会誌Vol.68(2013)「新著紹介」より

このページでは、物理学会誌「新著紹介」の欄より、一部を、紹介者のご了解の上で転載しています。ただし、転載にあたって多少の変更が加わっている場合もあります。また、価格等は掲載時のもので、変動があり得ます。

Niels Bohr and the Quantum Atom; The Bohr Model of Atomic Structure 1913–1925

H. Kragh

Oxford Univ. Press,Oxford,2012,vi+410p,25×18 cm,$62.99[一般向]ISBN 978–0–19–965498–7

紹介者:今野 宏之(別府大)

著者クラークはヨーロッパで活躍する中堅の物理学史家である.デンマーク人としてニールス・ボーアの研究書を執筆するのに最適な人物だろう.本書は昨年出版されたが,原子構造論100周年に向けて上梓されたものである.さて内容だが,題名が示すように,前期量子論の時代に,ボーアが行った原子構造論の研究を主軸として,これに触発されて生まれた他の諸理論を絡め,ボーア原子の量子論が発展していく様子が描かれる. 第1章は,1913年以前のいろいろな原子モデルを紹介し,序論の役割を担う.次章で原子構造論が取り上げられるのだが,この部分が一番よく研究されている箇所でもある.先行研究を吟味して取捨選択しながら著者のコメントも加えてうまくまとめている.第3章では,各国でのボーア原子の受け止められ方の違いが語られる.一番盛んに議論されたのは,ラザフォードやトムソンの原子モデルの伝統があったイギリスである.第4章はドイツでいち早くボーア原子を取り上げたゾンマーフェルトの話になる.彼も他のドイツ人と同様に最初はボーア原子をあまり評価していなかった.しかし,シュタルク効果を説明しようとするボーアの試みに刺激されて,ケプラー軌道に量子条件を導入することになる.その結果,水素スペクトルの微細構造の説明に成功を収める.これを皮切りに,その後の量子論の展開は舞台をドイツへと移す.第5章はゾンマーフェルトがいみじくも「魔法の杖」と呼んだボーアの対応原理の話になる.定常状態間の遷移には選択規則があったが,ボーアはこれを対応原理で説明したのだ.そのため当時は,古典論から量子論を構築するための方法論として,対応原理は過大に評価されていた.しかし,その内実はボーア独特の勘に頼って適用されていたものであったことが,続く第6,7章で明らかにされる.特に第7章は,著者自身の研究に依拠して書かれている.ボーアは1920年から多電子原子の電子配置の問題に取り組んでいた.その際に用いられたボーアの築き上げの原理は,分光学と化学元素の性質に照らし合わせながら直観を働かせただけで,システマティックな方法論というほどのものではなかった.最終章では,対応原理の数学的な応用はむしろ弟子たちに継承されて堅実な成果へとつなげられていったことが指摘される.クラマースは量子論的分散式を導出し,ハイゼンベルクは電子軌道を廃して行列力学を形成する.こうして前期量子論の時代は終幕を迎える. 本書は,最近までの文献を渉猟した総説的性質のものであるが,ボーア関係の歴史研究に手を染めようとする人には避けて通れない手引書となろう. (2013年7月18日原稿受付)



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ヒッグス粒子を追え;宇宙誕生の謎に挑んだ天才物理学者たちの物語

フランク・クローズ著,陣内 修監訳,田中 敦,棚橋志行,田村栄治訳

ダイアモンド社,東京,2012,471p,19×13 cm,本体1,900円[広い読者向]ISBN 978–4–478–02348–8

紹介者:多田 司(理研)

本書は多くの一般向けの著書でも知られるFrank Close氏が,素粒子の標準模型確立への道のりをドラマチックに描き出したThe Infinity Puzzle: Quantum Field Theory and the Hunt for an Orderly Universeの邦訳である.著者自身が素粒子論研究者として見聞したエピソードはもちろんのこと,当事者へのインタビュー,現存する手紙などの資料に基づいて書かれており,それが本書に圧倒的な迫力を与えている.原題のInfinity Puzzleは,非可換ゲージ理論の繰り込み可能性の証明を指してのことであるが,学問的には大きなステップながら一般の読者にその意義を説明しにくい事柄をInfinityという言葉を用いて魅力的にしているところはさすがと言える.なお,原書の出版は昨年7月のLHCでのヒッグス粒子の“実験的確認”発表以前のことであり,ヒッグス粒子が話題になった後で出版された邦訳のタイトルはタイムリーでもあり,むしろ本書で取り上げられているトピックをよく表している. 取り上げられている主なトピックは,非可換ゲージ理論の繰り込み群の他,自発的対称性の破れと所謂Higgs粒子,Weinberg-Salam模型の成立,漸近的自由などである. 非可換ゲージ理論についてはその成立にあたってYangとMillsの他,あまり知られていないRon Shawの寄与についても紹介されている.日本人研究者であれば同様に先んじた内山龍雄博士の業績を想起するところであるが,残念ながら触れられていない. その意味で本書に取り上げられているのが英国の研究者または英国で研究した研究者にやや偏っていると感じられるのが惜しまれる.内容的に重なるテーマの解説としては,日本人研究者の手になる大栗博司著『強い力と弱い力;ヒッグス粒子が宇宙にかけた魔法を解く』(幻冬舎新書)もある.こちらは物理の内容を伝えることが主眼であるが,先の内山博士も含めて日本人研究者の寄与も多く触れられており,あわせてお薦めしたい. 本書の特徴はなんといってもその綿密さであろう.当事者へのインタビューはもちろんのことであるが,当事者の記憶のみに依拠することなく投稿論文やその下書き,会議の資料,手紙や日記といった個人的資料にまであたり,誰がアイデアを出したか,当時どこまで主張していたかを,時間的な前後関係まで含めて丹念に検証している.500以上にわたる注釈では,それら一次資料への参照や,専門的な事項の解説,やや脇道にそれたエピソードなどが提示されている. 訳文は,原文におおむね忠実な訳となっているが,一箇所だけŨ(12)(原著では,U-twiddle-12と表記,現代的な書き方ではU(6, 6)のこと)が意味の通らない訳になっていたのが気にかかった. (2013年5月10日原稿受付)



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青の物理学;空色の謎をめぐる思索

ピーター・ペジック著,青木 薫訳

岩波書店,東京,2011,xii+210+28p,19×14 cm,本体2,600円[学部・一般向]ISBN 978–4–00–005011–1

紹介者:平野 拓一(東工大国際開発工)

本書は,多くの物理学者が「空はなぜ青いのか?」という問題の解明に苦しみ,物理学の発展にいかに貢献したのかを興味深く描いている.マクスェルやアインシュタインもこの問題に取り組んでおり,物理学もこの問題を通して大きく進展を遂げたのである. 前半では,青色に関する古代ヨーロッパとアジアの感覚の違いと「空はなぜ青いのか?」という問題意識を持つまでの歴史について説明されている.原子の存在が実証されていない時代に活躍したプラトン,アリストテレス,レオナルド・ダ・ヴィンチといった古代の哲学者も光や空の青色の性質に関して思索を行っていた.後半では,ニュートン,ファラデー,ストークス,チンダル,レイリー,マクスウェル,アインシュタインなどのそうそうたる物理学者も空が青い理由を説明しようとして,逆に原子は存在するはずだという証拠をつかんでいった(19世紀後半でも原子の存在は疑問視されていた)過程が描かれている.また,レイリーの理論と空の色の観測からも原子の個数(アボガドロ数)や原子サイズのオーダーを見積もることができたことは驚くべきことである.さらに,夜空の暗さの程度から宇宙論へと発展し,黒体輻射の結果から量子論へと発展し,人工的な空の霧箱が素粒子論への道を切り拓いたという物理学発展の歴史が活き活きと描かれている. 原子論を証明するために空の色の研究がこんなにも関連しているとは知らなかった.現在だからこそ,「あらゆる物質はそれ以上分解できない原子に分解することができる」と学校で習って知ることができるが,私は中学の理科で原子について習ったとき,それが事実ならば(自分自身を含めて)生物としての個性を失ってしまうような気がして衝撃的であった.また,水の電気分解で水素と酸素の体積比が   2 : 1  の整数比となることが水は原子で出来ている証拠の1つであると習ったが,水が微小な粒で出来ているとはとても信じられず,蛇口から流れ出る水を触ったのを覚えている.生まれて初めて知る事実として,原子というものの存在はそれだけ現代に生きる私にも衝撃的であった.今日では走査型トンネル顕微鏡(STM)で原子の像を観察することができるが,STMなど無い時代に空について研究することで間接的に原子の存在を確認していたことは驚きである(しかもレイリーをはじめとする物理学者がその現象を理論的に「これでもか!」と言うほど詳細に調べていたとは!).本書のように歴史を振り返ることは大変有意義であると思う.なぜならば,現在行われている素粒子論,宇宙論などの最先端の物理学の研究も,同様の考え方で進められているからである.歴史を知ることは出来事の関連が有機的に繋がって系統的な知識が得られるだけでなく,未来への展望も拓ける.どのような証拠から,物理,この世界の原理を読み解いていけばよいのかという手順を学ぶことができるはずである.まさに「温故知新」である.将来,宇宙・素粒子など全ての物理法則が解明され,同様に過去を振り返れる日が訪れたときに,本書のようにわかりやすく解説してくれる本を読みたいと願う. (2013年5月13日原稿受付)



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金属–非金属転移の物理

米沢富美子

朝倉書店,東京,2012,vii+194p,22×16 cm,本体4,600円[専門~学部向]ISBN 978–4-254–13110–9

紹介者:小口 多美夫(阪大産研)

本書は,バンド理論の切り口から金属–非金属転移論を扱った大学院生,若手研究者向けの教科書である.転移としてはパイエルス転移,ブロッホ–ウィルソン転移を中心に置くも,アンダーソン転移,モット転移にまで言及し,転移に関わる微視的機構について包括的に纏められている.このように基礎的であるが物性物理学においてたいへん重要な物理現象を,著者のこれまでの経験に基づき巧妙な構成により書き上げている.まず,金属に関する基礎的事項,バンド理論に最初の2章を割いている.これらの章は後の議論に必須ではあるが,既にこれらの概要や知識をもっている学生・研究者にとっては本書に現れる専門用語や式でのノーテーションの確認程度で軽く通過することができる.本書での話題の中心となるパイエルス転移,ブロッホ–ウィルソン転移に関しては,3章から5章にかなりしっかりとした記述が与えられている.それぞれの章においては,その基本となる関連事項に対しての比較的平易な概論と直感的な理解からスタートし,バンド理論に基づき数式の展開を示しながら転移現象における機構を徐々に詳細に説明している.(数式の導出に関して必要なことは,固体物理での基礎事項に加えて付録に与えてあることはたいへんありがたい.)その後,関係する具体的な物質系を例に上げて,既に述べた転移論がそれぞれの物質のバンド構造にどのように適用され,個々の転移現象がいかに理解できるのかを概説している.通常,物性理論に関する教科書では物理的な現象に対して具体的なイメージが掴みにくいきらいがあるが,物質のバンド構造と現象を直接的に結びつける本書のアプローチは多くの実験家にも受け入れられるであろう.また,いくつかの重要な引用文献が掲げられている点も現在進行中の研究に直結したスタイルを取っている点でよいところである.転移論は著者のライフワークの一つである.その強い意気込みを本書の中では其処此処に感じることができる.研究室でのゼミにお薦めしたい教科書のひとつである. (2013年4月27日原稿受付)



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岩波講座 計算科学 別巻;スーパーコンピュータ

小柳義夫,中村 宏,佐藤三久,松岡 聡

岩波書店,東京,2012,x+204p,22×16 cm,本体3,200円[専門・大学院向]ISBN 978–4–00–011307–6

紹介者:藤堂 眞治(東大物性研)

