにくい.3章(高分子)では,一本の高分子鎖の統計力学的法則が最小の数式で論説されている.数式は少ないが,紙と鉛筆を持ってじっくり読まないとなかなかついていけない. 4章(高分子溶液)では, 希薄溶液,準希薄溶液,流体力学的効果,絡み合い,応力緩和,などが書かれている.5章(コロイド)では,コロイド粒子間の引力や斥力相互作用について説明し,それらが作る凝縮系の構造や運動について書かれている.6章(界面)では, 界面研究の重要性, 界面張力,ぬれ現象,高分子吸着,流動効果などが, 7章(界面活性剤)では, ミセル,マイクロエマルション,泡,ラメラ相のレオロジーやダイナミクスなどが説明されている.ラメラ相のずり流動など重要ではあるが,すっかりマニアックな内容も書かれているのでわくわくさせられる.読んでいくとわかるが,数式が少ない分,文章をしっかりと読む必要がある.平易な文章だと思って読み飛ばすとこれが後々の理解に支障をきたす.「よく見ればなずな花咲く垣根かな(芭蕉)」…芭蕉になった気分でじっくりと味わって読んでいただきたい.それだけ読み応えのある教科書である.訳者の偉業であるとも言える.各章には問題が散りばめてあるので,内容を理解するにはこの問題を解くことをお勧めする.ソフトマターの動的側面を勉強したい大学院生や研究者向けの内容ではあるが,学部生でも読めば相当の知識が得られる.ランダウの統計物理学やディラックの量子力学の教科書に並ぶ,日本語で読めるソフトマター物理学の教科書になるのではないか.液晶についてはほとんど何も書かれていないことは残念であった.増強版を期待したい.
(2010年8月27日原稿受付)



ページの頭に戻る



NIST Handbook of Mathematical Functions

原著者:F. W. J. Olver, D. W. Lozier, R. F. Boisvert and C. W. Clark, eds.

Cambridge Univ. Press, New York, 2010, xv+951 p, 28×22 cm, £35.00/$50.00[一般向]
ISBN 978-0-521-14063-8

紹介者:田中 篤司 (首都大理工)

孤島に本を一冊持っていくとしたら? 「物理やりたいから Abramowitz & Stegunを持ってくよ」と,さる高名な理論屋は答えたそうだ. Abramowitz & Stegunとは,NBS(現NIST)が出版した著名な数学公式集Handbook of Mathematical Functions: with Formulas, Graphs, and Mathematical Tables(以下A&Sと呼ぶ)のことである.本書は,A&Sが出版された1964年以降の諸科学,特に,応用数学と計算機科学の発展を反映させるため,NIST が 10 年かけて完成させたものである.A&Sとの重要な違いとして系統的な査読の存在が強調されている.このプロジェクトは,数学者のみならず,物理学者や化学者からの寄与があった. A&S を孤島に必携のアイテムだとするM. V. Berry卿の序文からは,英米圏での学問の伝統が本書を支えていることの自負が伝わってくる.内容については, A&Sにあった, いわゆる公式集として想起される古典的な内容はもちろん含まれ,多くの新項目が追加された.紹介者の目に付いたものを挙げると,Berry and Howlsの寄稿による,鞍点の合流を持つ積分(いわゆるdiffraction catastrophe) の章がある.関数のグラフはカラフルになった.詳細な文献一覧が付き,物理学等での応用例の紹介まである.一方,A&Sでその大部を占めていた数値表は廃された.公式集として正確であることが大事なのは当然だが,日々手に取るものなので扱い易さも重要であろう. A&S のDover版とくらべ,ひとまわり大きい.紙質が良いためか,数年前のラップトップPCより重い.私のような非力な怠け者にとっては,両手に持っての探し事はためらわれてしまう.この欠点を克服するためでもあろうか, 本書はweb版がある. マウスをかざすと記号の定義や文献が現れ,当然ながらリンクも辿っていける.なお,web 版は略称の NIST DLMF で検索でき,本書の購入と関係無く無償で利用できる.iナントカで読むことにすれば電池の許す限り孤島でも楽しく物理ができそうである.
(2010年9月6日原稿受付)



ページの頭に戻る



粘菌; その驚くべき知性

原著者:中垣 俊之

PHP研究所,東京,2010, 198 p, 17×11 cm, 本体800円(PHPサイエンス・ワールド新書19)[学部向]
ISBN 978-4-569-77786-3

紹介者:郡 宏(お茶の水女子大)

本書は,中垣俊之氏とその共同研究者らによって行われた一連の研究をまとめたものである.単細胞生物である真性粘菌(アメーバーの一種)の観察から,生物の「知性」とは何であるかを科学的に問う,極めてユニークな研究である.平易な言葉で丁寧に書かれており,非専門家にもすんなりと読めるものである.中垣氏は,単細胞アメーバーに迷路を解く能力があることを発見した研究(Nature誌,2000年)で,一般的にも広く認知されている研究者である. また, 2008年のイグノーベル賞(認知化学賞)を受賞し,さらに,日本のみでなく欧米のテレビ番組でも研究が紹介されるなど,中垣氏は世界的な活躍をしており,ご存じの方も多いであろう.本書では,2点間の最短経路探索問題である迷路の研究に加え,3点以上をつなぐ最短経路(シュタイナー経路)探索問題,危険度最小化経路探索,さらには,記憶の問題,行動選択の問題などを取り扱っている.どの問題も単細胞生物が解けるとは到底考えられないものなのだが,これらを粘菌は実際に解いてしまう.最適化問題は,計算機を使って厳密に解こうとすれば計算コストが爆発するいわゆるNP困難問題であるが,そのような問題も粘菌はそれなりに満足できる解を能率的に見つけ出す.ここで興味深いことは,粘菌が脳などの中枢系をもたない単細胞生物であることである.したがって,これらの機能は自律分散的な情報処理によって実現されていると考えられる.中垣氏らは,どういった数学的アルゴリズムのもとにこれが可能となるかを注意深く考察し,実際に数理モデルを作ってこれを検証する. さらには,「粘菌的」アルゴリズムが既存の技術に比べてどういった点で優れているかを議論する.つまり,粘菌という特殊な生物の観察から,生物一般に適用しうる普遍的原理を探求し,さらに,技術への寄与へと発展していく.粘菌はそれ自体興味深い生き物であるが,この生き物に対する興味の有無にかかわらず是非気軽に読んでいただきたい.膨大な人材と資金をつぎ込まれて発展している分子生物学とは反対方向といっていい,中垣氏に言うところの「隙間産業」的研究スタイルに勇気付けられるのは,きっと私だけではないだろう.
(2010年8月23日原稿受付)



ページの頭に戻る