理化学研究所が中心となって開発を進めてきた「スーパーコンピュータ京」は2012年6月に完成し,昨秋から一般共用が始まった.二期連続でTOP500世界一位の座を占めた「京」を活用して,どのような科学的成果が生み出されるのか大いに注目されている.計算科学的手法(シミュレーション)は,理論系だけでなく実験系の研究室でも日常的なツールとして広く使われるようになってきているが,一方でコンピュータの構造は急速に複雑化してきている.現代のコンピュータの性能を十分に引き出し,より大規模な計算をより高速に実行するには,アルゴリズムなどの数理的な側面だけでなく,パイプライン,アウトオブオーダー実行,SIMD,レイテンシ,B/F値,メニーコア,キャッシュ最適化,ハイブリッド並列,ネットワークトポロジなど,システム技術にまでおよぶ総合的な知識が必要とされる.しかしながら,計算機の非専門家向けの成書は少なく,専門家向けの資料を独力で読み解くか,あるいは研究室における口頭伝承に頼らざるを得ないのが現状である. 本書は『岩波講座 計算科学』の一部として,計算科学者あるいはそれを志す人,すなわち計算機のユーザを対象として書かれている.別巻として出版されているが,本編とは独立しており単なる付録ではない.「コンピュータの基本原理」,「スーパーコンピュータの高速化手法」,「スーパーコンピュータをどう活用するか」,「スパコンの進化とエクサフロップスに向けた今後の課題」の4つの章からなっているが,それぞれ別の著者により書かれており,章ごとに独立して読み進めることができる. 第1章では,標準的な計算機の教科書(例えばパターソン&ヘネシー)の内容がコンパクトかつ平易にまとめられており,学部あるいは大学院修士課程でこれから計算機を使い始める学生向けの内容となっている.第2章は,PCクラスタや中規模のスパコンを一通り使いこなすが,本格的なチューニング経験のないユーザが対象である.特にメモリシステム(キャッシュ)の最適化に詳しい.また,今後のスパコンの性能を律速する要素の一つである電力消費量についても述べられている.一方,第3章は,並列プログラミングを始めようとしている人向けの入門である.並列プログラミング言語の最新状況についてもごく簡単に触れられている.第4章では,スパコン開発の歴史と次世代(エクサスケール)に向けた課題について詳しく解説されている.第1章と第3章は初学者にも取りかかりやすいが,内容は表面的で深みには欠ける.それに対して,第2章と第4章は,コンパクトであるが内容が密で読み応えがある.計算機の非専門家向けとして,現時点で最もまとまっている資料と言って良いだろう. 全体を通して読むと,各章のレベル・執筆方針について,著者間の意思疎通が取れているとは言えず,かなりちぐはぐな印象を受ける.特に,参考文献の質や量が章ごとにバラバラであるのは残念である.文献情報が充実している章についても,計算機関連の学会(ACM,IEEE等)の論文が主であり,非専門家が読み進めるにはかなりハードルが高い.この点に関しては改善を期待したい.しかしながら,逆説的に言えば,これこそが計算科学をとりまく現状を端的に表わしており,『岩波講座 計算科学』において本書が企画された理由でもあろう.類書が他には見あたらないことを考えると,「京」が実際に動き始め,さらには「京」の次へ向けたコデザインが始まったこのタイミングで,本書が出版されたことは大きな意義を持つ.計算科学と計算機科学の間の深いギャップを埋める試みとして重要な一歩であることは間違いない. (2013年4月19日原稿受付)



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Polymer Physics; Applications to Molecular Association and Thermoreversible Gelation

F. Tanaka

Cambridge Univ. Press,New York,2011,xv+387p,26×18 cm,$130.00[専門・大学院向]ISBN 978–0–521–86429–9

紹介者:田中 良巳(横国大院情報)

端正と個性を併せ持つ良いテキストだと感じた. 本書は高分子物理の中でも溶液やゲルなどの溶媒を含んだ系を扱ったものである.孤立鎖の統計的性質やスケーリング則といった高分子溶液論の基礎概念をバランスよく扱う標準的なテキストであると同時に,全体を貫く主題として「高分子会合系」の解明に重点が置かれている事が本書の大きな特徴である.高分子会合系とは,例えば疎水性相互作用のような弱い引力相互作用により会合する官能基が分子鎖に存在し,様々なスケールの高次構造(超分子構造)を形成する系を意味する.会合状態は熱運動や外場によって容易に変化し,結果として相挙動やレオロジーといった系の静的・動的振る舞いは多様かつ複雑なものとなる.著者の田中文彦氏は,様々な高分子会合系の問題を理論的な立場から長年研究されてきた方であり,これまでの研究・教育の成果が本書に系統的に纏められている.著者自身の理論の説明においても,オリジナルの形からの整理や再定式化された部分が随所にあり(例えば9章Rheology of thermoreversible gelsにおける記述など),原著論文と比較しながら読むと興味深い. 本書のもう一つの特徴として,分子描像を大切にしている点が挙げられる.すなわち,オーダーパラメータという形で分子の実体を塗りつぶした記述ではなく,会合性高分子鎖の構造的特徴をかなり具体的に反映し,かつ(統計力学的計算に適するように)比較的少数の変数に基づくモデル化がなされている.この分子論的具体性と数学的簡潔さの両立は,高分子会合系という分子構造の詳細を色濃く反映する対象を物理の立場から扱う上で必然的な事であるが,同時に,著者の統計物理学者としてのこだわり(腕の見せ所)にも感じられる. 本書の主たる対象読者はソフトマター分野の研究者や大学院生であるだろう(中級程度の統計力学の素養―例えば平均場近似やパーコレーションなど相転移に関する標準的な取り扱いやランジュバン方程式など―が仮定されている).また,よりヘテロ性の強い系としての生物物理,とくに原形質流動や細胞運動等のレオロジー的な現象に興味を持つ方々も機会があれば手に取ってみる価値のある本だと思う(特に後半部分).様々な会合状態にある高分子系の動的振る舞いに関する“素性の良い物理描像”を知る事が出来るだろう. 蛇足になるが,20年近く前に東京神田神保町の古本街の一角で,著者の田中氏とばったり出くわした事を思い出した.店外におかれた段ボールの中から,FloryやStockmayerなどの高分子物性論の先駆者達の著作物,それも会議録などの一般にはあまり知られていない文献をしきりに探されていた.「そうした先人たちには未完の仕事も沢山あり,それらを発掘し現代的な観点から見直すのは宝探しのような楽しさがある」という意味の事をおっしゃったと記憶している.本書に取り上げられた話題(やその元アイデア)の幾つかは,あの段ボールから拾いだされ磨き上げられたものなのだろうか? (2013年3月4日原稿受付)



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かたち;自然が創り出す美しいパターン
流れ;自然が創り出す美しいパターン
枝分かれ;自然が創り出す美しいパターン

フィリップ・ボール著,林 大訳
フィリップ・ボール著,塩原通緒訳
フィリップ・ボール著,桃井緑美子訳

早川書房,東京,2011,430p,20×14 cm,本体2,500円[専門~一般向]ISBN 978–4–15–209240–3
早川書房,東京,2011,302p,20×14 cm,本体2,300円[専門~一般向]ISBN 978–4–15–209256–4
早川書房,東京,2012,301p,20×14 cm,本体2,500円[専門~一般向]ISBN 978–4–15–209278–6

紹介者:山崎 義弘(早大先進理工)

誰しも,目の前に広がる自然の造形(パターン)がどのようにして現れたかに疑問を持ったことはあるだろう.3部作からなる本書は,このような疑問に対し,統計物理学・非線形動力学の観点に基づき,最近(2009年)までの2, 30年間に行われてきた研究成果を,数式をほとんど使うことなく,平易な文章により紹介している.各巻とも歴史的な背景から始まり,以下のような題材が取り扱われている. 第I部『かたち』:まず,形態・パターンに対する問題意識を概観し,シャボン玉など極小曲面が作り出す形態,リーゼガング・リング,BZ反応による化学波,動物の体表に現れるスポット,葉序に観られるフィボナッチ数列と続く.そして,胚中の濃度勾配による形態形成への道筋に言及している. 第II部『流れ』:レオナルド・ダ・ヴィンチの遺業に始まり,ミルク・クラウン,テイラー渦,対流によるロール構造,粉粒体による風紋,偏析,なだれ(自己組織化臨界現象).さらには,生物の群れとして,渋滞などの特徴的な運動を解説する.最後に,難問である乱流を紹介している. 第III部『枝分かれ』:雪の結晶に始まり,拡散律速凝集に代表されるフラクタル成長現象,亀裂の進展,川(水路)の分岐に現れる法則,葉脈などの網目構造,さらには,複雑ネットワークへと話題は進む.特に,エピローグとして,散逸構造やスケーリングといった,パターン形成現象の理解に必要な概念が,物理の1分野として発展してきた経緯と共に簡潔にまとめられている. 対象となる読者は幅広く,様々な読み方ができると思われる.(1)高校生や大学1年生であれば,この分野の啓蒙書として通読するのに適しているだろう.各巻末には簡単な実験方法も掲載されているので,実際に自らパターン形成現象を再現することも可能である.(2)研究を始めた4年生や大学院生ならば,各巻末にある参考文献を調べることで,より詳しく,専門的な理解をすることができよう.本書の延長上として卒論や修論のテーマを考えることも可能だろう.(3)この分野の研究者にとっては,良いレビュー記事と捉え,新たな問いを想起するきっかけになるのではないかと期待される. 最後に,欠点と言って良いか分からないが,本書からは話がうまくまとまり過ぎている感じを受け,この分野の基礎は既に完成してしまったのではないかという印象を与えかねない.この点は著者のフィリップ・ボールも本書の中で言及しており,これまでに採用されたパターン形成の原理だけで「かたち」について何でも説明できると思うなと警鐘を鳴らしている.個人的には,この戒めに耳を傾け,将来の研究へとつなげていきたい. (2013年4月10日原稿受付)



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Plasma Astrophysics, Part I; Fundamentals and Practice 2nd edition
Plasma Astrophysics, Part II; Reconnection and Flares 2nd edition

B. V. Somov

Springer,New York,2012,xxvi+498p,24×16 cm,181.85€[専門・大学院向]ISBN 978–1–4614–4282–0
Springer,New York,2012,xxi+504p,24×16 cm,181.85€[専門・大学院向]ISBN 978–1–4614–4294–3

紹介者:天野 孝伸(東大院理)

天体物理学の様々な場面において磁場が重要な役割を果たすことは現在では誰もが認めるところである.それは宇宙の希薄で高温な環境においてはガスが電離したプラズマ状態にあり,荷電粒子の運動が磁場によって束縛されるからに他ならない.本書はそのような天体物理学の理解に不可欠なプラズマの諸過程(Plasma Astrophysics)を取り扱った教科書である.本書は2冊から成り,第1巻(Part I)でプラズマ物理の基礎が,第2巻(Part II)で磁気リコネクションや太陽フレアなどが議論される. まず始めに本書の特徴として標準的なプラズマ物理や天体物理の教科書とは異なったものになっていると言えよう.それは随所に著者の専門である太陽物理学への具体的な応用例が埋め込まれている点にある.また特に第1巻では単なる式の羅列に終わらず,直感的な理解の助けになるような記述が多く見られる.これらからは読者が実際の研究において必要になるであろう,より実践的な知識の習得を目指す著者の意図を見て取ることができ,好感が持てる.また軽快なスタイルの記述になっており比較的読みやすく感じられる. ただしその反面,本書を読み進めるにあたってある程度の前提知識は必要になると思われる.確かに物理や数学のテクニックに関しては著者の言うように学部卒業レベルの一般的な知識で十分であるように思われるが,太陽物理への応用例を具体的にイメージし,理解するには現象論的な知識がないことには少々難しいかもしれない.また基礎編である第1巻で扱う内容も独特である.例えば電磁流体衝撃波の発展性条件など通常の教科書では扱われない内容を取り上げる一方で,プラズマの多流体および運動論的取り扱いなどは中途半端な解説に終わってしまっている.これらは主に第2巻で取り上げられる太陽物理への応用例を念頭において選択されているように推測されるが,もう少し一般的な読者を対象とした構成にしても良かったのではないかと思われる.第2巻では主に太陽フレアの観測例を引き合いに出し,磁気リコネクションや高エネルギー粒子の加速が議論される.ただし,これらは著者のグループが行なってきた研究のレビュー的な意味合いが非常に強く,また観測結果の議論も(少なくとも太陽物理の専門家でない私には)細か過ぎる感が否めない.著者の主張するように太陽物理は天体プラズマ物理の実験室として重要なことは確かであるが,より一般的な基礎知識を身につけようとする読者を対象とするのであれば,太陽物理に特有の現象論の理解を求めるのは少々酷であると思われる.またSweet-Parker,Petcheckという代表的な2つの磁気リコネクションモデルの理解がほぼ前提とされているように見受けられる点はこの手の教科書としては残念である. まとめると本書は初学者向けの一般的な教科書としては少々癖が強すぎるように思われるが,その一方で,プラズマ物理や天体物理についてある程度の知識を身につけた大学院博士課程の学生や研究者レベルの読者がこの分野についてより深いレベルの知識を得たり,太陽物理(特に太陽フレア)の基礎を身に付けるには一読の価値があるものと思われる.全体として良くも悪くも随所に著者の意図が色濃く出ている本に仕上がっていると言えるだろう. (2013年3月14日原稿受付)



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戦後日本の科学運動

廣重 徹著,吉岡 斉編

こぶし書房,東京,2012,318p,19×14 cm,本体3,200円(こぶし文庫―戦後日本思想の原点)[一般向]ISBN 978–4–875–59267–9

紹介者:岡本 拓司(東大総合文化)

廣重 徹(1928–1975)は日本を代表する科学史家であり,『戦後日本の科学運動』は,彼の研究のうち,科学と社会の関わりを扱ったものの最初期の成果である.雑誌『自然』の1959年5月号から翌年6月号まで,10回にわたって連載されたものに若干の修正が加えられ,1960年に初版が刊行された.再刊は1969年に1度あったが,昨年,出版社を変えて再度の刊行が実現した. 半世紀以上を隔てた再刊が実現したのは,本書が扱う「科学運動」(科学者が行う科学と社会とのつながりを問題とする運動と定義されている)の中に,日本における原子力開発の開始をめぐるものが含まれているためであろう.廣重自身は,物理学者たちが,政府主体の原子力開発を「民主・自主・公開」の三原則に沿っていないと非難するのみで,巨額の予算の下に着々と進行する事態には実質的な関与ができなかった様子を,現実の充分な分析に基づく活動ではなかったことの帰結であると評している. なお,1954年に第五福竜丸事件などで問題となった水爆実験に伴う死の灰を含む雨について,阪大教授の浅田常三郎が,「ラジウムで有名な三朝温泉が降ってきたようなもの」と語ったことも紹介されており(108ページ),2011年3月の原子炉の事故の際の諸専門家の発言を思い起こさせる. 本書は,学生時代の廣重自身も関わった科学者による運動を,当事者としての意識も交えながら描いたもので,後に『科学の社会史』(1973年)に結実する,より客観的な分析とは性格を異にする.廣重が提示した著名な「科学の体制化」(いまどきの「態勢」ではない)の語も現れない(廣重編『日本資本主義と科学技術』(1962年)に至って,「科学の体制の近代化」や「科学の制度化」(J. D.バナールのもの)の語が現れるが,廣重旧蔵の同書(国際日本文化研究センター蔵)の「まえがき」には,「体制化」の鉛筆による書き込みが見られる).一方で,直接的な記述はないものの,本書からは,かつては科学が民主的な社会の実現をもたらすとして科学運動に勤しんだ廣重が,こうした理想に疑念を抱くようになり,しかしそれでも科学の可能性に期待を抱きながら科学史へと関心を移して行った経緯を窺うことができるように思われる. 適性や関心からは,廣重は学説の歴史をより強く好んだのではないかと思われるが,その彼が,半ば義務のようにして社会史を書き続けた理由も,かつて啓蒙主義の下でそうであったように,科学(者)が社会変革の担い手となる可能性を,僅かながらも見込んでいたためではなかったか.実際には,「科学の体制化」の進展を精緻に描写すればするほど,体制化以外の結末は見えなくなるのではあるが. 廣重にとって社会史を書くのは楽しい作業ではなかったようにも思われるが,それでも,本書から読み取ることのできる一種の義務感から,彼は日本における科学の社会史の通史を書き上げるに至った.解説で指摘されるとおり,『科学の社会史』のあと,単一の著者による同様の通史は発表されていない.廣重が抱いたような義務感がなければ,これは容易には成しえない作業なのかもしれない. (2013年3月16日原稿受付)



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原子分子物理学ハンドブック

市川行和,大谷俊介編

朝倉書店,東京,2012,ix+518p,22×16 cm,本体16,000円[専門・大学院向]ISBN 978–4–254–13105–5

紹介者:田沼 肇(首都大)

原子および分子に関する物理学は,レーザーや放射光の技術的発展により,光との相互作用も含めてAtomic, Molecular, and Optical(AMO)Physicsと呼ばれるようになった.光子を電子・原子・分子と同様に入射粒子と見なすと,原子分子レベルでのダイナミクスの大部分を衝突現象として捉えることができる.本書は第1章が原子・分子の構造に関する理論,第2章は光子衝突,第3章は電子・陽電子および重粒子衝突,第4章はこの30年ほどの間に研究対象として確立した多価イオン,クラスター,エキゾチック粒子,最後の第5章では応用先であるプラズマ,宇宙,放射線,環境,そして時間標準にまで触れている.「まえがき」にもあるように広範な原子分子物理学の全ての分野を網羅しているとは言えないが,meV以下とMeV以上を除けばほとんどの衝突エネルギー領域とほぼ全ての研究対象をカバーしており,まさに「原子分子物理学ハンドブック」という書名に相応しい内容である. この記事を書くため,まずは短期間で一気に通読した.しかし,ハンドブックというものは通読するには向かないようである.私は25名の著者のほとんどと親しくさせて頂いているので,読みながら著者の顔と声を思い浮かべ,その語り口を大いに楽しませて頂いたが,それぞれの個性がはっきりと現れていて,悪く言えば統一感に乏しい.これが一人の著者によって書かれる一般の書籍との大きな違いである.勿論,この統一感の欠如は欠点ではなく,全ての分野についてかなり高度な最先端の内容にまで踏み込んでいることの証であり,得がたい貴重な解説・参考文献として評価すべきであろう.それゆえ,本書を読みこなすには大学院レベルの原子物理学の知識が必要であり,学部学生が最初に手を出すことは勧められない.他の入門的な教科書で一通りの勉強をしてから,専門家としてステップアップするために読むのが適当であろう.ただし,研究を始めたばかりの学生が,該当する分野について読むことは,分野の概要を掴むためにも大いに推奨できる.一方で,視野を広めつつ知識を整理するために,全編を読破することを博士課程以上の若手研究者に勧めたい. AMO物理のハンドブックとしてはSpringer社から2006年に出版されたものが有名であるが,これは1,500頁もの超大作でレベルも非常に高い.一方,本書は500頁足らずではあるが,このようなハンドブックが自国語で出版できるのは日本のAMO研究レベルの高さの証に思える.最近,ドイツには少し水を開けられているように思うことがあるが,それに次ぐAMO大国として発展していくため,本書が役立ってくれることを大いに期待したい. (2013年3月15日原稿受付)



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凝縮系物理における場の理論(上)第2版
凝縮系物理における場の理論(下)第2版

A. Altland and B. Simons著,新井正男,井上純一,鈴浦秀勝,田中秋広,谷口伸彦訳

吉岡書店,京都,2012,x+539p,21×15 cm,本体8,000円[専門・大学院向]ISBN 978–4–8427–0360–2
吉岡書店,京都,2012,485p,21×15 cm,本体8,000円[専門・大学院向]ISBN 978–4–8427–0361–9

紹介者:野村 健太郎(東北大金研)

本書はA. AltlandとB. Simonsによって書かれたCondensed Matter Field Theory第2版の邦訳である.対象は量子力学および統計力学を一通り学んだ大学院生である.第2量子化などの初等的な場の量子論から,今日研究で用いられている最先端の場の理論習得までの道のりは長く険しくまた楽しくもある.上下巻合わせて約千ページからなる本書は基礎から研究の最前線までの道しるべを提供する.凝縮系への応用を視野に入れた場の理論の書籍はこれまでにも多数出版されているが,本書の特徴は汎関数積分形式などの現代的なアプローチを積極的に取り入れ,低エネルギーの有効理論を構成することで様々な物理現象の統一的記述に成功した点である.また,これまでは原論文をあたるしかなかった新しい話題が練習問題として紹介されている点も有難い.初めの数章では第2量子化法,経路積分および汎関数積分による量子化法が解説され,本書の骨格をなす.自発的対称性の破れの章では読者は電子気体プラズマ,ボーズ・アインシュタイン凝縮,超流動・超伝導,乱れた電子系など多様な物理系の諸現象が統一的枠組みで理解できることを見るであろう.4つの章からなる下巻では発展的な話題が紹介されておりそれぞれ独立に読めるようになっている.繰り込み群の章ではイジング模型などの具体例から出発し,その様相をつかんでから一般論を展開するという配慮がなされている.説明は論理的飛躍が無く丁寧で,図を用いた解説は直感的にも分かり易い.場の理論のトポロジー的側面についての章も類書には見られないほど詳しく書かれてある.前半は作用積分のトポロジカル項の導入とそれを理解するための数学としてホモトピー群と微分幾何学が速習講座としてまとめられている.章の後半でスピン鎖,量子ホール系,局所磁気モーメントと結合する電子系で現れる物理が,トポロジカル項(θ 項,WZ項,Chern-Simons項)によってエレガントに理解される様子は圧巻である.ただし折角トポロジカル不変量や θ 項が解説されているのにトポロジカル絶縁体・超伝導体の話題が紹介されていないのは残念な気がする.原著の2版で新たに加筆された最終2章では,非平衡系へのアプローチとしてLangevin理論やKeldysh理論,ナノ系・量子ドット系における輸送現象,完全計数統計が詳しく解説されている.どの章も初めに目的が明瞭に示されテンポよく読み進めることができる.ややアドバンスな話題はINFOの欄に書かれており,初読の際には無理せず飛ばせるように配慮されている.Exerciseでは実際に手を動かすことで理解を深めることができる.章の最後では演習問題として具体的なテーマを題材に選び研究に取り掛かれるように工夫を凝らしてある.また翻訳も分かり易く原著の雰囲気がよく伝わっている.本書は凝縮系理論の分野での研究を志す大学院生には勿論,既に第一線におられる研究者にとっても多くの有益な内容が含まれている.何度も読み返したくなる良書である. (2013年4月1日原稿受付)



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相対論的量子力学

川村嘉春

裳華房,東京,2012,xii+353p,22×16 cm,本体4,600円(量子力学選書)[専門~学部向]ISBN 978–4–7853–2510–7

紹介者:松尾 衛(原子力機構)

まず,全353ページのうち,1/3を占める付録の充実に驚く.本編第I部で相対論的量子力学の理論構造,第II部で散乱問題を通じた理論検証が,付録では,初学者向けに特殊相対論と量子力学のまとめ,上級者向けにポアンカレ群の表現論,スピノル解析,様々な時空におけるスピノルが扱われている. 全体を通じて,物理的要請とその数学的実現方法が明確に提示され,計算例では丁寧な式変形とともに,計算結果の物理的解釈が明瞭に解説される.長い計算を伴う場面では,迷子にならぬよう,最終結果が先に示され,後にその計算過程が解説されるといった構成上の工夫が随所に見られ,初学者への配慮が行き届いてる.著者がゼミや講義を通じて,迷える学生さん相手に,手を変え品を変え助言を与えてこられた姿が容易に想像できる.解説上のノウハウが惜しみなく盛り込まれ,自習書に適している. 付録前半は,荷電粒子の特殊相対論的力学と量子力学の対称性にこだわった速習講座である.第I部では,ディラック方程式の導出,ローレンツ変換性,解の物理的性質,非相対論的極限,水素原子のエネルギー準位,CPT変換を通じた負エネルギー解の解釈といった理論構造理解のための重要事項が押さえられる.第II部では,様々な散乱過程における散乱断面積の最低次の摂動計算を経て,異常磁気モーメントとラムシフトの計算に到達する.グリーン関数や正則化の丁寧な解説と相俟って,場の量子論に向けた最高度の準備が完了する. 一方,場の量子論の既習者にも役立つ.近年,高エネルギー物理学分野に限らず,相対論的量子効果が広く研究されている.電子状態計算や量子化学計算ではディラック方程式に基づく計算が行われる.微細加工技術の進展により,グラフェンやカーボンナノチューブはもとより,ナノスケールで制御された物質系において,低次元時空や曲がった時空が有効的に実現され,その電子物性の理解に相対論的量子力学が駆使される.こうした様々な時空の物性を研究する上で足がかりとなるのが,本編および付録に記された,ポアンカレ群の表現論,共形代数,超対称性変換,スピノル解析,D次元ミンコフスキー時空におけるディラック,ワイル,マヨラナ,マヨラナワイルスピノルの存在条件や四脚場の議論である. かつては本書のカバーする内容を参照するために複数の文献を行き来する必要があった.文献ごとに異なる単位系,E–B/E–H対応,計量の取り方の違いに苦労したことを思い出す.今回の書評をよい機会に,早速,私の座右の書となった.本書で相対論的量子力学を学べる初学者が,正直うらやましい. (2013年3月15日原稿受付)



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量子力学から超対称性へ;超対称性のエッセンスを捉える

坂本眞人

サイエンス社,東京,2012,vii+190p,26×18 cm,本体2,476円(SGCライブラリ-96)[専門~学部向]ISSN 4910054701227

紹介者:杉野 文彦(岡山光量子科学研)

超対称性理論は通例,場の量子論を学部・大学院で習得後,進んだトピックスとして学ぶものだが,本書は量子力学を勉強した学部学生でも超対称性の本質を捉えることができるよう意図して書かれた,これまでにないユニークな教科書である. 第1章の対称性についての概説の後,第2章では円周上の自由粒子の量子力学から超対称性の基本構造を説き起こし,第3章で超対称性の一般的性質,ウィッテン指数,N=2超対称性に触れている.第4章では,ウィッテン模型と呼ばれるN=2超対称量子力学を題材にして,前章で触れた内容の詳細な解説が行われる.特に,4.8節で自由粒子と非自明ポテンシャル中の粒子が超対称性で結ばれることが議論され,続く第5章では超対称性および形状不変性を用いることで厳密に解ける量子力学系が無限個構成される.この内容は素粒子論研究者でもあまり目にする機会がなく,評者も興味深く読ませていただいた. 第6章で対称性と保存量,ネーターの定理の一般論について触れた後,第7章ではラグランジアン形式のウィッテン模型において具体的に超対称電荷を求め,ワード – 高橋関係式,ニコライ変換を解説している.超対称性が引き起こす力学的側面としては,7.13節の経路積分表示でのウィッテン指数の計算において,励起状態の「ボーズ」的自由度と「フェルミ」的自由度が相殺することが述べられている.第8章では超対称性が明白な超空間と超場を用いてウィッテン模型が再定式化される.本書を読み終え先へ進む読者に向けて,様々なトピックスが最後の第9章で挙げられている. 式の導出は極めて丁寧に書かれている.誤植はほとんどないが,7.12節においてのみ超対称変換の演算子表示(7.91)の符号が反対である(そうしないと(7.36),(7.52)と整合しない)こと,および(7.99)の右辺の因子の根号の中をEではなく2Eとすべきところに関係する誤植が気になった.この点に注意すれば学部生・大学院生が個人や自主ゼミで読み進めることも可能だろう. 扱っているのは超対称場の理論ではないので,本書での超対称性は真にボーズ粒子とフェルミ粒子を結びつけるものではない.しかし,場の量子論の無限大の自由度の取り扱いに煩わされることなく,超対称性の本質が解説されている良書だと思う.超対称性に興味のある初学者やアドバンストな量子力学を学びたい方に入門書としてぜひお薦めしたい.なお付録Aには,超対称場の量子論の基本的性質がまとめられている. (2013年3月13日原稿受付)



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Computational Chemistry; Introduction to the Theory and Applications of Molecular and Quantum Mechanics 2nd edition

E. G. Lewars

Springer-Verlag,Berlin,2011,xvi+664p,24×16 cm,159.95€[専門・大学院向] ISBN 978–90–481–3860–9

紹介者:長谷川 淳也(北大触媒化学研セ)

本書は電子状態理論を中心とする量子化学理論とその応用計算の入門書として良書である.特に,分子構造や化学反応に関心があり,実際に計算を始めたい研究者・大学院生にとっては有用な内容である. 本書の特徴の一つは,計算化学の主要な用途の一つであるポテンシャルエネルギー面(potential energy surface)から説き始めることである.有機化合物の分子構造や化学反応の計算例を挙げての具体的な説明がなされており,読者の関心を引くための配慮が感じられる.本書はこの後,分子力学(molecular mechanics)を簡潔に説明し,かなりの頁数を割いて分子軌道法について説明している.学部レベルの量子力学,線形代数の基礎的内容,式の導出のみならず数値の算出過程にまで説明が及び,とても親切な内容である.計算化学・量子化学に関心がある方ならば,学部レベルの物理化学を忘れても本書を使って学習できる.量子化学計算を計画し,結果を理解するために必要な理論上の知識を得ることが可能である. 敢えてネガティブな批評をすると電子相関効果や励起状態についての記述は手薄であることである.これらの事項は発展的な内容でありながら,理論計算には必要不可欠である.しかしながら,本書は量子化学,密度汎関数理論における発展的なテキストに進むためのベースとしては十分であろう.分子軌道法については,SazboとOstlundによるModern Quantum Chemistry; Introduction to Advanced Electronic Structure Theory,密度汎関数理論については,ParrとYangによるDensity-Functional Theory of Atoms and Moleculesが専門的な教科書として薦められる.量子化学計算の演習書としては,ForesmanとFrischによるExploring Chemistry with Electronic Structure Methodsが挙げられ,多様な例題について,Gaussianプログラムを用いた演習と結果の説明が記載されている.それぞれ邦訳が出版されている. また,本書の巻末近くには量子化学に関連する著作や既存のソフトウエアについてリストアップされ,簡単な説明が与えられていることも付記に値する.読者に手を伸ばすような配慮が感じられ,教える立場として共感できる好著である. (2012年9月18日原稿受付)



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ソフトマター;やわらかな物質の物理学

瀬戸 秀紀

米田出版,千葉,2012,x+147p,19×13 cm,本体1,600円[学部・一般向] ISBN 978–4–946553–53–0

紹介者:荒木 武昭(京大院理)

本書は,著者自身,巻末で述べているように「ソフトマター物理のガイドブック」である.ソフトマターとは,その名の通り「やわらかい物質」のことであり,具体的には,高分子,液晶,コロイド,界面活性剤といった物質群を指す.これらは,プラスチック,ゴム,ディスプレイ,インクという形で工業的に広く使われ,我々の生活に欠かすことができない物質である.また,我々の身体も高分子(タンパク質,DNA),界面活性剤(細胞膜),コロイド(血液)といったように,ソフトマターで出来ていると言っても過言ではない.このようにソフトマターは我々にとって身近で重要な物質であるが,これらに関する研究を牽引してきたのは,それぞれを対象とした化学,工学の分野であった.ソフトマターは「複雑流体」といわれることもあるが,物理として対象にするには複雑であったのである.これらのやわらかい系に共通するシンプルな物理的描像を抽出し,物理の一分野として扱われるようになったのは,1960年代後半からであろう.現在,我々は高分子,液晶などそれぞれの物理を詳しく扱った名著を数多く手にすることができる.しかしながら,ソフトマター物理となると,それぞれの各論として出来上がったものを系統立ててまとめるのはやさしいことではなく,その全体を俯瞰できる書籍はほとんどない.いまだに,初学者に最初に推薦する教科書に困ってしまうのが現状である. 著者の瀬戸氏自身も固体物理の分野から当時,まだ物理としての地位を模索していたソフトマター分野に移った一人である.瀬戸氏は,主に中性子散乱を用いて界面活性剤系のメゾ構造,ダイナミクスに関する研究を行ってきたが,ソフトマター分野に移った当時は今よりさらに,その全体像をつかむ文献を探すのに労を要したことは想像に難くない. 再び,本著は縦書きで書かれた「ソフトマター物理のガイドブック」である.難しい数式や概念は書かれていない.しかしながら,各論となりがちなソフトマター物理の世界を,身近な例を紹介しつつわかり易く書かれており,その本質と面白さをよく伝えている.ソフトマター物理を学んだことがある者にとっては物足りない内容であろうが,初学者やソフトマターに興味を持つ多くの方に,手に取って読んでもらいたい一冊である.その面白さに,さらに興味が膨らむことであろう. (2013年2月14日原稿受付)



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摩擦の物理

松川 宏

岩波書店,東京,2012,viii+116p,20×14 cm,本体1,600円(岩波講座 物理の世界:物質化学の発展2)[大学院・学部向] ISBN 978–4–00–011138–6

紹介者:波多野 恭弘(東大地震研)

「摩擦の物理」とは何か.摩擦とは二つの物体が接触しつつ相対運動する現象全般を指し,その際に物体間に働く力を摩擦力と呼ぶ.「摩擦の物理」の主要な部分は「摩擦力の定量的な記述」である.例えば,地震は岩石の剪断破壊であり,破壊面(断層)には摩擦力が働く.この摩擦力は地震に対してはブレーキとして働くので,その特性を知ることが地震学の重要課題となっている.(本書3.5節では地震の文脈での摩擦についてポイントを絞り紹介することに成功している.) では摩擦力をどのように記述するか.何かを現象論的に記述するには変数をうまく選ぶ必要がある.この基本的問題が本書2~3章で論じられる.まず,「たいていの物質で摩擦力は法線方向にかかる力に比例する」という実験事実がある.そうなると次のターゲットはその無次元比例係数(摩擦係数)である.摩擦係数は荷重には依存しないが,すべり速度に依存するし,非定常状態では時間について対数的に進行する遅い緩和過程に支配されることもよく知られている.これらの実験的事実とその定量的表現が第3章で詳しく紹介される.この法則は「速度・状態依存摩擦法則」と呼ばれ,摩擦に関するほぼ唯一の現象論と言ってよい.その意味では第2章と第3章が「摩擦の物理」の主要部分をなす. 巨視的現象論である「速度・状態依存摩擦法則」の微視的基礎は実はさほど分かっているわけではない.現時点での標準的理解とその問題点は第3章に説明されている.詳しくは本書を読んで頂けばよいのだが,その物理は真接触部位のクリープ(熱的活性化過程で駆動される変形)である.真接触部位では一軸圧縮状態になっているから様々な原子論的過程を経由してネッキングを起こし,接触面積がゆっくりと増大する.同様に,剪断方向に力がかかれば粒界滑りなどが起こるが,これらは熱的活性化過程であり,駆動力と変形速度の間にはアレニウス則が成り立つ.これが摩擦力の滑り速度依存性をもたらすのである. クリープを考慮すれば静止摩擦・動摩擦という厳然とした区別はつけ難く,むしろ定常状態・非定常状態という区別こそ本質的であることが分かる(もちろんクリープが無視できるようなある極限操作を考えれば静止摩擦も意味のある概念になり得る).その観点では,本書p. 18「摩擦現象の場合,最大静摩擦力という運動を引き起こすための閾値が存在し,摂動と応答は比例関係に無い」という言明は示唆的である.しかも充分小さい系ならば摩擦力の揺らぎは測定可能であろう.実際,原子間力顕微鏡などを用いてナノスケールでの摩擦がその場観察できることは本書第4章で詳しく解説されている通りである.そのような系では線形応答理論や揺らぎの定理に代表される様々な非平衡統計力学の関係式も成り立つであろう.このようなナノ摩擦は現在工学系の実験が先行しているが,非平衡統計力学分野の研究者の参入により今後大きな発展を見せるかもしれない. 評者の知る限り,物理屋が日本語で書いた摩擦の教科書は(同じ筆者による培風館の本を除けば)これ以外には無く,摩擦に興味を持つ物理の学生が最初に読むべき本として本書を推薦できる.原子間力顕微鏡の発表が1986年,マクロの摩擦でクリープの重要性が指摘されたのが1994年であることを考えると,本書のような教科書がもっと早く出ていてもよかったとは思う.ただし空間不均一なすべりダイナミクスのその場観察が2000年代に入ってから次々発表されるようになり,本書ではその研究成果もよく解説されている(第5章). 「摩擦の物理も面白いけど,私は同僚との摩擦で疲れた」とこぼしていた某教授がいたが,社会物理学・経済物理学が隆盛を誇る昨今,人間間・異文化間相互作用における摩擦の研究も次の研究課題として興味深い.本書を読みながらあれこれ夢想するのもまた楽しかろう. (2013年2月1日原稿受付)



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磁性学入門

白鳥紀一,近 桂一郎

裳華房,東京,2012,ix+345p,22×16 cm,本体4,700円[専門・大学院向]ISBN 978–4–00–011138–6

紹介者:土浦 宏紀(東北大院工)

時間をかけて書かれた本であると思う.取り扱う内容は,金森順次郎『磁性』(培風館)に近い.同書の序文には,磁性学への入門書として書いたが結果的に磁性理論への入門書になってしまったというくだりがある.本書は,その書名が示すとおり,まさに金森のいう「磁性学への入門書」である.全編通して,磁性材料の物性を理解するという姿勢が貫かれている.また,磁歪,磁化過程や磁壁の構造およびダイナミクスといった,いわゆる磁性理論の教科書では省略されがちな話題の解説も与えられており,近角聡信『強磁性体の物理』(裳華房)の視点も併せもつ.これらの名著をご存じの読者には,以上で本書の特長をお分かりいただけるのではないだろうか. 若い学生会員や,磁性には縁が薄い分野を専門とする読者に対して,本書の内容をもう少し具体的に紹介しよう. 「磁性学の勉強を始める前に」と題された第0章では,磁束密度や磁気モーメントの定義はもちろん,磁性学において磁場Hを導入する意義などが丁寧に説明される.研究室に配属直後の学生が勉強を始める際,本章の記述は大変役立つだろう. 第1章で孤立スピンにおけるキュリーの法則,伝導電子が示すパウリの常磁性とランダウ反磁性を説明した後,第2章では結晶中の局在電子が示す磁性,結晶場とスピン軌道相互作用が解説される.本書全体に言えることだが,記述は平易で,式の導出過程も丁寧に記されている. 第3章は,3d遷移金属を題材とした磁気異方性と磁歪の解説にあてられている.磁気異方性の起源を微視的に理解することは,スピントロニクスや永久磁石の分野における極めて重要な課題であるにも関わらず,その基本的な考え方を説く教科書は意外なほど少ない.冒頭で触れた金森の教科書が入手困難な今,本章の記述は貴重である. 続く第4章は磁気モーメントの従う運動方程式に始まり,磁気緩和,核磁気共鳴,メスバウアー効果までが述べられる. 第5章から7章までは,局在スピン系および遍歴電子系における磁気秩序と素励起に関する解説が与えられる.その理論的取り扱いは,スピン波理論およびストーナー理論までの範囲に限定されている. 最後に第8章では,マグネティクス,つまりメソスケールの磁気学について入門的な解説がなされる.ここで記述される磁気ヒステリシス曲線や磁壁の構造・ダイナミクスは,やはりスピントロニクスおよび永久磁石の研究における必修項目であり,ここに至って本書による磁性学入門は完結する. 磁性に関する名著は多く,現在も優れた教科書が刊行されつつある.その中で本書は,新規磁性材料の探索に乗り出そうとする意欲的な若手研究者や学生に,最初に手に取るべき本として推薦できる良書である. (2013年2月8日原稿受付)



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入門 量子ダイナミクス(上);時間依存の量子力学を中心に
入門 量子ダイナミクス(下);時間依存の量子力学を中心に

D. J. Tannor著,山下晃一他訳
D. J. Tannor著,山下晃一他訳

化学同人,京都,2011,xxxi+454p,22×16 cm,本体7,500円[学部向]ISBN 978–4–7598–1459–0
化学同人,京都,2012,vii+382p,22×16 cm,本体6,800円[専門・大学院向]ISBN 978–4–7598–1460–6

紹介者:加納 英明(筑波大・数理)

書評の依頼を頂き,私が本書を手にとって一番印象に残った文章が,第一章のはじめの部分に書かれている.「量子力学において時間がどこに消えてしまったのか,学生にはわからなくなってしまう」.というくだりである.学生時代の小生も,同様にわからなくなり,しばらくの間,もやもや感を持ち続けた一人である.そして著者は,それがどのように解決されるのか,波束の概念を用いて本書で丁寧に解説している. 量子力学に初めて触れる学生に講義するときにも,シュレディンガー方程式が量子力学の基礎方程式であることを教えるものの,それは時間に依存しない固有方程式であることが多い.時間依存性は,固有方程式により得られた基底達の重ね合わせ,すなわち波束を用いることであらわすことができ,それにより「古典力学での直感との対応を回復することができる」(本文より抜粋)と著者は続ける. 言われてみればその通りなのだが,その観点で量子力学を一から組み立て直している本書は,量子力学の教科書として大変ユニークな視点を提供していると言える. 本書は上下巻に分かれている.どちらもボリュームたっぷりの厚みがあるが,著者はそのうち第一部「描像と概念」と第三部「応用」を講義に取り入れることを薦めている.第一部は,先述の通り,時間発展する波束の描像と表示に焦点が置かれている.本書を読むと,古典と量子との対応づけに,著者が心を砕いているのがよくわかる.関連する著者のウェブサイトには,学生の直感的理解を助ける動画が多数掲載されており,大変楽しめる.第三部には,主に光と物質の相互作用を中心に,最先端のトピックスが網羅されている.複数のフェムト秒レーザーパルスを用いた波束干渉,強光場励起,化学反応のコヒーレント制御などが,波束の概念を用いて丁寧に解説されている.特に,フェムト秒レーザーパルスを用いた化学反応制御の部分は,著者の専門でもあり,詳述されている. 多くの練習問題が掲載されていることも,本書の大きな特徴の一つであろう.講義のための教科書,大学院生同士の輪講のための教科書など,様々な利用に好適な一冊である. (2012年12月13日原稿受付)



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放射線を科学的に理解する;基礎からわかる東大教養の講義*

鳥居寛之,小豆川勝見,渡辺雄一郎著,中川恵一執筆協力

丸善出版,東京,2012,xiii+237p,21×15 cm,本体2,500円[一般向]ISBN 978–4–621–08597–4

紹介者:村田 次郎(立教大理)

福島第一原子力発電所の事故に際して,少なからぬ物理学会会員諸氏が専門を超えた知識に基づく判断を求められ,困惑された経験をお持ちと思う.放射線関連分野の研究者でも,原子炉の工学的知識は勿論のこと,通常は非密封線源の扱いには縁遠く,ましてや内部被曝の評価に至っては「難しいが無視できる」の一言で済ませてきた方が大多数であろう.書評者自身も,大学での放射線管理業務にあたってきたものの今回の事故の報に接し,大慌てで実効線量係数や等価線量・実効線量の考え方を勉強し直したことを正直に告白する.職業的に放射線に関わる研究者ですらこの状況であることを考えると,放射線に縁遠い分野の方々や日の浅い学生諸君は,物理学研究者であることで区別なく同等の期待をかけられ,その責任の重さに大いに当惑されたことと思う. 本書は,かような社会状況に対して身に付けておくべき知識と考え方を共有することを目的として書かれている.その元となったのは,反陽子原子等の研究者で,読者同様放射線そのものについては非専門家である著者の一人が東大教養学部で放射線に関する自主講義を立ち上げ,それを発展させた正課授業の記録である.講義が複数の担当教員により運用されたことを反映して,本書も各担当者が関連するトピックスを取り上げ社会的に関心が高まった話題の紹介に多くを割いている.このため,タイトルから連想される一般教本というよりは原発事故後の行動に際しての対策本という性格が強い. 内容を並べると,放射線入門,放射線物理学,原子核物理学・原子力工学,線量評価法,放射線計測学,環境放射化学,放射線生物学,放射線医学,植物栄養学・土壌肥料学,放射線防護学,放射線の利用・加速器科学,そして長めのQ&Aとなっている.本書は一般の方の指南書の役割も十分に果たせるよう,東大の講義録とは思えぬ平易なものとなっている.しかしながら,本書の特長は,単なる易しさを売りにした入門書とは異なり周辺分野の各専門家が自分の専門分野の観点から見た放射線について執筆していることであろう.そのため,読者は自身の知識が浅い分野の章について,なるほどそういうことだったか,と思う部分を見出すに違いない.例えば「検出限界は測定誤差の3倍として示すルールが一般的である」などの明快な記述は,議論の定量化に大いに役立つであろう. もっとも,本書はその性格上,全体を通した体系化はあまりされておらず,内容のトーンも章によって,或いは章内でもまちまちである.放射線からは関係の薄い専門知識を深く追いすぎた部分も散見される.したがって,著者らの意図はさておき,本書は体系立てて「放射線学」を勉強するための教科書ではないと考える方がよい. 本書は,読み手の得手不得手をなるべく解消すべく,有益と思える情報をピックアップするために利用するのがよい.原発事故後の様々な活動や社会混乱を反映した「今,必要な知識」が凝縮した資料として優れていると言えるだろう. (2013年2月28日原稿受付)
* 編集委員会注:本号「シリーズ「物理教育は今」」欄に関連記事あり.



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Advanced Topics in Quantum Field Theory; A Lecture Course

M. Shifman

Cambridge Univ. Press, New York, 2012, xvii+622p, 25×19 cm, $80.00[専門・大学院向]ISBN 978–0–521–19084–8

紹介者:坂井 典佑*(慶應大日吉物理)

本書は,Advanced Topicsというタイトルが示す通り,我が国の多くの大学院の通常の講義で扱う範囲を超えた題材を扱う場の量子論の現代的教科書である.ゲージ理論と超対称性が本書の中心的な道具であり,非摂動的な量子効果とそこで活躍するソリトンとが生き生きと取り扱われている. 米国の大学院での場の理論の講義は通常,3段階に分かれているとのことで,場の理論I・IIでは相対論的量子力学・正準量子化から始めて,ゲージ理論の基礎と繰り込み群までを含んでいる.これらについては多くの優れた教科書がある.一方,より高度な現代的内容を含む場の理論IIIは研究の最前線に近く,これに対応した教科書は少ない. 本書はミネソタ大学での20年余りの著者の場の理論IIIの講義内容をまとめたものである.著者はこれらのトピックスのエキスパートであり,オリジナルな内容が随所に散りばめられた興味深い教科書となっている.たとえばソリトン方程式の解法についても,簡単な力学系の類推を用いて,キンク解のパラメターが1個だけ生じる理由を解き明かすなど良く工夫されている.アメリカ,特にミネソタ大学の大学院の講義の雰囲気がそのまま伝わってくるように感じた. 内容的には,著者が得意とするソリトンとそれをめぐる量子効果について,特に丁寧に解説されている.たとえばアノマリーとの関係,ソリトンの量子効果や繰り込み,フェルミオン電荷の分数化といった興味深い話題も取り上げている.図も適切に配置されており,ソリトンの理解に大いに役立つ. 本書は,場の量子論の基本的事項の知識を前提にしているので,最初に手に取るための場の理論の教科書ではない.これから研究の最前線に向かう人たちが手がかりとするにふさわしい本である.ソリトン,量子効果,超対称性といった場の量子論の現代的な話題に関心を持つ大学院生や研究者が座右に置くとよいのではないだろうか. 第1部では,最初にゲージ理論の簡単なまとめを置き,キンク(ドメーン・ウォール)から始めて,ボーテックス,モノポールとスキルミオン,さらにインスタントンへと至っている.さらにソリトンを駆使して,低次元と4次元での閉じ込めに関して得られている場の理論的な知見の有用な解説を与えている.これらは場の理論の初歩の知識さえあれば,計算も追える丁寧な解説となっている. 第2部では超対称性を初歩から解説し,そこで得られた量子効果の知見をコンパクトにまとめている.著者自身の寄与も多く,この解説も有用である. 最後に超対称理論でのソリトンを簡単にまとめている.ただし,超対称理論での非摂動効果の大きな成果のひとつである,サイバーク・ウィッテンの厳密解は残念ながら本書の範囲外である. (2013年1月13日原稿受付)
* 現所属:物理系学術誌刊行センター



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物性I;物質の構造と性質
物性II;素励起の物理

松田博嗣,恒藤敏彦,松原武生,村尾 剛,米沢富美子
中嶋貞雄,豊沢 豊,阿部龍蔵

岩波書店,東京,2011,xii+481p,22×16 cm,本体7,200円(新装版現代の物理学の基礎6)[専門・大学院向]ISBN 978–4–00–029806–3
岩波書店,東京,2012,xiii+378p,22×16 cm,本体6,800円(新装版現代の物理学の基礎7)[専門・大学院向]ISBN 978–4–00–029807–0

紹介者:塚田 捷(東北大WPI-AIMR)

名著の評判が高かった湯川秀樹監修「現代物理学の基礎」シリーズ(岩波書店)が,最近,新装版として再刊行されたことは喜ばしいことである.このシリーズは1972年刊行,1978年に増補されたので,30数年ぶりの再出版である.旧版と内容は同じであるが,初刊本でタイトルページ裏にあった章毎の担当著者リストが今回の新装版ではなくなっている.シリーズ第6巻「物性I」では物質の構造と電子状態を中心に,第7巻「物性II」では固体中の素励起を中心に,物性物理の基礎的コンセプトを丁寧に解説している.あまりにも多様な凝縮系の構造と物性について,各論のばらばらな羅列ではなく一貫した視点から統一像を提示するのは至難のことだが,本書はこの試みに成功したよい例といえよう.「物性I」では物質の構造と電子状態を中心に,両者の深い関係をどのように理解できるか?という観点から基礎的コンセプトの省察とともに,丁寧な解説を試みている.「物性II」ではフォノン,エキシトン,フェルミ液体を中心に素励起の概念と性質や,その理論的な記述法を概説するとともに,相転移との関係,素励起間の相互作用と減衰など,物性物理学の理解に本質的な素励起という概念を,その具体的な例を用いて共通性と差異とを解説している.多体系を扱うための標準的な理論手法について,過不足ない丁寧な説明が施されているのもありがたい. この本が刊行された1970年代は,物性物理学の骨格が出来上がった時期にあたっているので,題材はその時点までに完成した物性物理学の基本に限られており,そのことがかえって物性物理学の基礎を語るにふさわしい状況を作っている.たとえば「物性I」でとりあげた事項は,原子の電子構造,磁性の起源,水素分子結晶,水素高圧状態,量子液体Heの超流動現象,金属のバンド状態と結晶構造,超伝導,金属磁性,分子結晶,半導体,希薄磁性,乱れた系などである.ただし,78年版では72年以降の発展を踏まえて,He3の超流動相,半導体の局在軌道描像,近藤効果,ランダム系のコヒーレントポテンシャル法(CPA)などの事項を新たに加えている.「物性I」の第2, 3章においては,水素からなる系に注目し水素分子からその結晶へ,さらに高圧下での金属状態へと話題を移し,最も簡単な水素原子系においても,環境によって全く異なる相になるという展開は興味深い.次いで,電子数が2に増えたHe系では,著しい量子効果により超流動状態が出現することが述べられる.読者は,電子数が一つ増えただけで,水素系とはまったく異なる物質状態が現れることに印象づけられるであろう. ところで,1980年代以降になると新たな物質や現象の発見や,理論の進歩があいつぎ,物性物理学においても劇的な変貌が起こり始めたことはよく知られている.例えば,高温超伝導,量子ホール効果,STMやAFM,フラーレンやCNT,トポロジカルインシュレータなどである.実験手法も格段に進歩するが,密度汎関数法などの第一原理計算法の確立,巨大計算を可能とする計算機の長足の進歩などもある.この「物性I, II」では,当然のことながら,そのような物性物理の最近の展開は反映されていないのであるが,それがこの本の価値を減じるものではない.この本で書かれた基礎基本を十分に理解することにより,これら最近の物性物理学の展開の真の意義をよりよく理解できるものとなろう. (2013年1月10日原稿受付)



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第2版 シュッツ 相対論入門;ハードカバー版

B. Schutz著,江里口良治,二間瀬敏史訳

丸善,東京,2010,x+529p,22×16 cm,本体7,600円[専門~学部向]ISBN 978–4–621–08309–3

紹介者:早田 次郎(京大院理)

本書の「まえがき」にある「第3版では重力の量子化の章を含めることになるだろう」という記述からは,現在も研究の第一線にいる研究者から未来の研究者への贈り物という印象を受ける. 私がシュッツ教授の名前を最初に知ったのは,「物理学における幾何学的方法」に出会った大学3年の時であった.当時はまだ和訳はなかったが,その数学的記述の美しさに魅了されて夢中で読んだ記憶がある.大学院に入って初版「相対論入門」の和訳を見つけたときはシュッツ教授の著作ということですぐに買って読んだ.前作を読んでいたため,数学的な記述の仕方に戸惑いは無く,むしろランダウの「場の古典論」より馴染みやすく感じた.私の相対論の知識は全てこの教科書から得たものである. あれから四半世紀が過ぎ,私自身も重力波や宇宙論の研究を生業としてきた.私がそれなりに研究者として生きてこられたのも,このシュッツ教授の教科書のおかげである.翻訳の労をとられた江理口教授と二間瀬教授にも感謝している.大学院卒業から現在まで,私自身,研究者として相対論の発展をリアルタイムで目にしてきた.特に宇宙論の発展には目覚ましいものがあった.そして,重力波観測は,今まさに佳境を迎えようとしている.今回の第2版の和訳はタイムリーとしか言いようが無い.この書評を書くにあたり,大学院の頃に買ったボロボロの本を引っ張りだして比較してみた.前半部分に大きな違いは無い.予備知識を必要とすることもなく特殊相対性理論の幾何学と物理学が身に付く.その延長として自然に一般相対論が習得できるようになっている.章末の演習問題は,諸概念を理解するために有益である.後半の重力波,ブラックホールの章には新しい節が加わっている.宇宙論の章は最近のノーベル賞受賞テーマである加速膨張宇宙の観測も取り入れ,完全に新しくなっている.ありがたいことに全ての章で文献が更新されている.また,よく読むと学生がつまりそうなところで丁寧な説明が加わっている.後半は,著者の専門の重力波の視点からの記述が(重力波の章以外でも)多く見受けられる.近い将来重力波が発見されれば,間違いなくノーベル賞の対象となることを思うと,この教科書で重力波を初歩から理解しておくことは無駄ではなかろう. 第2版「相対論入門」は,もともとのエレガントな数学的記述と物理のバランスの良さはそのままに,最新の観測や研究の動向まで加えることで,一般相対性理論を深く学びたいと思う学部学生には最高の入門書となった.もちろん,重力を専門としない研究者が,忘れてしまった昔の知識をよびさます,あるいは最近の相対論分野の発展を知るためにも本書は有用である. (2013年1月9日原稿受付)



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科学をどう教えるか;アメリカにおける新しい物理教育の実践

E. F. Redish著,日本物理教育学会監訳

丸善出版,東京,2012,xiii+327p,21×15 cm,本体3,800円[一般向]ISBN 978–4–621–08550–9

紹介者:真貝 寿明(大工大情)

原題は 「Teaching Physics with the Physics Suite」.ここでの「物理スイート」とは,著者が中心となってつくりあげた「活動を基盤とする物理 (activity-based physics)」の教材群を指す.本書は多岐にわたる教材群の紹介を目的としているが,前半では,物理教育の方法論や教育効果の評価手法について,調査と経験にもとづいた一般的な話を展開する. 教材開発の発端は,「科学者や技術者になることを目指してはいるが物理学者になるとは限らない学生に対して素養としての物理教育」の重要性が増したこと.及び,認知心理学から「個人の学習は,自らの手を動かしたり議論を通じることで,知識を再構築し,創造的な応答を効率的に生み出す」という原理が明らかになってきたこと,と述べる.そして,物理の授業ターゲットをおおまかに3つに分類(概念的な物理 / 代数ベースの物理 /  微積ベースの物理)し,授業の進行方法もおおまかに3つに分類(講義・演示実験を基本とする方法 / 演習・学生実験を基本とする方法 /ワークショップによる探求型の方法)して,いずれの組み合わせでも利用できるような教材を提供しようとするプロジェクトとなっている. 著者は「理論原子核物理を専門としていたが,1991年に専門を物理教育研究に専念した」と自己紹介する.本書は「物理スイート」の理論的な武装書でもある.学生に「能動的な学習」をさせる機会を与え,実験したり議論をさせたりしても,物理教育の目的が達せられる保証はない.そこで,教員やチューターがいかに「橋渡し」をするかがキーになる.本書では,学生がどのような誤解や反応をするのか,を具体的な問題例から詳しく解説し,チューターの役割や授業に適した机の配置まで一連の「教育研究」の結果が紹介されている. 本書で登場する問題例は,中学・高校レベルの物理の内容だが,著者らによる「物理スイート」の他書1)には,現代物理の教材として量子力学のワークシートまで存在する.定性的な理解を中心とする内容であるが,1つの物理教育の方向を示す試みといえよう.カリキュラムに追われる日本の教育現場で,このような時間をかけた教育がどれだけ実施できるかは疑問だが,発見や驚きの体験がその後の学習の糧になることを否定する教育者はいないだろう.本書にちりばめられたヒントに応答する教育者も多いことだと思う.大学においても学生に学習意欲を持たせるように工夫を凝らす時代になった.評者の大学でも「PBL(project-based learning)」を揃えつつあるが,板書だけの講義よりも,何か1つでも学生の手を動かす・考える題材を与える講義が求められている.本書で,アメリカでなされているこのようなプロジェクトの先行事例を知れることは貴重である. 翻訳は,日本物理教育学会の有志の方が行い(30名の訳者と21名の監訳者リストあり),6年にわたる研究・調査・実践の後に出版に至ったという.読みやすい日本語 / 対応する英語表記の掲載/多くの訳注など,数々の工夫がなされている.ただ,(原著に忠実に)独特の略語が多用されているのが,本文を読みにくくしている感があるので,略語一覧表もあれば有用だった.また,原著にはCD-romが付属していて,ワークシートのサンプル(Action Research Kit)・宿題問題例・詳細な参考文献リスト等が集録されていた.翻訳版では残念ながらCD-romはなく,代わりにリンク先が紹介されている.(興味ある読者は,著者のグループのwebページ2)で一部が公開されているので,参照されたい.)今後,教材の翻訳が引き続いて行われるのかどうかは不明であるが,日本の学生に対して実践したノウハウが蓄積した暁には,まとまった報告書として公開されることを期待したい.
参考文献
1)M. C. Wittman, R. N. Steinberg and E. F. Redish: The Physics Suite; Activity-based tutorials; vol. 2 Modern Physics (Wiley & Sons, 2004).
2)http://www.physics.umd.edu/perg/
(2012年12月30日原稿受付)



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Atomic Physics; An Exploration through Problems and Solutions 2nd Edition

D. Budker, D. F. Kimball and D. P. DeMille

Oxford Univ. Press, Oxford, 2008, xiii+518p, 25×17 cm, £29.95[専門~学部向]ISBN 978–0–19–953241–4

紹介者:畠山 温(東京農工大工)

本書は,タイトルにあるように,問題とその解答を通じて原子物理学(日本物理学会の分科でいうと量子エレクトロニクスが一番近い)を学んでいくスタイルの教科書である.問題を解かせながら論理を展開していく形式のテキストは多くあるが,本書はそれらとは趣を異にする.各問題はかなり独立していて,「このテーマのこの概念がよくわからないのだけど」とか,「いま話題のこの研究の基礎を手っ取り早くつかみたい」などという要求に見事に応えてくれる.1つずつ順に知識を積み重ねて行かなくても,「つまみ食い」により,気になる課題の面白さを味わうことができる.「要点を押さえておいて,後は自分で実験しつつ考えてみよう」という(おそらく多くの)実験家の精神によくマッチしている. そう,本書は実験の現場においてかなり「使える」教科書である.本書の著者は,原子物理学的手法を用いて自然界の基本的対称性の破れを検証する実験を主な専門とする研究者である.著者が研究の過程で同僚といろいろ議論した題材をもとに本書ができあがっているという臨場感が,同じく原子物理学の実験家である私には強く感じられる.実験家らしい物理的直感やセンスにあふれているといったら良いだろうか.学生が,標準的な量子力学の教科書で学んだ知識を,本書のように実験現場において運用できるようになれば,立派な研究者である. そういうわけで,私の研究室において,本書を2012年度の輪講テキストとして用い,学生に自由に問題を選んで解説してもらった.最初のうちは,学生は楽そうな問題を選んでばかりいたが,自分の研究テーマに近いものを解説するように心がけさせると,関係のありそうな問題の発表がぞくぞく出てきた.その結果,輪講の勉強が学生の研究に直結するという感覚を久しぶりに味わうことができた.この教科書のおかげで,「この問題に書いてあるからこれをまず読むこと」という指導を何回したことか! たいへん感謝している.1つ欲を言えば,CGS単位系ではなく国際単位系(SI)で書いてあると昨今の学生にはありがたい. 著者らの研究の好みを反映した題材が比較的多いが(特に対称性の破れに関する問題については貴重な解説書であると思う),本書は,原子物理学や量子エレクトロニクスを研究しているすべての大学院生の自習書,研究室の輪講テキスト,専門家の参考書,としてふさわしい.また,他分野の研究者が原子物理学のテーマで気になることがあったときにぜひ当たってみて欲しい手引書でもある. 最後になるが,本書と同様のスタイルで,冷却原子,量子測定,量子情報などのテーマを中心とした続編が(著者は別でも)あると,最新の原子物理学の興奮をさらに広めることに大きく貢献すると思う.誰でも書けるタイプの教科書ではないのでやや無理な願望かもしれないが,もし出版されたら,もちろん,わが研究室では買いである. (2012年12月25日原稿受付)



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量子力学I
量子力学II

湯川秀樹,並木美喜雄,江沢 洋,豊田利幸,高木修二,田中 正,位田正邦
並木美喜雄,位田正邦,豊田利幸,江沢 洋,湯川秀樹

岩波書店,東京,2011,xvi+682p,22×16 cm,本体7,800円[専門・大学院向]ISBN 978–4–00–029803–2
岩波書店,東京,2011,ix+624p,22×16 cm,本体7,800円[専門・大学院向]ISBN 978–4–00–029804–9

紹介者:大場 一郎

1978年に刊行され洛陽の紙価を高めたが,絶版状態であった岩波講座 現代物理学の基礎〔第2版〕3及び4の新装版である.厳密な新著ではないが,再版が懇望され,読者層も交代していることから,新著紹介小委員会によって取り上げられた.第2版では湯川が講座全体の監修を務め,特に本書では豊田とともに編集の責任を負い,冒頭と最後の部分は自ら執筆,彼の意気込みが感じられる.初版は1972年に刊行されたが,第2版は一部執筆者を入れ替え,再編成されている.特に『量子力学I 』は新たに書下ろされた章を中心に構成され,一新された.全28章は日本を代表する素粒子論研究者7名によってオムニバス風に執筆,構成されている. 第I部歴史的序論で湯川は古典物理学から量子力学へは,両者間に自然現象自体の非連続性に基づくと同時に,人間の自然認識の仕方にも,断絶が存在するという.“自然は跳躍する”というPlanckの作用量子の発見,次はBohrによる原子構造理論の成功,そして最後は,de BroglieとSchrödingerの波動力学 /Heisenbergの行列力学の発見である.この認識のもと,紆余曲折に富み,劇的な展開を見せた歴史的筋道が辿られる.そこに湯川の自然観,量子力学に対する立場が垣間見え,興味深い.第II部では,それらを整理,必要不可欠な経験事実から帰納的に量子力学を導く.次いでそれらを捨象し,純化された理論体系として提示する.第III部は量子力学の展開で,非相対論的量子力学の標準的教科書の内容に対応する.後半はDirac方程式 / 理論と力学系の対称性を,第IV部は多粒子系の扱いと場の量子論の基礎を論じ,最後は拘束系の正準量子化法である.この項は今日の素粒子論でのゲージ理論の成功を見ると,編集者の慧眼か. 『量子力学II 』第V部ではLippmann-Schwinger方程式を軸にS行列を導入,衝突散乱過程の基本的取り扱いが,次いで散乱振幅の具体的性質やS行列要素の解析的性質が調べられている.第VI部では,無限自由度系にはユニタリ非同値の無数なCCRの表現の存在という困難があるが,採用すべき選択としてGNS構成法,C*代数が紹介されている.第VII部では量子力学を微視的世界の情報間に存在する論理構造として捉え量子論理を追究,そして情報を量子力学の立場から論じている.残念なことに情報資源としての潜在能力を持っていた“量子もつれ”については触れられていない.Aspectにより量子力学でBellの不等式が破れ,古典的実在の非存在が確かめられたのは1982年であった.その後の量子情報や量子コンピュータ研究分野の隆盛を見ると,考え深い.第VIII部では観測や実在論の問題から量子力学が自己完結的でなく,明確な量子力学的世界像は描けない.時間が位置座標や運動量と異なり,単なるパメータに過ぎないという特異性がこの原因の一つであるとする.時間・空間に依存する演算子を基本的物理量とする局所場の理論は有効であったが,発散の困難を含み,素粒子の多様性も説明できないという当時の素粒子論の現状を述べている.その後の素粒子論は繰り込み可能性を拠り所にゲージ理論の追究,内部対称性を持つクォーク・レプトン模型,超対称模型,超弦模型へと発展していった. 全体を通して分担ごとに執筆者のいい意味での個性や持ち味が発揮されている一方,特論的な箇所も見受けられる.全くの初心者にとっては手ごわいかもしれないが,テキストとして然るべき所は抑えてあり,説明は丁寧,全体の統一はとられている.一通り量子力学を学んだ人,量子論をより深く理解しようとする人には得るところが多かろう.また本書には当時の量子論研究最前線の雰囲気が残されており,歴史的な側面でも興味深い. (2012年12月6日原稿受付)



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Principles of Laser Spectroscopy and Quantum Optics

P. R. Berman and V. S. Malinovsky

Princeton Univ. Press,New Jersey,2011,xvi+519p,26×18 cm,$95.00[専門~学部向]ISBN 978–0–691–14056–8

紹介者:盛永 篤郎(東理大理工)

本書は2準位原子,3準位原子のレーザー分光学・原子光学を量子光学の厳密な理論で記述した大学院生向けの教科書である.これまでの量子光学が,主に,電磁場の量子化による光の性質や状態,非線形光学現象,量子情報への応用を扱っていたのを補完する意図で書かれている.全部で21章からなり,1章から11章までが半古典論による記述,12章から21章が量子化された場による記述である.半古典論では,2準位原子と光の相互作用に密度行列を適用し,静止状態,運動状態でのドップラー吸収,原子へ及ぼす力とレーザー冷却,光ブロッホ方程式と線形吸収・分散,複数場中での飽和吸収,3準位原子と非線形分光・ラマン遷移,コヒーレント効果,光ラムゼー共鳴,そして原子光学と原子干渉計などを記述している.全量子論では,光の1次,2次コヒーレンスなどはもちろん,Cavity QED,光ポンピングと光格子,シシフォス冷却,光の散乱,エンタングルメント,スピンスクイージングなど,レーザー分光に関する内容を積極的に取り上げている.反面,通常の量子光学の教科書で取り上げられる,超放射,レーザー理論,双安定性,非線形光学,パルス伝搬や量子情報,またBECなどは含まれない.著者の1人Berman教授は,本書の内容の半分程度を大学院の量子力学コースの一環として,入門に継ぐ半期講義で扱うことを推奨している.学習しやすいように,各章末に問題と参考文献が十分与えられている. 評者は大学院修士の半期の授業で「レーザー分光学」を教えている.扱う範囲は難易度の差はあれ,本書の11章までの範囲である.霜田光一先生の『レーザー物理入門(岩波書店)』の7章以降に,レーザー分光の新しい話題を加えての授業である.レーザー分光学が実験技術とともに進展してきたことから,レーザー光源と“state of the art”の分光法を通して,如何に実験手法が開発され成果を得てきたかを教えている.一方,本書はレーザー分光を量子光学理論の題材・帰結として取り扱っている.実際,著者自身が述べているように,本書には実験データの図は一つも引用されていない.レーザー分光学という立場からはいささか違和感を覚えるものの,2準位原子や3準位原子のモデルで光との相互作用を理論の立場から統一的に記述したことは見事という他ない.私自身は,今後も実験の立場からレーザー分光学の授業を続けていくが,本書は,そのための理論的基盤となる. 以上のように,本書は,量子光学を学び始める大学院生ばかりでなく,レーザー分光の実験研究者にとっても,実際の現象を理解し新しい発展に繋げるための基盤になる本だと言える. (2012年11月12日原稿受付)



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密度汎関数法の基礎

常田 貴夫

講談社,東京,2012,ix+236p,21×15 cm,本体5,500円[専門・大学院向]ISBN 978–4–06–153280–9

紹介者:河野 裕彦(東北大院理)

本書は,電子多体問題の主要理論となっている密度汎関数法を,分子の電子状態を扱う量子化学の視座から論じた教科書である.歴史的背景と基礎の重要性に力点が置かれており,固体物理の研究者にとっても有益であろう. まず,第1章の量子化学の歴史と分子運動の量子論の概要に続いて,第2章では多体波動関数を変分的に求める波動関数理論の原点であるハートリー・フォック法が歴史的経緯に沿って説明されている.第3章では,ハートリー・フォック法で無視されている電子相関の基礎を解説し,現代の量子化学理論が電子相関をどのように取り込み,化学のための実用的な理論として発展してきたかが紹介されている. このような伝統的な量子化学の流れを踏まえ,電子相関を取り込むための実用的な理論として密度汎関数法が第4章から紹介される.4章では,電子密度のみによる電子状態計算が原理的に可能であることを示したホーヘンベルク・コーンの定理とそれに基づく計算手法であるコーン・シャム法が解説され,問題点や様々な物性計算に対する適用性も議論されている.多電子問題を有効1電子問題に帰着するコーン・シャム法の根幹をなすのはその交換・相関汎関数(電子密度によるポテンシャル関数)であるが,第5,6章では,これまでに開発されてきた汎関数の特徴とその物理的な補正法がまとめられている.とくに,著者らが開発した交換相互作用の短距離と長距離部分をそれぞれ一般的な交換汎関数とハートリー・フォック交換積分で計算して組み合わせる長距離補正の有効性が自己相互作用補正とともに強調されている. この2つの章を読み通すと,多様な汎関数のジャングルに迷い込んだ感もあるが,軌道エネルギーに関して厳密な意味づけが行われる第7章ですべてがつながり眺望が大きく開ける.全電子エネルギーが分数電子数に対して直線的に変化するという直線性定理が満たされれば,ヤナクの定理により,イオン化ポテンシャルと電子親和力がそれぞれHOMOとLUMOの軌道エネルギーの符号を変えた値に等しいというものである.そして,価電子軌道に対しては,長距離補正をすればこの直線性定理が成り立つことが明確に示されている.この章はもっとも読み応えがあり,本書のハイライトといえよう. もう少し詳しい説明が必要な図が散見され,説明が簡略化されてわかりにくいところもあるが,全体を通して著者の「現在の密度汎関数は化学(や物理)を量子論に基づいて演繹的に考え抜いた結果としての理論」という考えのもとによくまとめられている.この著書を,理論の背景を掴みたい計算ソフトユーザーはもちろんのこと,多体問題のジャングルを切り拓く冒険心あふれる若い研究者に推薦したい. (2012年10月2日原稿受付)



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量子力学の反常識と素粒子の自由意思

筒井 泉

岩波書店,東京,2011,ix+100p,18×13 cm,本体1,200円(岩波科学ライブラリー179)[一般向]ISBN 978–4–00–029579–6

紹介者:谷村 省吾(名大院情報科学)

物理学における常識は何だろう? 物理の完全な理論ができたなら現実にあるものすべてに対して漏れなく理論的概念が対応すべしという「完全性」,物理的事象は遠方で起こる事象と無関係であるべしという「局所性」,物理的なものは観測される・されないにかかわらずありのままにあるはずだという「実在性」,物理量の値を乱さない観測方法を用いるなら測り方の状況によって物理量の値は変わらないはずだという「状況非依存性」などが素朴な常識と言ってよいだろう.ところが,これらの常識が量子力学の世界では通用しない,というのが本書のメッセージである. 本書の序章は量子力学のエッセンスを手際よく説明し,代表的な量子系としてスピン系を導入している.「スピンは上向き・下向きの2状態を取る」,「量子状態は重ね合わせられる」といった基本事項さえ把握できれば後に続く章も読めるようになっている. 本題として,EPRパラドックス,ベルの定理,コッヘン–スペッカーの定理,自由意思定理が解説され,完全性・局所性・実在性・状況非依存性といった常識が次々に覆されていくところを読者は目の当たりにすることになる.スピン系の特性を活かした巧妙な装置を導入し(本書では「テレパシー装置」と呼んでいる),思考実験をミステリー調の物語に仕立てて,量子力学の計算問題ができない人でも量子力学の不思議さがわかるように話が組み立てられており,楽しく読める.しかも,本書で取り上げられている題材はいずれも原論文をたとえ話に翻訳しただけのものではなく,パラドックスの本質を一層際立たせるように物理的設定を含めて改作されている. 自由意思定理とは大層な名前だが,「実験者に自由意思があるならば,素粒子にも自由意思がある」というコンウェイとコッヘンの主張である.しかし,そもそも彼らが掲げている「自由意思」の定義が妥当かという点が私には疑問である.もちろんこれは本書著者の責任ではない.こういう問題すら物理学の視野に入って来るのが量子力学の奥深さだと見るべきであろう. 著者の筒井泉氏は,アノマラス・ゲージ理論の研究で顕著な業績を上げ,多様体上の量子力学・量子ゲーム理論・Bメソンにおけるベル不等式の破れなどの研究を通して,量子論の基礎について問題提起と示唆的な見解を発信し続けている.本書のような量子力学の基本的問題を語るには最適の人選と言えよう. 量子力学のパラドックスは,最近興隆している量子情報科学のアイデアの源泉でもあり,一部の物理学者の関心を惹いている.一方で,大多数の物理学者は,量子力学の哲学的問題などに煩わされることなく,量子力学のユーザーとして日々を送っている.しかし,物理学者が使い慣れているはずの量子力学にも基本的で深い謎があるのだから,「観測問題は陳腐で敬遠すべきもの」と思っている物理学者がいたら,そういう方こそ本書を通して量子力学の深層にある不思議に触れていただきたいと思う. (2012年9月13日原稿受付)



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太陽電池の物理

P. Würfel著,宇佐美徳隆,石原照也,中嶋一雄監訳

丸善出版,東京,2010,xv+283p,21×15 cm,本体5,400円[大学院・学部向]
ISBN 978–4–621–08253–9

紹介者:田島 裕之(東大物性研)

原子力発電から自然エネルギーへの移行を考えるときに,太陽電池は欠かせない技術である.その意味で本書は時節柄に適した本ということができるであろう.著者である,カールスルーエ大学(ドイツ)のPeter Würfel教授は太陽電池の分野に20年以上携わってきた研究者であり,「環境学」の観点を含む,通常の物理学の教科書とは異なるユニークな視点で太陽電池の物理が書かれているのが印象的である. 本書のもう一つの特徴は,Würfel教授自身がまえがきに書かれているように,半導体デバイスの立場よりも,「熱力学的アプローチ」を駆使して,太陽電池の特性を議論している点にある.この点は,半導体デバイスの本で太陽電池に関して勉強した筆者にとっては,新鮮であった.以下各章の内容を具体的に見ていく. 「エネルギー経済の問題」と題された第一章では,化石エネルギーの推算,温室効果の問題が,物理学の観点から書かれている.特に興味深かったのは,現在の勢いで化石燃料を利用していくとどのような問題が生じるかについて書かれた部分で,物理学者らしい冷静な視点からの分析が書かれている.最近,シェールガスやメタンハイドレート等,新エネルギーの開発が話題になっているが,本章を読めば,これらの「間に合わせ技術」だけでは,100~500年以内に地球全体が深刻な事態に〈確実に〉陥ることは一目瞭然であろう. 第二章は,光に関連する統計熱力学の話が書かれている.ここでの話は,量子統計の知識を持った学生にとっては復習に近い話になっている. 第三章は半導体の基礎が書かれており,固体電子物性を学んだ者にとっては,理解は容易である. 第四章は,本書の特徴がよく出ており,熱力学的見地から太陽電池の基礎を論じた章である. 第五章は半導体デバイスの基礎,第六章は太陽電池の基礎が,書かれている.これらの章に書かれている内容は,多くの半導体デバイスの教科書と共通しており,知識を持った読者にとっては理解しやすいと思われる. 第七章,第八章は,反射をできるだけなくすための構造,薄膜太陽電池,タンデム型太陽電池,2段階励起等,実用技術に関連した物理がコンパクトに述べられている. 太陽電池の学理は広い分野にわたっておりそれらを網羅することは容易でないが,本書は特に無機系の実用的な太陽電池を念頭に置いて,丁寧に書かれた本であるといえよう. (2012年10月15日原稿受付)



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科学ジャーナリズムの先駆者;評伝 石原 純

西尾成子

岩波書店,東京,2011,xviii+348p,20×16 cm,本体3,400円[一般向]
ISBN 978–4–00–005213–9

紹介者:永平 幸雄(大阪経済法科大)

石原純の名前を知っている人は少ない.次のように紹介すれば,読者の想像がつくであろうか.石原純(1881–1947)は,1909(明治42)年に日本初の相対論関係の論文を,1911(明治44)年に日本初の量子論の論文を書いた理論物理学者である.また彼は科学ジャーナリストの先駆者でもあり,『岩波理化学辞典』初版(1935(昭和10)年)の編者,雑誌『科学』の編者も務めた.他方,アララギ派の歌人としても作品を発表しており,その才能は多岐にわたる. 石原は,1906(明治39)年に東京帝国大学理科大学理論物理学科を卒業後,長岡半太郎の研究室に入り,当時まだ評価の定まらない状態にあった相対性理論,量子論の研究を行った.1911(明治44)年東北帝国大学理科大学助教授に就任すると翌年ヨーロッパ留学(3年間)に出発する.プランクやアインシュタインのもとで学び,帰国後,東北帝国大学教授となった.しかし,東北帝国大学教授在職時に,同じアララギ派の美貌の歌人,原阿佐緒と恋愛事件を起こして新聞で騒がれ,教授職を辞する. これを契機に,石原は科学ジャーナリストの道を歩む.当時,日本でもアインシュタイン・ブームが起こりはじめていた.石原は相対性理論の平易で明快な解説書を多数発刊し,その普及に努めた. 本書を読むことで,石原純という物理学者を通して,20世紀初頭に古典物理学から現代物理学が誕生し,種々の論争を伴いながら成長していく過程と,その流れに日本の物理学者たちがどのように関わっていったかが,よく見てとれる. さらに本書から,科学ジャーナリズムの果たす重要な意味にも気づかされる.石原の著した相対性理論の優れた解説書は,後の日本の理論物理学を担う,湯川秀樹,朝永振一郎,坂田昌一らに物理学へ進む志を与えた.朝永は,中学校時代にアインシュタイン来日や石原純の著書に大きな影響を受けたと,後に雑誌で記述している.* ただ,著者自身も述べているように,歌人としての石原の叙述は物足りない.その面の充実があれば,石原という人物および石原の生きた時代をさらに豊かに描き出すことができたであろう. 本書は2012年の第15回桑原武夫学芸賞を受賞しており,現代物理学がどのようにして誕生し,成長していったかを生き生きと叙述した良書である.一読をお勧めする. (2012年9月10日原稿受付)



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ニールス・ボーアの時代1
ニールス・ボーアの時代2

A.パイス著,西尾成子,今野宏之,山口雄仁訳

みすず書房,東京,2007,xi+333p,22×16 cm,本体6,600円[一般向]
ISBN 978–4–622–07337–6
みすず書房,東京,2012,iv+373p,22×16 cm,本体7,600円[一般向]
ISBN 978–4–622–07338–3

紹介者:亀淵 迪

「量子力学創造にはBohrの寄与大なりとあなたは言うが,代表的な教科書のどれを見ても彼の名前は出てこないではないか」との友人の物理学者の言葉が,この本格的なBohr伝を書くに至った動機だと著者は語っている.前世紀の2大革命の中心人物をEinsteinとBohrだとすると,世間はもとより物理学者の間でも,知名度に関する限り,後者は遥かに前者に及ばない.Bohrについてもっと知って貰いたいという著者の熱い思いには,評者も大いに共感を覚える. 原書名は“Niels  Bohr’s  Times,  in Physics, Philosophy, and Polity” (1991),著者のA. Pais(1918–2003)はオランダ出身の第一級の素粒子論学者だったが,後に科学史に転向.1946年,Niels Bohr Institute(NBI)で戦後派初の研究員となり,Bohrの信任を得,彼の一家とも親交を結ぶに至る.後プリンストンに移ったが,そこでも時に訪れるBohrをいろいろと世話したらしく,Bohr伝作者としては最適の人と言える. 実は評者もまたBohrの生前を知る者であり,彼を語るには,単に物理学上の業績だけでなく,その人柄についても特筆してほしいとかねがね思っていた.人間としての大きさに感銘を受けていたからである.この願いが本書では見事に叶えられていて,まことに喜ばしい. ‘コペンハーゲン’の付いた言葉に‘コペンハーゲン精神’と‘コペンハーゲン解釈’とがある.前者はNBIにおける研究の仕方であり,Bohrの人柄の反映と言える.こと研究に関しては皆平等であり,自由で徹底的な討論こそが研究の要だとする.他方後者は,量子力学の数学的形式に物理的解釈を与え理論として完結させたものであり,NBIにおけるコペンハーゲン精神的研究の最大の成果であろう. 14章はこの問題に当てられ,綺羅星の如き英雄たちが次々と登場する.まず1926年9月初め,SchrödingerがBohrとHeisenbergの待ち受けるNBIを訪問,ほぼ一週間にわたり波動関数Ψ の解釈を巡って激しい討論が行われる.彼が去った後もBohrとHeisenbergは解釈問題に集中.翌1927年に入るや前者は‘相補性’を,後者は‘不確定性関係’を解釈の基礎としようとして譲らず,6月にPauliが事態を裁定,漸く統一見解‘コペンハーゲン解釈’の成立に至る.ただしEinsteinには不満が燻る.それはともあれ,新力学に向けての長きにわたる疾風怒濤は漸くここに幕となる.まさしく全巻のクライマックスである. 勿論本書には他にも(hi)storyとして興味深い章が多々ある.まず8章は原子模型の提唱を,11, 19章はEinsteinとの交際・討論,20章は核分裂発見の与えた衝撃を,そして21章は第2次大戦中の出来事を扱って,まことに劇的である.戦時中NBIは独軍に接収されるが,1941年10月,Heisenbergが訪れ,かのM. Fraynの芝居『コペンハーゲン』で有名になったBohrとの密談が行われる.1943年Bohrは危険を冒して英国へ脱出,次いで米国へ.マンハッタン計画にはそれ程関わらなかったが,原爆の完成以前から,戦後における冷戦を予測,情報開示の必要をRooseveltやChurchillに直訴,戦後には国連に公開状を提出するなど国際政治にも関わる,等々. 翻訳は科学史家の西尾教授その他によるもので,専門的な篩に掛けられてか堅実そのものである.ただ原文の一冊が,邦訳ではほぼ同じ厚さの二冊に化けるとは.多忙な本誌読者には全部を一気に読破する余裕はないかもしれないが,興味ある章からの拾い読みをまずお勧めしたい.因みに,本2013年は‘Bohr原子模型100周年’に当たる.本書により,‘原子物理学100年’を回顧する縁とされては如何であろうか. (2012年9月10日原稿受付)



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電磁気学の基礎I
電磁気学の基礎II

原著者:太田 浩一

東京大学出版会,東京,2012,ix+346p,22×16 cm,本体3,500円[学部向]
ISBN 978–4–13–062613–2
東京大学出版会,東京,2012,ix+337p,22×16 cm,本体3,500円[学部向]
ISBN 978–4–13–062614–9

紹介者:前野 昌弘(琉球大理)

新著といっても,版が変わり出版社が変わり,と3度めの出版(ただし,シュプリンガーによる2度めの出版の際に大幅な改訂がされている)なので,すでにおなじみの方も多いかもしれない.この御時世,とかく厚い本・値段の高い本が敬遠されがちであるのに,本書のような骨太で重厚な本が出版され続けていることは,とても喜ばしいことである. あまりに重厚なるがゆえに,物理の勉強を始めたばかりの学生さんが最初の電磁気学の本として選んだとしたら(よほど“できる”学生さんでない限り)この本の扱っている世界の広さに圧倒され途方にくれてしまうかもしれない. と,書くとまるで「読むな」と言っているようだが,そうではなく「電磁気から広がる物理の世界を探訪したい人に,是非読んで欲しい」と言いたい.それだけの「広がり」と「重み」のある本である. 19世紀に完成した電磁気学それ自体も魅力的な対象であるが,20世紀の新しい物理である相対論や量子論の基礎となっていったという点でも,電磁気学は物理をやる人全てにとって大事な学問分野である.それだけに電磁気学をその裾野の部分まで含めて語ろうと思えばページがいくらあっても足りない.そこでたいていの電磁気の教科書は「電磁気」という(狭めの)枠の中で勝負しようとするものだが,この本はそんな遠慮はせず,語るべきもの,関連するものは,600ページを超える分量の二巻に入れられる限り取り扱う方向で書かれている.そのことが電磁気学を「広がりある学問」と感じさせてくれる. 『マクスウェル方程式をさまざまな角度から調べると,いたるところで相対論を「発見」することができる』というのは15章「電磁気学と相対論」の冒頭にある言葉だが,本書では相対論に限らず解析力学や量子論,さらに場の理論へのつながりと,共通して使われるテクニック等が丁寧に紹介されている.もちろん電磁気学についての記述も精確である(特に歴史的側面は非常に詳しい).しかも,広い範囲にわたる内容でありながら語られる電磁気学の理解の仕方には筋が一本通っており,読者を混乱させるところがない. この本には電磁気学を「知ってるつもり」の人でも初めて知ることがたくさん書いてある.だから,圧倒されて途方にくれた人も,いつか電磁気学で「どうにもここが納得できない」と疑問に思うようなことがあった時,またこの本に向かえばよい.きっと疑問の答へと導いてくれるだろう. 電磁気を学ぶ人,使う人,そして教える人が,手元に一生置いておきたい本である. (2012年9月13日原稿受付)



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シュリーファー超伝導の理論

J. R.シュリーファー著,樺沢宇紀訳

丸善プラネット,東京,2010,v+263p,21×15 cm,本体5,500円[大学院向]
ISBN 978–4–86345–062–2

紹介者:黒木 和彦(電通大先進理工)

いうまでもなく,原著者J. R.シュリーファー氏は超伝導のいわゆるBCS理論の生みの親の一人である.原著はシュリーファー氏の,物理学全般にわたる高い見識に基づいて著された名著と言える.私事で恐縮だが,筆者が在学した大学院修士課程の一年時においては,素粒子・原子核・物性分野の大学院生が混ざって輪講を行う授業があったが,ここで輪講する本として,しばしばシュリーファーの“Theory of Superconductivity”が選定されることが多いという話を当時聞いた記憶がある.このように幅広い分野の学生が参加する輪講において取り上げられるのは,この本が(狭義の)物性物理学の枠にとどまらず,素粒子や原子核の分野においても重要となる概念や手法に関する記述を豊富に含んでいるからであろう.実際,BCS理論の根幹的な部分について述べた後に,場の量子論的手法に関する一般的な解説を経て,その超伝導理論への応用が説かれている.むろん,この原著が書かれた後に発見された銅酸化物や鉄系高温超伝導等に関する記述はないが,そのような従来の超伝導の理論の枠にとどまらないと考えられている「非従来型」超伝導の研究を行っている,あるいは志している大学院生等にとっても多くの重要かつ有益な内容を含んでいるといえよう. さて,ここで取り上げる本書はその“Theory of Superconductivity”の邦訳書である.大学において教育をしていてしばしば感じることであるが,学術英語に十分に慣れ親しんでいない大学院生等の場合,英語の読解力不足が物理的内容の理解の妨げになることがある.本書においては,原文に忠実に日本語訳がなされており,物理的内容の理解に専念することができるであろう.また,本書においては訳注が随所に挿入されており,原著において誤解を生じやすい箇所やわかりにくいと感じられる点について適切な説明がなされているのも好ましい.私自身が考える理想としては,一度は原著を読んでいただきたいと思うが,学術的英語に不慣れな読者は,本書を読んだ後にあらためて原著を読み直すというのも意義が大きいと考える.超伝導理論の教育的名著の邦訳が出版されたことを歓迎したい. (2012年8月28日原稿受付)



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準結晶の物理

原著者:竹内 伸,枝川圭一,蔡 安邦,木村 薫

朝倉書店,東京,2012,iv+126p,26×19 cm,本体3,500円[大学院向]
ISBN 978–4–254–13109–3

紹介者:石井 靖(中大理工)

2011年ノーベル化学賞が「準結晶の発見」の業績によりイスラエルのDan Shechtman氏に贈られた.本書は,もちろんこの受賞のずっと以前から計画されていたもので,まえがきには「準結晶の理解がある一定レベルに達した今日」の「標準的な教科書」を意図したものとある.Shechtmanらの論文が1984年末に発表されると直ちに,非常に多くの理論の論文が発表され,準結晶構造に関する基本的な概念が形作られていった.ところが初期の準結晶は,ペンローズの非周期タイリングに象徴されるようなユニークな秩序構造というよりは,欠陥を多く含み熱処理により結晶に変態してしまう準安定な物質であった.このことが理論的な研究と実験的な研究の間に,何かしっくりこない違和感のようなものを生んでいたように思われる.1987年に蔡らにより安定で良質な準結晶が発見され,通常の結晶成長と同じ手法で単結晶試料が作成されるようになって,ようやく本格的な研究が始まった.その後,いくつもの系で安定な準結晶相が発見され,これにより準結晶が結晶とならぶ普遍的な物質の存在形態の一つであることが明らかとなった.現在では精密構造解析により非周期的な原子配置の詳細が明らかとなり,単結晶試料を用いた物性測定や超高真空下での表面観察などが行われるようになっている.「準結晶の理解がある一定レベルに達した今日」とはこのような状況を指しているのである. 本書の執筆者はこうした発展に中心的な役割を果たしてこられた方々で,ご自身の研究成果を中心に,準結晶に関する最新の知見を解説している.安定な準結晶の発見以来,世界の準結晶研究を引っ張ってきたのは我国の研究グループであったことを考えると,本書はこの分野の最先端をその当事者が生き生きと解説したものとして大いに推奨される.一つだけ苦言を述べれば,扱われている題材のほとんどが金属系の準結晶で,理論的な説明もそれを意図したものとなっている点は少し物足りない.例えば,準結晶に限らない非周期結晶の一般的な特徴としてのフェイゾンに関する議論など,本書が「標準的な教科書」を目指すのであればあってもよかったのではないかと思われるテーマはいくつかある.とはいえ,ノーベル賞を機に準結晶とは何か?に興味をもたれた読者にとって,本書が取っ掛かりとなることは確かであろう. (2012年7月26日原稿受付)



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Field Theory of Non-Equilibrium Systems

原著者:A. Kamenev

Cambridge Univ. Press, New York, 2011, xiv+341p, 25×18 cm, $80.00[大学院向]
ISBN 978–0–521–76082–9

紹介者:内海 裕洋(三重大工)

本書は物性における現代的な場の理論の教科書とKeldyshグリーン関数法の教科書の内容をつなぐユニークな教科書である.その特徴は全編にわたり汎関数法が用いられている点にある.汎関数法は,4成分を持つKeldyshグリーン関数を扱う上でとりわけ便利であり,メゾスコピック系の分野で広く用いられるようになっているが,その教科書と呼べるものは本書が初めてであろう.著者Kamenevは量子輸送に関して数々の優れた成果を上げ,汎関数法を広めた立役者である. 本書には他書にない特徴が随所にみられる.前半約1/3(1章~5章)が閉時間経路での経路積分による汎関数の導入に充てられていて,論文では省かれる計算上のノウハウや落とし穴が詳述されており,初学者も無理なく読み進められる.また古典極限であるMartin-Siggia-Rose(MSR)の理論やその鞍点近似の解説が詳しいことも目を引く.化学反応のモデルの汎関数による扱いにも紙面が割かれており,8章ではこれに基づき非平衡での相転移が解説される. 残りは具体例に充てられていて,汎関数法を用いて種々の非平衡系が統一的に議論される.6章と7章では古典的な例としてプラズマやボース凝縮体の運動論が,解析接続によらず実時間で鞍点近似やRPAなどを使って解析される.8章では主にMSR理論をもとに,1次相転移の説明,2次転移および非平衡での相転移の動的繰り込み群解析がなされる.9章からはフェルミオン系の話題で,10章ではメゾスコピック系の計数統計や断熱ポンピングなどの外部から非平衡に駆動された系が紹介される.11章からはランダム系について,Keldyshシグマモデルを用い,局在や普遍的コンダクタンスの揺らぎなどが説明される.13章でこのモデルが相互作用を議論するうえで有効であることが示されたあと,14章の非平衡超伝導で締めくくられる. 本書が対象としている分野は現在も発展している.それに関し,大偏差理論や揺らぎの定理など,統計分野との関連に言及されていることも興味を引く.一方,熱場の理論など他の非平衡系の場の理論には触れず,強相関系などの話題も省かれている.これは現在,研究が進行中なこと,また読みやすい分量にするためだろうか.ともあれ本書は今からKeldyshグリーン関数の汎関数法をマスターしようと考えている大学院生や研究者,とくに虚時間形式の汎関数法を既に使っている読者には最短の道筋を示してくれるだろう.ちなみに,著者は本書前半の内容を以前から断片的に講義録などに発表しているが,本書では大幅な加筆のうえ体系的にまとめられており,非平衡系の場の理論の教科書として必携の一冊に仕上がっている. (2012年7月13日原稿受付)



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